SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

【「集中」の是々非々 83】

【「集中」の是々非々 83】

【怨念の一念で医師を訴える社会?】

「ある新聞記事を読んでーーー医療訴訟への雑感」

この記事は1,913文字です。約180秒でお読み頂けます。

日本経済新聞に掲載された、訪問診療を巡る訴訟の記事を読み、医師と患者の関係について考えさせられた。90代の母親を自宅で介護していた娘が、訪問診療を行った医師を提訴した。母親は新型コロナウイルス感染後、在宅で療養していたが、呼吸が弱くなり、訪問した医師の診察を受けた。その後、容体が急変して救急搬送され、死亡が確認された。娘は、医師が適切な治療や救急搬送を行っていれば母親は助かったとして、約2000万円の損害賠償を求めた。裁判では、医師が肺炎を疑いながら必要な処置を行わなかった点などが争われ、東京高等裁判所は医師側の過失と死亡との因果関係を認め、医師に220万円の支払いを命じる判決を命じたという。

医療界を応援する『集中』としても、医師に過失があれば、それまで擁護することはできない。 医師の診断や処置に問題があったのであれば、厳正に検証されなければならない。患者や家族には、何が起きたのか説明を求める権利があり、医療者には説明する責任がある。医療事故を「仕方がなかった」の一言で片付けることは許されない。医師もまた、裁判を通じて誤りを指摘される可能性があるからこそ、診療記録を残し、家族に分かりやすく説明し、必要な検査や搬送をためらわない姿勢が求められる。しかし、裁判が患者や家族の怨念を晴らす場所となり、懸命に患者と向き合ってきた医師まで、その診療の全てを否定されるような風潮には、強い危惧を抱かざるを得ない。この記事を読み、私が強く引っ掛かったのは、娘が提訴した理由として「母の怨念、恨みを果たすこと」と語っている点である。母親の死を受け入れられない悲しみ、もっと何かできたのではないかという後悔、医師の対応に対する怒りは理解できる。愛する家族を失った人に、冷静であれと簡単に言うこともできない。それでも、裁判が「恨みを果たす場所」になってよいのだろうか。

その医師は、それまで母親の在宅療養を支えてきた存在でもある。長い間世話になった事実まで、最後の結果が悪かったという一点によって消し去られてしまうのであれば、医師と患者の信頼関係は成り立たない。医師は神ではない。最善を尽くしても救えない命があり、限られた情報と時間の中で判断を迫られる。悪い結果が生じれる度に直ちに提訴され、それまでの献身まで否定される社会になれば、医師は危険を避けるための診療へと傾きかねない。在宅医療を引き受ける医師も減るだろう。その不利益を受けるのは、結局、患者である。

もちろん、「医師を信頼していたのだから、過失があっても許すべきだ」と言うつもりはない。必要なのは、過失を検証することと、医師への憎しみを切り分ける姿勢である。責任を明らかにするための提訴と、怨念を晴らすための提訴は、似ているようで本質が異なる。裁判は真実と責任を明らかにし、同じ事故を繰り返さないための制度であり、復讐を遂げるための道具ではない。復讐心が医療訴訟の大きな動機となる事例は増えれば、医師を萎縮させ、在宅医療の担い手を減らすことになりかねない。因果応報という言葉の通り、その影響は巡り巡って我々患者に返ってくる。かつて、医療訴訟を起こす理由の8割以上は、医療行為そのものへの疑問だけではなく、「治療中に受けた対応への不満」にあるという調査を目にした記憶がある。反対に、医療ミスの可能性があっても、「先生は最後まで懸命に治療してくれた」と感謝する患者や家族もいる。この違いを生む一因は、医師と患者とのコミュニケーションではないか。診断や治療について丁寧に説明し、不安や疑問に耳を傾け、患者と家族の気持ちに寄り添う。その積み重ねが信頼を築き、結果が悪かった時にも、憎しみではなく冷静な検証へと導く。医師には今、医療技術と同じように、高いコミュニケーション能力が求められている。 医療界にも反省すべき点がある。患者家族の訴えを「感情的だ」と退けず、悪い結果となった時ほど丁寧に説明しなければならない。謝罪すべきことは謝罪し、検証すべきことは検証する。その誠実な対応がなければ、悲しみは不信へ、不信は恨みに変わる。  
                                            
一方、患者や家族にも、医療には限界があることへの理解と、懸命に命に向き合う医師への一定の寛容さを求めたい。寛容とは、過失を見逃すことではない。医師も迷い、悩み、時に判断を誤る人間であることを認めた上で、事実に基づいて責任を問うことである。医師への啓発はもちろん必要だが、提訴する側にも自らの動機を問い直す冷静さが必要だ。医療を守るのは、医師だけではない。患者と家族の理性、相互の信頼、そして事実を見極める社会の成熟である。

 皆様からの情報をお待ちしております。>>>  info@zezehihi.shuchu.jp


【「集中」の是々非々 01】「大日本印刷北島社長の引責辞任」
【「集中」の是々非々 02】「悪辣な看護師派遣ビジネスで重い医療法人の財務負担」
【「集中」の是々非々 03】「日大田中理事長体制を守ってきた責任は文部科学省にある!」
【「集中」の是々非々 04】「東京にタクシーがいない・東京オリンピックにむけて大丈夫?」
【「集中」の是々非々 05】「大日本印刷北島社長の引責辞任(2)」
【「集中」の是々非々 06】「企業検診の義務化と予防医学を目指す」
【「集中」の是々非々 07】 「新型コロナウイルス対策」
【「集中」の是々非々 08】NIPT(出生前遺伝学的検査)は知る権利の一つだ」
【「集中」の是々非々 09】「地に落ちた権威・WHO」
【「集中」の是々非々 10】「世界が疑う日本発の情報」
【「集中」の是々非々 11】「新総裁候補に期待すること」
【「集中」の是々非々 12】「ファンド資金が医療法人に流入」
【「集中」の是々非々 13】「替わらない厚労省と変われない医師」
【「集中」の是々非々 14】「オンライン診療の導入を」
【「集中」の是々非々 15】「日本初の医療格付がスタート」
【「集中」の是々非々 16】「日本薬剤師連盟が頭を抱える松本純議員の行状」
【「集中」の是々非々 17】「米国医師はカルテと処方箋の記載に全精力を傾ける」
【「集中」の是々非々 18】「米国史上で最悪の医薬事件の顛末」
【「集中」の是々非々 19】「新型コロナ感染拡大の中で見る国家力」
【「集中」の是々非々 20】「尾身発言は立派の一語」
【「集中」の是々非々 21】「大学医学部の2023年問題」
【「集中」の是々非々 22】「日本の大学総長選挙が海外で注目に」
【「集中」の是々非々 23】「研究費を自ら集めまくる海外一流大学」
【「集中」の是々非々 24】「病院は不正企業の稼ぎ場なのか」
【「集中」の是々非々 25】「オリンパスの漏洩事件が医療期間へ波及する?」
【「集中」の是々非々 26】「海外メディアが配信する日本大学理事長逮捕の衝撃」
【「集中」の是々非々 27】「コロナ幽霊病棟補助金の話題が拡散中」
【「集中」の是々非々 28】「小野薬品オプジーボ訴訟から見えた日本の現状」
【「集中」の是々非々 29】「当事者になって見えたもの」
【「集中」の是々非々 30】「ジェンダー平等は時代の趨勢」
【「集中」の是々非々 31】「医療ツーリズムは国際間競争に発展」
【「集中」の是々非々 32】「岸田首相の考える健康危機管理庁(仮称)構想」
【「集中」の是々非々 33】「米連邦最高裁判所で中絶NOの判決」
【「集中」の是々非々 34】「東京電力13兆円賠償判決は医療賠償に影響」
【「集中」の是々非々 35】「東京工業大学と日本医科歯科大学の統合協議開始」
【「集中」の是々非々 36】「コンサル会社にご用心」
【「集中」の是々非々 37】「上辺だけのサービスにはご用心」
【「集中」の是々非々 38】「内部告発には迅速な対応が必要」
【「集中」の是々非々 39】「世界は混沌」
【「集中」の是々非々 40】「1000億円の損害賠償」
【「集中」の是々非々 41】「マスコミにはご用心」
【「集中」の是々非々 42】「日本の国際社会から乖離の一例」
【「集中」の是々非々 43】「日本M&Aセンターの凄み」
【「集中」の是々非々 44】「海外金融機関から期待されている集中格付」
【「集中」の是々非々 45】「有機トリチウムは恐ろしい物質」
【「集中」の是々非々 46】「海外のスパイが跋扈するお気楽な日本」
【「集中」の是々非々 47】「過疎化と高齢化がもたらす病院経営の変化」
【「集中」の是々非々 48】「強引とも思える国際基準は誰が決めるのか?」
【「集中」の是々非々 49】「新たなアインファーマシーズ事件」
【「集中」の是々非々 50】「海外臓器移植斡旋に実刑判決」
【「集中」の是々非々 51】「世界もグリニッジが標準」
【「集中」の是々非々 52】「日本の臓器移植のお寒い現状」
【「集中」の是々非々 53】「身元保証が無ければ生きていけない社会が到来」
【「集中」の是々非々 54】「日本の医療制度は世界一、秀逸」
【「集中」の是々非々 55】「製薬会社が国民から袋叩き状態に!」
【「集中」の是々非々 56】「地方の医師不足を解消するために新制度?」
【「集中」の是々非々 57】「美容医療トラブル急増」の大きなタイトル記事」
【「集中」の是々非々 58】「医師の報酬を欧米並みに高額にするべし」
【「集中」の是々非々 59】「医療現場を脅かすモンスターペイシェントの存在」
【「集中」の是々非々 60】「医師の偏在問題と僻地医療の新たなアプローチ」
【「集中」の是々非々 61】「患者代表を中医協に加える事の意義と必要性」
【「集中」の是々非々 62】「日本の女性が世界の女性と同じ権利を有する事の難しさ」
【「集中」の是々非々 63】「日本の英語力92位に転落」の記事に驚愕
【「集中」の是々非々 64】「東京女子医科大学とフジテレビに見る危機管理の欠如」
【「集中」の是々非々 65】「日本の医療の信用失墜を心配する内閣府」
【「集中」の是々非々 66】フジテレビ「調査報告書」の中立性は保たれているのか?」
【「集中」の是々非々 67】「都合の良い人間関係」が人生を壊す
【「集中」の是々非々 68】「取り残される国、日本」
【「集中」の是々非々 69】「英国最大の失敗、BREXITから学ぶ」
【「集中」の是々非々 70】「お一人さま問題が社会に与える損失は膨大」
【「集中」の是々非々 71】「画期的な手法で医療費削減を」
【「集中」の是々非々 72】「ノーベル賞2冠に輝く日本〜称賛と警鐘」
【「集中」の是々非々 73】「ノーベル賞受賞・日本の研究魂が世界から称賛」
【「集中」の是々非々 74】「日本企業が沈む中での快挙・第一三共」
【「集中」の是々非々 75】「医療は効率だけ? 患者満足度の提供が一番です!」
【「集中」の是々非々 76】「世界中が驚いた高市圧勝」
【「集中」の是々非々 77】「利益最優先の是非」
【「集中」の是々非々 78】沈黙は誰のため? 顧問弁護士や社外取締役の責任を問う
【「集中」の是々非々 79】「医師偏在と直美論争〜これは誰の責任なのか?」
【「集中」の是々非々 80】ハラスメントに時効がないのであれば、医療現場も反撃すべき
【「集中」の是々非々 81】障害者雇用推進は困難な道のり?
【「集中」の是々非々 82】日本の医療の未来を考える会――100回の誇りと『集中』の責任

Return Top