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未来の会

日本の眼科医療を変える「自己否定の勇気」
~人生100年時代を生き抜く「視力の守り方」~

日本の眼科医療を変える「自己否定の勇気」 ~人生100年時代を生き抜く「視力の守り方」~
深作 秀春(ふかさく・ひではる)1953年神奈川県生まれ。71年横浜翠嵐高校卒業。航空大学校を経て81年滋賀医科大学卒業。82年横浜市立大学附属病院、85年昭和大学附属藤が丘病院勤務。アメリカ、ドイツで手術の研鑽を積み、87年深作眼科開院。2012年多摩美術大学大学院、19年京都芸術大学大学院修了(共に芸術学)。ASCRS(アメリカ白内障屈折矯正手術学会)の評議員、学術審査委員、学会誌編集委員等を歴任。白内障や緑内障等の近代的な手術方法を多数開発し、ASCRS Film Festival で20回に亘り受賞の他、AAO(アメリカ眼科学会)でAchievement Award、ISRS(国際屈折矯正手術学会)のクリチンガー賞など国際学会での受賞多数。眼科専門医、漢方専門医、医学博士。画家。近著に『白内障の罠』(光文社新書)『100年視力』(サンマーク出版)など多数。

日本人の失明原因第1位である緑内障を始め多くの眼疾患が、放置或いは不適切な治療により深刻化している。外科医としても芸術家としても「見る」事の真理を追究し続ける深作秀春理事長は、日本の眼科医療の現状に強い警鐘を鳴らす。「日本の眼科は世界から30年遅れている」と言い切るその真意は何処に在るのか。そして、体の寿命よりも先に尽きるとされる「眼の寿命」を如何に延ばすべきか。世界基準の知見と圧倒的な臨床経験に基づき、眼科医療が直視すべき課題と、行政への提言を語る。


——先生の下へ世界中から難症例が集まる中、治療に必要な臨床力や医師の資質とは何でしょうか?

深作 先ず重要なのは、眼科医療の本質を改めて見つめ直す事です。眼科とは本来「外科」であり、手術の腕の差が結果に直結します。顕微鏡下で行われる精密極まる操作には、不断の努力は勿論、生まれ持った手先の器用さ等の素質も無視出来ません。しかし、それ以上に重要な資質は「現在の自分を否定する勇気」の有無です。医学は不完全な科学です。昨日迄の常識が今日には否定される事も珍しくありません。特に、眼科医療に於ける外科領域の進歩は凄まじく早い。既に身に付いた知識や技術に安住せず、常により良い治療法を追い求め、古い自分を壊して新たな技術を開発し続ける姿勢が求められます。限界を打ち破り、治療の不可能を可能に変えていく事。これこそが眼科外科医に求められる基本姿勢であり、難症例に立ち向かう絶対条件です。私自身、これ迄に30万件近くの手術を行ってきましたが、一度たりとも現状に満足した事は有りません。患者の眼を救うという根本的な目標の実現の為には、真に正しい手法を選択する強固な意志が必要なのです。それには、例え医療界にとって厳しい指摘であったとしても、患者の為に提言し続ける事が重要です。

——国際的な臨床経験を踏まえ、日本と欧米の眼科医療の違いをどう見ておられますか?

深作 眼科先進国であるアメリカやドイツでは、眼科は外科医の中でも極めて高度な技術を要する分野と認識されています。欧米では、検査や視力測定を担うオプトメトリストと、手術を専門とする眼科外科医の役割が明確に分かれており、新しい治療法や技術の有効性が、活発な議論と共に臨床の中で迅速に検証されています。一方日本では、眼科が外科であるという認識が必ずしも十分に共有されておらず、手術技術の評価や新しい治療法の導入が遅れる傾向や、臨床力の評価が不十分な場合が有ります。特に、基礎医学に対する価値偏重により、臨床現場での「職人の技」とも言える手術技術が十分に評価されていない側面が有ります。私は元々遺伝子研究で博士号を取得しましたが、その後は臨床に情熱を注ぎ、常に新しい取り組みを模索してきました。欧米の学会でその臨床実績を評価される一方、国内では新しい試みについて様々な意見が有り、時に否定的に受け止められる事も有りました。しかし、患者にとって最も重要なのは「治す事が出来る」という臨床力です。欧米では、手術の腕の良さが基礎研究以上に重視されます。日本ではこうした情報が十分に共有されていない為、患者が最善の治療を選択出来ない状況が続いていると言えるでしょう。更に、日本では“多数派が正しい”とされる傾向が有り、それが新しい医療の導入を遅らせる要因にもなっています。

常識を覆す眼科治療の最前線

——加齢黄斑変性症へのPDT治療等、世界で否定された治療法が日本で横行した理由は何でしょうか?

深作 「正義よりも数」を優先する弊害の最たる例が、加齢黄斑変性症に対するPDT(光線力学的療法)です。これは当初欧米で導入された治療法ですが、数年の内に「正常な組織まで損傷し得る」として評価が見直されました。しかし、その事が十分に共有されないまま日本に導入された結果、十分な成果が得られないケースも見られました。国際学会に足を運び、常に最新の情報を得ていれば、この様な悲劇は避けられた筈です。手術の指導法についても、日本では従来の手法が継続して用いられているケースも多いと感じます。例えば、網膜剥離の治療では、未だに古典的な「バックリング法」が行われており、結果が思わしくない患者が当院に助けを求めて来ます。先進国では、近代的な「硝子体手術」を行うのが主流です。1980年代後半、私がドイツで修行していた際に手術機械の開発にも関わったこの手法は、治癒率がほぼ100%に達します。対してバックリング法は、原因となる硝子体線維が残る為に再発し易く、結膜を傷付ける為に将来の緑内障手術を困難にする等、弊害が多いのです。最先端の医療は常に少数派から始まります。日本は早く、「皆がやっているか」ではなく、「何が正しいか」を基準に判断する文化を醸成すべきです。

——失明原因1位の緑内障について、早期発見・治療に向けた課題と取り組みを教えて下さい。

深作 緑内障の失明率が上がっているのは、日本が平均寿命世界一を誇る長寿社会だからです。体の寿命が伸びた一方で、眼の寿命が追い付いていないのです。今、70歳以上の9割が何らかの緑内障の兆候を持っていると言っても過言では無いでしょう。問題は、日本の眼科医療が緑内障の早期診断と適切な手術に対応出来ていない点です。緑内障の真の原因は、眼圧の上昇だけでなく、視神経への栄養や酸素供給を担う「血流の低下」に有ります。実際、眼圧が高い症例は3割に過ぎず、残りの7割は「正常眼圧緑内障」です。それにも拘らず、未だに多くの医師が「眼圧が正常だから問題無い」と患者に伝え、悪化させています。更に緑内障初期は点眼薬が有効ですが、中期以降は薬だけでは治療が困難になり、手術が必要です。患者が自覚症状を持つ末期には、手遅れとなり手術の時機すら失ってしまいます。医師は早期から血流低下を見抜き、適切な時期に緑内障手術へと踏み切るべきでしょう。私は、内視鏡を用いた房水産生を抑える毛様体光凝固術等の新技術を開発し、難治性の緑内障でも視力を維持出来る様に努めていますが、こうした様々な緑内障手術技術が日本全体に普及していない現実は重いと言わざるを得ません。

——難治性疾患の最新治療を日本で普及させる為の、制度や体制の課題を教えて下さい。

深作 例えば網膜色素変性症(RP:Retinitis Pigmentosa)は、直訳すれば「色素性網膜炎」です。通常、炎症であれば治療の余地が有ると考えられますよね。しかし、日本の教科書には長らく「治療法が無い」と記され、多くの患者にとって厳しい状況が続いてきました。欧米の代表的な教科書には、治療法が40ページも割かれているというのに、です。遺伝性疾患であるRPは、初期の夜盲から始まり失明に至る恐怖に加え、家族や次世代への影響に対する不安や、社会的な偏見に晒される現実も有ります。患者の苦しみは想像以上であり、患者を助けるべき医師が、治療法が無い等と言うべきではありません。現実に、効果的なアプローチが沢山有ります。RPの原因の1つは光毒性の為、紫外線や短波長の紫や青の光を避ける医療用サングラスは有効です。又、漢方薬の小柴胡湯や桂枝茯苓丸が初期段階で著しい効果を示す事も有ります。更に血管内皮細胞に作用し、一酸化窒素を産生させて血流を改善するL–アルギニンや、L–シトルリンのアミノ酸摂取も推奨されます。そして、根本的な遺伝子治療も現実のものとなりつつあります。異常なDNAの塩基配列を切り取り、正常なものに組み替えたウイルスを眼内に注入する手法です。失明者の視力回復への人工網膜の研究も含め、アメリカの眼科外科医は次々と臨床報告を上げています。「治らない」という先入観を捨て、世界標準の治療を日本でも標準化する為の体制構築が急務なのです。


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