
多くの名画が紡ぎ出す「心ある医療」
274 北里大学北里研究所病院(東京都港区)
北里大学北里研究所病院は、近代日本医学の父と呼ばれる北里柴三郎が設立した結核専門病院「土筆ヶ岡養生園」を前身とし、130年以上の歴史を有する。伝染病予防と細菌学の研究に取り組み、日本の医学の発展に貢献した北里の「学問研究の目的は学者の単一な道楽ではない。研究の成果は適切に実地に応用して国利民福を増進する事にある」という実学の精神が、今も息付いている。
そうした北里の精神を引き継いだのが、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智特別栄誉教授である。ヒト寄生虫感染症に有効な「イベルメクチン」の発見等が世界的に評価された。その大村氏が、研究と共に強い思いで取り組んできたものが有る。系列の病院・研究施設の新設等に合わせ、1989年から開始した「ヒーリングアート」だ。
当時、北里研究所の副所長だった大村氏には「これからの時代には、心を大切にする病院が必要だ」との信念が有った。病院の空間は無機質になりがちで、患者は不安な気持ちで検査結果や診察を待っている。そこに絵画が有れば、見ている間だけでも病気の事を忘れられるのではないかと考えたのである。
こうした思いを受け、99年に竣工した新棟の整備計画では、ピクチャーレールを多く設け、吹き抜けに大きな壁画を描くスペースを設ける等、当初から絵画の展示を前提とした設計が行われた。
1階会計ロビーの壁に描かれた高さ3.5m、幅7mの『萌ゆるとき』と題された作品は、洋画家の田村能里子氏が開院前に、実際に現場に足場を組んで描いた。シルクロードの大地に土筆が生え、その中で女性が思い思いに佇んでいるという作品で、土筆は「土筆ヶ岡養生園」の名前に因んだ。優美な人物描写と幻想的な風景が、見る人全てを清らかな気持ちにさせてくれる。
又、待合室等には洋菓子店の包装紙デザインも手掛けた洋画家、故鈴木信太郎氏の絵画を30点以上飾った。豊かな色彩感覚と温かみの有る画風で知られる鈴木氏の作品の数々が、来院者の心を癒やしている。更に、院内通路やデイルーム、病室内にも多くの絵画が飾られている。教育者としても知られる中国の水墨画家・故王森然氏や、日本を代表する抽象画家・故岡田謙三氏の作品も所蔵しており、大村氏と親交の有る洋画家・小杉小二郎氏からも多くの作品が寄贈された。
展示作品は来院者に前向きな気持ちになる切っ掛けも与えている。「心が安らぐ」「生きる勇気が湧いた」という声が常に寄せられる他、感銘を受けた患者とその家族が作家と連絡を取り交流が始まったという出来事も有った。作品は収蔵庫に保管されているものも含め定期的に入れ替えており、「本物の芸術に触れられる病院」を目指している。
「病気を未然に防ぐことが医者の使命」という北里の信念の下、予防医学からスタートした同院は、現在では24の診療科と多くの専門外来を有し、手術支援ロボット導入等先端医療にも取り組む総合病院となった。そこにアートによる癒やしの空間も加わり、「心ある医療」を提供し続けている。



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