
悪質な週刊誌がトラウマを食い物に
トラウマやPTSDという言葉が、メディアで頻繁に使われるようになって久しい。最近も、トラウマを抱える女優とベテラン俳優との演技を巡るトラブルが話題になった。当事者間で話し合えばいいだけの話を、トラウマをキーワードにことさら煽る週刊誌。結局、女優も俳優もさらに傷つくことになった。SNS上で週刊誌に対し「潰れろ」と怒りの声が巻き起こるのは当然である。
PTSDは、米国のベトナム帰還兵の不調をきっかけに知られるようになった。それ以前の戦争でも数多く生じていたが、性格の弱さや根性不足など、個人の問題として片づけられてきた。1980年、米国精神医学会が精神障害の診断分類DSM−ⅢにPTSDを加えたことで、戦争の深刻な後遺症として認められるようになった。
82年に公開された映画「ランボー」は、無敵の殺人マシーンと化した続編とは異なり、PTSDに苦しみ追い込まれていくベトナム帰還兵の姿を描いた。当時中学生だった筆者は、この映画が描くフラッシュバックの深刻さがイマイチ理解できなかった。
日本で心的外傷が認知されたきっかけは、95年の阪神・淡路大震災だった。新聞記者としてその渦中にいた筆者は、ほとんどの人が知らなかったトラウマという言葉には「心的外傷」と、PTSDという言葉には「心的外傷後ストレス障害」と、それぞれ必ず補って報道した。PTSDには今も日本語訳を付ける習慣がメディアに残っているが、トラウマはそのままで意味が十分伝わるようになった。
震災当時、筆者は神戸大学精神神経科教授を務めていた中井久夫さんの協力を得て、トラウマをテーマにした長期新聞連載に取り組んだ。「心的外傷による不調の多くは自然に回復します。騒ぎ過ぎないでください」と教えてくれた中井さんのおかげで、煽り型の騒々しい報道ではなく、回復に焦点を当てた内容に徹することができた。

ところが、21世紀に入るとPTSD診断が暴走を始めた。「生きるか死ぬか」ではない軽めのストレス体験にまで、PTSDの診断が出るようになった。トラブル相手を懲らしめたいがためにPTSDの診断書を取り、「傷害を受けた」と騒ぐ連中も現れた。筆者は「なんちゃってPTSD」を量産する無責任な精神医療を新聞記事で厳しく批判した。
一方、比較的小さなトラウマ体験が積み重なり、複雑性PTSDというストレス障害が生じることが分かってきた。親から暴言を受けて育ったり(激しい暴行を受けると1回でPTSDになり得る)、学校でいじめを受け続けたりすると、この障害につながりやすい。トラウマ体験そのものがフラッシュバックするだけでなく、つらい体験時に聴覚、嗅覚などが捉えていた音や匂いなどが紐づき、これらの音や匂いを感じただけで不調に陥ることもある。
複雑性PTSDの人たちのケアに取り組む精神看護専門看護師の田邉友也さんは、先の芸能界のトラブルについて「週刊誌などのマスコミが、トラウマという概念をさも分かったかのように弄ぶから、こんなことになる。トラウマがあると苦しいので、周りを反応させてしまうことはある。それは当事者たちが収めればよいことで、外野が大げさに騒ぐようなものではない」と指摘する。
無責任な報道のせいで「トラウマがある人は面倒くさい」「やばいから近づかないでおこう」などの反応が広がらないことを願いたい。
ジャーナリスト:佐藤 光展



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