SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

第98回 現場の萎縮を招く医療バッシング 医療安全と責任追及をどう分けるか

第98回 現場の萎縮を招く医療バッシング 医療安全と責任追及をどう分けるか

医療を巡っては、しばしば患者の死や手術ミス等が起こる。患者や家族にとっては不幸な出来事であり、病院や医師らの責任が厳しく問われる事も有る。しかし「医療事故」と言っても、中には避けようの無かったものも存在し、例え医師や看護師の人為的ミスが原因だとしても、過剰な責任の追及は医療の萎縮や人材不足を招き兼ねない。実際、警察の捜査や民事訴訟が相次いだ産科では医師が激減し、危機的状況に陥っている。医療事故の原因解明と責任の追及、患者への補償を適切に進めるにはどうすれば良いのか。医師であり弁護士でもある、日本医療安全学会理事長で浜松医科大学医学部法学教授の大磯義一郎氏に講演頂いた。


原田 義昭氏 「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士)本日行われた憲法改正の議論に、私も参加してきました。日本もそろそろ独自の憲法を具体化すべきだとして、憲法9条改正や緊急事態条項について積極的な議論が交わされました。今後、国会議員はしっかりと憲法について議論出来る様、学んでいく必要が有ります。皆様も医師の立場から積極的に憲法に関する議論に加わって頂ければと思います。

東 国幹氏 「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(衆議院議員、自由民主党副幹事長)夢を抱いて医療分野で頑張っていこうとしている若い医療従事者、医師の皆さんが伸び伸びと仕事をし、活躍出来る環境や舞台を作っていく事は、日本の医療の未来にとって不可欠な事です。そうした次世代を担う人達が、不当な批判やバッシングに晒される事が有ってはなりません。我々政治家も課題を解決出来る様、ご意見等を頂ければと思います。

尾尻 佳津典 「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人)医療安全は医療側、患者側双方にとって重要なテーマです。振り返ると、1990年代後半まで医療機関は尊敬される存在でしたが、2000年を境にメディアからバッシングを受ける様になりました。過度な医療バッシングは医療の萎縮や医療界の人材不足を引き起こします。今後も、医療訴訟は無くならないでしょう。医療側も法律の知識が求められます。

講演採録

■現場に傷跡を残した医療過誤事件

1999年は国際的に医療安全元年だと言われています。医療事故は個人の不注意ではなく、誰でも間違えるという前提に立ってシステムで防ぐべきものだ、という考え方が世界的に広まった年です。ところが日本では逆に、都立広尾病院事件や杏林大学割り箸事件等が注目を集め、「医療バッシング元年」と言うべき状況となり、テレビでは連日批判が繰り返されました。

実際、私の周辺でもバッシングが起きていました。友人は研修医3年目の時、カテーテル治療中の患者が冠動脈破裂で死亡し、業務上過失致死容疑で厳しい追及を受けました。結局不起訴になりましたが、彼は医局を辞めました。後輩の麻酔科の女性医師も研修医2年目に死亡事故を起こし、書類送検の上、実名報道されました。同じく不起訴でしたが、今はネットで簡単に検索出来てしまう為、実名報道は致命的です。犯罪者扱いされるのならリスクの高い医療は敬遠したいと考えるのは当然で、その結果、外科系診療科、特に産婦人科医が大幅に減少しました。

そうした中、2004年に都立広尾病院事件の最高裁判決が出されました。患者の異状死を警察に届けなかった事が医師法21条違反に問われた事件で、これを機に医療事故調査制度の議論が始まります。日本医学会の加盟19学会は「届出制度を統括するのは、犯罪の取り扱いを主たる業務とする警察・検察組織ではなく、第三者から構成される中立的専門機関が相応しい」等とする共同声明を出しました。いきなり医師法21条に基づく届出を行うのではなく、第三者機関でトリアージをし、本当に悪質な事例のみを警察に届け出る、という趣旨です。厚生労働省でも「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」等が開催され、制度が構築されていきました。

この時の制度は、前述の経緯からも分かる通り、医療安全は主たる目的ではありませんでした。医療現場への警察の介入に歯止めを掛けたいとして、トリアージ機関の設立を目指したものです。その様な中、検討会が試案を重ねた末に08年に纏めた大綱案は、多くの問題点を抱えたものでした。特に大きな問題は、行政が捜査権を持った事故調査組織を創設し、「誤った医療に起因性が有り、又は医療に起因する予期せぬ事故」を調査対象とした点です。これでは新たな警察組織の設置と変わりませんが、表向きは医療安全の為の制度として掲げられていました。

その後、08年の福島県立大野病院事件の無罪判決により大綱案はお蔵入りとなります。同事件を機に、警察も医療への介入を自粛する様になりました。事件前は年間250件程の医療過誤事件が書類送検されていましたが、事件後には、起訴される事案はみるみる減少していきました。これを受けて、トリアージ機関の議論も立ち消えになりました。しかし6年後の14年、厚労省は医療事故調査制度創設の方針を再び打ち出します。この時、国は制度の目的を「医療の安全を確保する為に、医療事故の再発を防止する」と説明し、責任追及やトリアージからの方針転換を図りました。制度は翌15年に施行されます。WHOのガイドラインは、医療に関する報告システムを「学習目的」と「説明責任目的」に大別しています。通常、双方を両立する事は出来ません。学習を目的とした報告システムでは、非懲罰性や秘匿性が重要です。ところが、現実には、調査報告書が警察の捜査や訴訟、マスコミの報道等で法的責任を裏付けるものとして用いられています。

■紛争の火種となる稚拙な調査報告

私は、質の低い医療事故調査によって紛争が起きたり、事態が悪化したりしたケースを「調査事故」と呼んでいます。日本ではこの様な調査事故が非常に多い。この根底には、拙く誤った医療安全観が在ります。

分かり易い事例として、福島県立大野病院事件を挙げます。本事例では様々な意図が有って報告書が作成されたと言われていますので、本事故調査報告書の質が低いと断ずるものではない事はご理解下さい。本事例は帝王切開の手術中に妊婦が亡くなった事案ですが、報告書では「癒着胎盤の無理な剥離」を事故の要因に挙げました。子宮摘出をすべきだったのに癒着胎盤の剥離を行って出血を引き起こした、つまり医師個人の判断の誤りで妊婦を死亡させた、という内容です。患者の家族やマスコミが見れば、悲劇にしか見えない。連日の様に「医師の判断で不幸な出来事が起きた」と報道され、業務上過失致死傷と医師法21条違反で医師が逮捕されました。

しかし、これは看過出来ない事案だとして、産婦人科学会と日本産婦人科医会等が抗議声明を出します。事故発生から3年8カ月後に無罪判決が出され、検察も控訴を断念しますが、その間、産婦人科の15.3%が休廃止するという甚大な影響を及ぼしました。医師個人の判断に責任を求めた報告書が、医療安全に全く資さないまま、これだけの結果を招いたのです。

50年前は、「医療事故は人為的ミスで生じるもの」との考えが一般的でした。「気合が入っていれば間違えない」という訳です。私はこれを「闘魂ビンタモデル」と呼んでいます。しかし、幾ら処罰しても人は過ちを犯します。質の低い調査報告書には、再発防止策として「これからよく気を付ける」と書いてある事が珍しくありませんが、それだけでは安全性は向上しません。

こうした調査では、往々にして最後に対応した若手の医師や看護師に責任を押し付ける、所謂トカゲの尻尾切りを繰り返してしまう。それが若手の離職や萎縮医療を生み、トラブルの起き易い診療科を避ける偏在の問題も起こしました。


続きを読む >>>



LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

Return Top