
米国視察報告の第4回は、地域医療を支えるSharp HealthCareの特徴と医療DXの取り組みを紹介する。続いて、ラスベガスで開催された「HIMSS 2026」を取り上げ、世界の医療デジタル化と医療提供体制の最新動向を考察する。
Sharp HealthCareの概要
Sharp HealthCare(シャープ・ヘルスケア)は、カリフォルニア州サンディエゴを拠点とする地域最大級の非営利医療システムである。1955年に設立され、Sharp Memorial Hospital(中核的な急性期病院、656床)、Sharp Grossmont Hospital(東サンディエゴ地域の中核病院)、Sharp Chula Vista Medical Centerなど複数の急性期病院を運営しているほか、Sharp Rees-Stealy Medical Groupという大規模な外来クリニックネットワークも展開する。職員数は約2万人に上り、サンディエゴ郡の医療提供体制の根幹を担っている。
Sharp HealthCareの大きな特徴は、Sharp Health Plan(シャープ・ヘルスプラン)という保険者機能を内包していることである。医療提供と保険者機能を一体化した、いわゆる「インテグレーテッド・デリバリー・システム(IDS)」の典型例として、米国の医療経済学の文脈でもしばしば参照されている。一方、提供するサービスはサンディエゴ地域を中心としており、地域密着型の医療システムとしての性格を強く持つ。
デジタルヘルス変革の取り組み
デジタルヘルス分野では、Sharp HealthCareは、今後の連載でも詳しく取り上げるEpicを中核に据えた電子カルテ(EHR)基盤を構築し、臨床データの統合と可視化を組織全体で推進している。患者向けには、オンライン予約、患者ポータル、遠隔診療などの「デジタルフロントドア」を整備し、医療へのアクセス向上と患者エンゲージメントの強化を図っている。
特筆すべきは、iPhoneやApple Vision Proをはじめとするアップル製デバイスを、医療システム全体で積極的に導入している点である。Apple Vision Proを用いた3D空間コンピューティング技術は、外科手術支援や医学教育、患者への説明などへの臨床応用が期待されており、Sharp HealthCareはこの分野の先行事例として業界から注目を集めている。こうした先端技術の研究開発にとどまらず、現場実装を重視する実践的なDX推進モデルは、日本の地域病院や社会医療法人にとっても、参照価値の高いアプローチといえる。
視察中には、Sharp HealthCareに所属する医師らとの交流会も行われ、臨床とテクノロジーを横断する米国医師のキャリアについて話を聞く機会を得た。
Norihiro Yogo医師の経歴と取り組み
Norihiro Yogo医師は、Sharp HealthCareのSharp Rees-Stealy Medical GroupおよびSharp Memorial Hospitalに所属する感染症専門医・内科医であり、ヘルステック分野での起業経験も持つ医師起業家である。2008年にインディアナ大学医学部を卒業後、Scripps Mercy Hospitalでレジデンシー、コロラド大学で感染症フェローシップを修了し、15年以上にわたり感染症診療に従事している。臨床と並行して、テクノロジーを活用した医療ソリューションの開発にも積極的に関わり、臨床ワークフローの改善、患者エンゲージメントの向上、集団健康管理の高度化を目指すプロダクト開発に携わってきた。米国では、こうした臨床と起業を横断するキャリアも珍しくない。
HIMSS 2026:グローバルカンファレンス&展示会
ラスベガスではHIMSS(Healthcare Information and Management Systems Society:医療情報管理システム学会)が開催する「HIMSS 2026」を訪問した。その規模感を伝えるため、まず同地で開催されるCESと比較してみたい。
CES(Consumer Electronics Show)は、全米民生技術協会(CTA)が主催する世界最大級のテクノロジー展示会で、毎年1月に開催される。AI、自動運転、ヘルスケア、ロボティクスなど次世代産業の最新技術が発表され、世界中の企業やスタートアップ、投資家、メディアが集う「その年のテックトレンドを占う場」と位置づけられている。CES 2026には約14万8000人が参加し、会場はLas Vegas Convention Center(LVCC)、Venetian Expo、ARIAなど複数の施設にまたがる。
これに対し、HIMSS 2026は1つの会場で開催され、規模ではCESに及ばないものの、医療・ヘルスIT分野を代表する著名企業や団体が多数出展していた。
開催期間:2026年3月9〜12日(展示会:10〜12日)
会 場:The Venetian Convention & Expo Center(米国ネバダ州ラスベガス)
規 模:参加者2万4000人
出展企業・団体:900社
HIMSSとDHI
HIMSSは、情報技術とヘルスケアの交差領域に立つグローバルな非営利組織であり、60年以上にわたり、ヘルスITの標準化、普及、政策提言において中心的な役割を果たしてきた。北米、欧州、英国、中東、アジア太平洋地域に事業を展開し、個人会員12万5000人、医療提供者機関450以上、非営利パートナー500以上、医療サービス組織550以上を擁する。本部は米国イリノイ州シカゴに置かれ、HIMSS APACはシンガポールを拠点としている。
また、医療機関のデジタル成熟度を評価する国際的なフレームワークとして、EMRAM(Electronic Medical Record Adoption Model:電子カルテ導入成熟度モデル)とDHI(Digital Health Indicator)を提供している。EMRAMは、電子カルテの導入・活用状況を0〜7の段階で評価するモデルであり、DHIは、医療機関全体のデジタル化をより多面的に評価する指標である。今回の会合では、大分岡病院によるDHI受審の経験も共有された。
DHIでは、①デジタルヘルス政策(戦略、ビジョン、ガバナンス、財政・投資計画)、②デジタルヘルス人材(人材育成、変革管理、デジタルスキル)、③デジタルヘルスインフラ(EHR、データ基盤、相互運用性、サイバーセキュリティ)、④デジタルヘルス標準化(医療IT標準、データ品質、患者プライバシー)の4カテゴリーから評価が行われる。
医療プロバイダーを取り巻く環境変化
HIMSS 2026では、世界の医療提供体制が複合的な構造変化の只中にあることが示された。展示資料に引用されたPwC、McKinsey、Accenture、米国労働統計局(BLS)のデータをもとに、米国における変化は大きく5つの軸に整理できる。
①デジタル消費化:デジタルツールで自身の医療を管理する消費者は51%に達し、患者は能動的な「医療消費者」として行動するようになっている。
②ケアサイトの台頭:2033年までに訪問医療従事者の雇用は21%増加すると見込まれ、医療を提供する場は在宅や地域へと移行しつつある。
③人材制約:スタッフのバーンアウト増加を報告した施設は66%に上る。また、24年には、病院・医療システムに雇用される医師の割合が55%に達した。従来、米国の医師は独立開業、あるいは医師グループへの所属が一般的であり、病院に雇用される医師はメイヨークリニックなど一部の大規模医療機関に限られていた。
④市場集約:医療機関の経営統合が進み、大規模ヘルスシステムへの集約が続いている。
⑤AIの主流化と価値基盤型ケアへの移行:医療機関の67%がAI投資を大幅に拡大する予定だと回答している。さらに、27年までに価値基盤型ケアの対象となる患者は9000万人規模に達すると見込まれる。
次回は、主要企業が医療をどのように捉え、どのような製品やサービスを展開しようとしているのかを見ていきたい。


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