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未来の会

競馬収益が日本の農業構造転換を支える新財源に

競馬収益が日本の農業構造転換を支える新財源に

予算・補助金依存体質から移行し戦略的投資の実現へ

日本の農業は嘗て無い構造的転換を迫られている。具体的には、農業就業人口の急速な減少、高齢化の進行、農地の細分化、国際競争の激化等の課題に直面している。こうした問題を克服し、持続可能で競争力の有る農業へと転換する為には、長年指摘されてきた農業構造の改革を加速させる必要が有る。その為の財源として政府が打ち出したのが、日本中央競馬会(JRA)の収益を活用する新たな制度である。

 政府は「農業構造転換の推進に必要な施策の集中的な実施の財源に充てるための日本中央競馬会の国庫納付金の納付に関する臨時措置法」を成立させ、JRAが新たに特別積立金を設けそこから一部を国庫へ納付する制度を設定、その納付金を農業の構造転換の推進に必要な施策の実施に要する経費の財源に充てる事を可能にした。措置期間は2026年度から29年度迄の4年間で、農業政策の集中的な改革期間として位置付けられている。

 中央競馬は日本最大級の公営競技であり、その売上規模は極めて大きい。近年の中央競馬の売上は年間約3兆円前後で推移しており、JRAは毎年多額の国庫納付金を支払っている。23年度には約3600億円が国庫に納付された。今回の措置では別途特別国庫納付金を上乗せし、4年間で総額1000億円の財源を確保する事が想定されている。

 政府がこの制度を導入した背景には、日本農業の生産基盤の弱体化が有る。農林水産省によれば、24年の日本の農業総産出額は約10兆8千億円であるが、GDP全体に占める農業総生産の割合は1%未満に留まる。又、26年の基幹的農業従事者の平均年齢は約68歳と極めて高く、担い手不足は深刻である。荒廃農地の増加も続いており、農地の維持が困難になりつつある地域も少なくない。

 更に、日本の農業の生産性の低さを指摘する声は多い。農地が分散し大規模経営による効率化が進み難い構造が、長年の課題となってきた。農業の競争力を高める為には、農地の集積や経営規模の拡大、スマート農業技術の導入等を進めなければならない。

 その為の基盤整備には相当な資金が必要となる。本法にはその財源を確保する狙いが有る。日本の農業は地域経済に於いて依然として大きな役割を担っている。農業総生産額そのものはGDP全体の中では小さいが、農業資材、食品加工、流通、観光など関連産業を含めた業界全体で見ると、経済規模は少なくとも数十兆円規模に達すると見られる。農業の基盤整備は単なる1次産業の問題ではなく、地域経済の持続性に直結する政策課題でもあるのだ。

農地集積と規模拡大が構造変革の核心

 日本の農業の構造改革の核心は、農地の集積と経営規模の拡大に在る。政府はこれ迄も農地中間管理機構を通じて農地の集約化を進めてきた。だが進展は地域によって差が有る。「食料・農業・農村基本計画」(25年4月11日閣議決定)によれば、政府は担い手への農地集積率を30年を目処に70%程度まで引き上げる目標を掲げている。農地の集積が進めば農業機械の効率的な利用が可能になり、生産コストの削減と収益性の向上が期待出来る。

 又、スマート農業の導入も重要な柱である。GNSS(全球測位衛星システム)を活用した自動走行トラクター、ドローンによる農薬散布、AIを利用した生育管理など新しい技術は既に実用段階に入っている。これらの設備投資には多額の費用がかかり、中小規模の農家にとっては導入のハードルが高い。そこで競馬収益を活用した財源には、こうした技術投資を支援する役割も期待されている。

 農地の大区画化や水利施設の整備等も重要だ。農業土木事業は多額の公共投資を必要とするが、長期的には農業の生産性を大きく向上させる効果が見込まれる。戦後日本の農業は土地改良事業により飛躍的に生産性を高めてきた歴史が有るが、現在では施設の老朽化や維持管理費の増大が課題となっている。新たな投資は農業インフラの更新という意味でも重要である。

 加えて、農業構造改革には農業経営の形態を変える側面も持つ。近年では国が農業ベンチャー参入を支援する他、法人経営体が増加傾向に有る等、ICTを活用した大規模経営の事例も現れている。こうした新たな担い手の育成が日本の農業の将来を左右する。日本の食料自給率(カロリーベース)は24年度で38%と先進国の中でも低い水準に在る。世界的な食料価格の高騰や気候変動の影響が指摘される中、食料安全保障の観点からも、国内農業の基盤強化は国家的な課題となっている。

娯楽産業の収益を基幹産業の再生資金に

海外の事例として、フランスの競馬制度は馬産業の振興を目的として設計されており、競馬の収益は競馬関連産業に再投資される仕組みとなっている。同様に、日本の競馬も馬事振興の目的で発展してきた歴史を持つ。競馬収益を農業政策に活用するという今回の仕組みは、制度の原点に立ち返るものとも言えるだろう。

 経済効果の観点からも、この仕組みは一定の意義を持つ。農業分野への公共投資は地域経済に対する波及効果が期待される。農業土木事業や農業機械の導入は建設業や製造業など関連産業にも需要を生む。地方経済に於ける雇用創出効果も期待出来る。更に、農業投資には長期的な成長効果も有る。農地の大規模化や機械化が進めば労働生産性が向上し、農業所得の改善に繋がる。所得の増加は農村地域の消費拡大をもたらし、地域経済全体に波及する可能性が有る。人口減少が進む地方にとって、農業の再生は地域社会の維持という観点からも重要な意味を持つ。

 勿論、競馬収益に依存した財源には限界も有る。公営競技の売り上げは景気や社会環境の影響を受け易く、恒常的な財源として安定しているとは言い切れないだろう。今回の制度もあくまで臨時措置であり、長期的な農業政策の財源としては別の枠組みを検討する必要が有る。

 とは言え、今回の制度が示す発想は重要だ。人口減少が進み、財政余力も限られる中で、日本は既存の収益源を戦略的に活用する政策を模索しなければならない。娯楽産業の巨大な収益を基幹産業の再生に振り向ける施策は、その1つの試みである。

 加えて、今回の制度は農業政策の財源の在り方を考える上でも、重要な示唆を与えている。日本の農業政策は長年、一般会計予算や補助金に依存してきた。しかし、高齢化によって社会保障費が増大する中、財政余力は年々縮小している。限られた財源の中で農業政策を持続的に実施する為には、従来とは異なる資金源を確保する工夫が求められる。競馬収益の活用はその一例と位置付ける事が出来る。

 この仕組みは農業と他産業との連携を強化する契機ともなり得る。これ迄も農業を単独の産業として扱うのではなく、観光、食品産業、バイオ産業等と連携した「食料産業クラスター」の形成を推進する事で、地域に密着した食品産業の振興が図られてきた。農業の基盤整備や生産性向上が進めば、食品加工業や輸出関連産業、更には農村観光等の多様な分野に新たな需要を生み出す事が期待される。こうした波及効果を考えれば、農業投資は単なる補助金ではなく、地域経済の成長を支える戦略的な公共投資と捉えるべきである。

 尤も、制度の効果を最大化する為には、資金の使途を明確にして成果を検証する仕組みが不可欠だ。農業の構造転換は短期間で成果が現れるものではないが、農地集積率の向上や農業所得の改善等の具体的な指標を設定しながら、政策の進捗を検証していく必要が有る。限られた財源を最大限に活かす為にも、透明性の高い政策運営が必要となる。

 農業は単なる産業ではない。食料供給、地域社会の維持、国土保全等、多面的な役割を担う国家の基盤である。競馬収益という新たな財源を活用した農業構造転換が日本の農業の再生に繋がるかどうかは、政策の設計と実行力に掛かっている。今回の制度を一過性の措置に終わらせない為にも、4年間という限られた期間で、今回の財源を農業改革の確かな成果へと結び付ける事が求められている。

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