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未来の会

働き方改革で急浮上した「外国人材」受け入れ問題

働き方改革で急浮上した「外国人材」受け入れ問題
介護・育児など人手不足業種に受け入れ管理する構想

 安倍晋三政権は9月末、「働き方改革実現会議」(議長・安倍晋三首相)を発足させた。この場で具体案を練り、来年3月末までに実施計画をつくることにしている。テーマは「長時間労働の是正」など9項目。他にも「非正規雇用の処遇改善」など、多くは労働者保護を見据えた改革だが、一つ異質のテーマがある。「外国人材の受け入れの問題」だ。

 9月27日夕。働き方改革実現会議の初会合が、首相官邸で開かれた。メンバーの顔ぶれは榊原定征・経団連会長、神津里季生・連合会長ら労使の代表、有識者や関係閣僚ら24人。乳がん治療と女優業を両立させている生稲晃子さんの姿もあった。冒頭、あいさつに立った安倍首相は「スピード感をもって関連法案を提出する。労働者の格差を埋め、若者が将来に希望を持てるようにする必要がある」と力を込めた。

 会議のメインテーマが長時間労働の是正や同一労働・同一賃金の実現とあって、首相はじめ、多くの出席者は労働者寄りの改革の必要性を説いた。外国人労働者問題に触れる人は少なかった。

 アベノミクスを掲げ、成長戦略を重視する安倍政権は従来、派遣労働の拡大や解雇規制の緩和など企業側に立った労働改革を進めようとしてきた。それが、実現会議が取り組む9項目は働き過ぎの見直しなどの他、「女性・若者が活躍しやすい環境」「高齢者の就業促進」「病気の治療、子育てや介護と仕事の両立」など、労働者寄りのものが並ぶ。安倍首相は実現会議発足を前に、「非正規雇用という言葉をこの国から一掃したい」と踏み込んでいる。

 「労働者が主語の改革」。加藤勝信・働き方改革担当相もそう力説している。従来の企業重視路線の一部修正とみられ、厚生労働省幹部は「働き手を大切にしないと肝心の人材確保をできず、企業にとってもマイナスになることに気付いたのだろう」と話す。会社に縛り付けられる長時間労働のせいで男性が家事や育児に関われず、それが女性の活躍、ひいては企業の生産性向上を妨げている、などといった見解に基づき、9項目のテーマは設定された。

異色のテーマの背景に人手不足
 ただ、その9項目の中で「外国人材の受け入れ」は唯一、これまでの企業寄り路線に近い。背景には、介護や建設など人手不足が深刻な分野での働き手確保を迫られていることがある。とりわけ介護の人材不足は深刻だ。介護職員数は約171万人(2013年度)とこの10年の間に倍増してはいるものの、25年には75歳以上の人がいまの1・3倍、約2200万人に達するとみられ、厚労省はこのままでは介護職員が約38万人足りなくなると推計している。

 政府は賃金増などの人材確保策に加え、介護・看護分野に関しては、経済連携協定(EPA)の締結によって08年からインドネシア、フィリピン、ベトナム人を受け入れている。ただ、外国人に課せられる日本語の習得や国家試験のハードルは高く、この8年で来日した約4000人のうち、試験に合格したのは約600人。合格しても3割以上の人が「壁」を感じ、帰国するなどしてしまうのが現状だ。また、この枠組みの目的は「人材交流」で、人手不足を補う制度ではない。

 インドネシアから来日した30代の女性は、ようやく介護福祉士の資格を取得したのに、国へ帰ることを考えているという。親しかった日本人の同僚が「低賃金」を理由に辞め、悩みを相談できる人がいなくなったことが大きい。給料は上がらない。職場はぎりぎりの人員。長期休暇は取れず、子供が風邪をひいたときでさえ「休みたい」と言えない。女性は「来日前に思い描いていたのとあまりに違って……」と肩を落とす。

 単純労働に従事する外国人について、「原則として受け入れない」のが日本政府の立場だ。例外として「外国人技能実習制度」があり、農業や自動車整備といった職種で外国人を受け入れている。この仕組みで日本に在留している外国人は約21万人。ただし、受け入れの名目は「発展途上国への技術移転」。本音は人手不足対策とはいえ、安い賃金で単純労働をさせる不法就労の温床となっているだけでなく、年間1000〜2000人が失踪している。政府は今後、介護も対象職種にする方針だが、抜本的な解決策にはならないとみている。このため、介護や育児の分野でもっと多くの外国人を受け入れられるようにすることを、働き方改革のテーマの一つに掲げた。

 しかし、課題は少なくない。法務省によると、16年6月末時点の在留外国人は230万7388人。前年同期比3%増で過去最高だ。世界各地で移民や難民が問題化する中、外国人との共生に理解が深まっているとはいえず、トラブルも多発している。

 単純労働分野でより多くの外国人を受け入れるのであれば、不法滞在の監視強化などが必要になる。治安が悪化したり、低賃金が定着したりする恐れもある。実現会議の初会合後、連合の神津里会長は「九つのテーマのうち、外国人労働者の問題は慎重に考えるべき」と語った。経済界代表として実現会議のメンバーに名を連ねる三村明夫・日本商工会議所会頭も「労働力が増えることは賛成」としつつも、「外国人材については一定のコントロールの中でやらないと、いろんな問題が起こり得る」と慎重な姿勢をにじませた。

相手国や人数枠を設定する案
 人手不足は生産性向上の足を引っ張る——。背に腹は代えられず、外国人材受け入れをテーマに据えた政府だが、内部にも根強い異論がある。金田勝年法相は高度人材の受け入れには積極的な姿勢を示す一方で、「専門的、技術的と評価されない分野の受け入れは、ニーズがあるのか、国民的コンセンサスを踏まえて検討する必要がある」と述べるなど、単純労働分野での受け入れには消極的。加藤担当相も「さまざまな問題がある」との認識を示し、政府高官の1人は「日本に外国人労働者はなじまない」と漏らしている。安倍首相も移民の受け入れは明確に否定している。

 そこで政府内に浮上してきているのが、介護、育児、労働など人手不足が際立っている業種ごとに受け入れ人数枠を設定し、相手国も業種別にそれぞれ決める構想だ。相手国とは、2国間で協定を結ぶことを想定している。

 それでも、国別に人数や業種を管理する仕組みがどこまで実現するかは見通せない。介護や育児などに分野を限定して募集をかけても、相手国の意向と合うとは限らないからだ。対象業種の選定は難しい上、企業側に了承を得る必要もある。実現会議の事務方は「管理の度合いを緩めれば受け入れ数は増えるが、治安などその分懸念も高まる。きちんと管理しようとすれば受け入れ人数も制限され、人手不足解消につながらない。そのジレンマの中での作業になる」と話す。

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