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コロナでリセットされた「安倍外交」不幸中の幸い

コロナでリセットされた「安倍外交」不幸中の幸い
戦後国際秩序を守る「原則」重視こそ政権のレガシーに

 「コロナ後」の世界秩序は、もはや元には戻らないとの指摘を聞く。人によってはそれを「グローバリズムの終焉」と呼ぶ。

 しかし、これだけ広く、深く結び付いた世界経済である。いったん国境封鎖によって分断されたとはいえ、経済活動が再開されれば揺り戻しが働く。その時、ただ元に戻るのではなく、「グローバリズムの修正」がなされると考えた方が良さそうだ。

 その修正は、実は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)前から始まっていた。トランプ米大統領に象徴される自国第一主義の広がり、英国の欧州連合(EU)離脱、欧米各国における移民排斥——。

米中第3次大戦が始まっている

 グローバリズム修正後の世界秩序を主導するのは誰か。その覇権を争っているのが米中だ。報復関税の応酬による経済戦争の形をとってきたが、軍事的にも中国の拡張主義を米国が牽制する「冷戦」が続いている。「事実上の第3次世界大戦が始まった」と論じる安全保障専門家もいる。

 前振りが長くなったが、そうした国際情勢の中で迎えたコロナ危機が日本の外交・安全保障に及ぼす影響をどう見るかが本稿の主題である。

 新型コロナウイルスの感染者がまだ中国・武漢で確認された段階だった年初の頃、知米派の外交・安保専門家の間で強く懸念されていたのが、4月に予定されていた習近平中国国家主席の国賓来日だった。

 米中冷戦の主戦場はアジア太平洋であり、最前線に位置する日本を米国はキーストーン(要石)と呼ぶ。そこに敵国のトップを国賓として招き、天皇陛下が接見するとなれば、米国の対日不信に繋がりかねない。

 しかし、安倍晋三首相は習氏の来日実現にギリギリまでこだわった。その結果、中国からの入国制限が遅れ、両政府内に4月来日の延期論が広がった2月下旬になり突然、イベント自粛や一斉休校等の国内対策に乗り出した。

 野党は1月末の時点で既存の新型インフルエンザ等対策特別措置法を適用して対策を急ぐよう主張していた。これを拒んだ首相は後になって特措法の改正が必要だと言い出した。対策が遅れた責任を国会に転嫁したかったのだろう。

 特措法の適用を避けようとしたのは、中国への配慮だけでなく、経済への悪影響を懸念した面もある。改正特措法に基づく緊急事態宣言が発令されたのは4月7日。それまで約2カ月に及ぶ貴重な時間の空費が検査・医療体制のひっ迫を招いた。

 「安倍外交」といえば、アベノミクスに比べればよくやっているというのが大方の評価ではなかったか。長期政権の安定感と同時に、自由・民主主義・市場経済・法の支配という戦後国際秩序の原則を重んじる姿勢が国際的な信頼感を高めてきた。

 振り返れば、政権に返り咲いた当初の安倍首相は自国第一主義の先駆け的な存在として警戒感を持って迎えられた。アベノミクスの中核である大規模な金融緩和は通貨切り下げ競争を誘発する危険があったし、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定の交渉参加に反対する等、保護主義的な姿勢も見せていたからだ。

 一転してTPP交渉を主導し、米国の離脱後も米抜き発効に突き進んだのは、アベノミクスの弱点である「成長戦略」を海外市場の成長によって補う必要があったからだ。

 結果として、戦後国際秩序の原則を守る事で信頼を得てきたのが安倍外交だといえる。戦後秩序を否定するものと受け取られかねない靖国神社参拝も2013年の1回のみにとどめ、その後は封印している。

 見方を変えれば、戦後国際秩序の原則重視は首相本来の信念ではなく、経済優先の政権方針から導かれたものなのかもしれない。相対的に、より大事なものがあるなら原則を曲げる事もあり得るという危うさも潜む。

 米中冷戦は米国中心で構築されてきた戦後秩序に中国が挑戦している構図だ。関税好きのトランプ大統領が独断で仕掛けた貿易戦争のように語られるが、そうではない。

 米国はクリントン(民主党)、ブッシュ(共和党)の両政権を通して、中国の大国化を見守り、戦後秩序に取り込もうとしてきた。対中エンゲージメント(関与)政策と呼ばれる。

 だが、中国は戦後秩序に挑戦する道を選んだ。グローバリズムの恩恵を享受しながら、産業スパイ活動によって西側先進国の知的財産を盗み、経済発展による富を軍事力の増強につぎ込んで覇権を握ろうとしている——。

 ペンス米副大統領がそう断じたのが18年10月のいわゆる「ペンス演説」だ。1年後にも同様の演説をし、中国共産党体制を転換させるレジュームチェンジ論までにおわせた。

 米国は中国の挑戦を許さない。これは現在の共和党政権のみならず、民主党も歩調を合わせた米国の総意だ。にもかかわらず、安倍政権が習氏来日にこだわったのはなぜか。

「戦後総決算」に潜む地金の危うさ

 コロナ禍が世界に拡大する前、もう1つ懸念されていたのが対ロシア外交だ。安倍首相はロシアが5月9日に予定していた対ドイツ戦勝75周年記念式典への出席を検討した。米露関係が悪化する中、慎重になるべき局面だ。それでも首相はプーチン露大統領との会談に意欲的だった。

 「戦後日本外交の総決算」を掲げてきた首相にとって、残された時間は少ない。東京五輪・パラリンピックの1年延期が決まるまでは、今夏の五輪を花道に勇退するシナリオも取り沙汰されていた。第2次大戦を戦った中国、ロシアとの外交実績を最長政権のレガシー(遺産)として残したいという焦りもうかがわれる。

 しかし、このタイミングで日露平和条約に道筋をつけようとすれば、その引き換えに北方領土問題の棚上げを求められる。首相がそれをのむつもりだったのだとすれば、国益より個人のレガシーを優先した宰相として、後世に汚名を残す事になっただろう。

 戦後外交の総決算という発想自体に、戦後秩序に挑戦する印象は否めない。それが安倍外交の地金だとしても、原則重視のメッキで覆い隠したまま政権を全うしてもらいたい。

 新型コロナの感染拡大で習氏来日もロシアの式典も延期された事は、不幸中の幸いというほかない。首相本人は諦め切れないだろうが、今後はそれどころではないはずだ。

 コロナとの闘いは長期化が避けられない。グローバリズムの修正過程で新興国、途上国の経済が混乱しても、先進各国は自国経済の立て直しで手一杯の状況が続く。その間隙を突いて中国が新興国、途上国への影響力を強める事も予想される。

 米中はコロナ対策で協力するどころか、対立を激化させている。米海軍が混乱していると見るや、太平洋に空母をさせるのが中国だ。東日本大震災の時、日本周辺で中露軍がとった挑発行動を忘れてはならない。日本が中露の側につく理由はない。

 首相にとって頼みのトランプ大統領は再選が危ぶまれ、自身もコロナ対応の失態で求心力が低下している。

 TPP参加国や東南アジア諸国を自由主義陣営に繋ぎ止める原則外交に徹し、「コロナ後」の世界経済の再建を主導する事こそ、安倍外交の果たすべき歴史的役割ではないか。

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