
障害者雇用は、今や人権経営を進める上で企業が正面から向き合うべき課題である。従業員数37.5人以上の事業主には雇用義務が有り、民間企業の法定雇用率は2026年7月に2.7%に引き上げられた。これを単なる制度対応として現場に任せきりにするのではなく、組織としての支援が欠かせない。本連載では、現場で実際に起きるトラブルを手掛かりに、経営者・管理職が知っておくべきノウハウを解説する。
障害者雇用の対象となる精神障害者保健福祉手帳を所持する人には、うつ病・双極性障害や統合失調症等の精神疾患が有る人の他、アスペルガー症候群やADHD等の発達障害が有る人もいる。今回は、患者数が多く、職場で接する機会が増えている「気分障害」とも呼ばれるうつ病と双極性障害について解説する。
厚生労働省の2025年の集計によると、民間企業で働く精神障害者は16万8542人で、前年より11.8%増えた。身体障害者や知的障害者と比べても伸び率は高く、今後更に広がると考えられる。
一方、職場には「何をするか分からないから、危険ではないか」「性格に問題が有るのではないか」といった誤解も根深く残っている。「精神病」という言葉の印象や、事件報道等で精神疾患が犯罪と結び付けて語られる事も、その一因と考えられる。こうした先入観から、本人が孤立したり、個室に入れられたままになるケースも有る。しかし、職場で働く精神障害者の多くは、治療や服薬によって症状を安定させ、医師が就労可能と判断した上で病気と付き合いながら働いている。病名だけで危険性や人格を判断してはならない。
うつ病——「大丈夫」を安易に受け取らない
「うつ病は心の風邪。先ずは休養を」という表現は、病気を身近に感じて貰うには分かり易い。しかし、障害者手帳を持つ程のうつ病を、一時的な気分の落ち込みと捉えるのは危険である。うつ病では、強い抑うつ状態が長く続き、気分転換をしても回復しない場合が有る。頭痛や目眩等の身体症状が現れ、重症になると、出勤だけでなく食事や日常生活も難しくなる。治療によって症状が落ち着いた後、通院を続ける人や、再発を繰り返す人は少なくない。再発時には自殺の危険性が高まる場合も有り、「重症のうつ病は自殺のリスクと背中合わせの病気だ」と職場側も理解しておく必要が有る。
再発を防ぐには、本人と共に、発症や悪化のきっかけを確認する事が有効である。責任の重さが原因なら業務量や役割を見直し、長時間労働が原因なら残業を制限する必要が有る。
又、うつ病の人は、責任感が強く、周囲に心配を掛けたくないという思いから、病状を隠して「大丈夫です」と答える事が有る。外見上は普通に働いている為、周囲が「もう治った」と判断してしまう点に落とし穴が有る。
大手製薬会社に勤務するAさんは、過去にパワハラを受け、拒食や自殺未遂を経験していた。現在の職場では、仕事はよく出来ていたが、長時間の残業と睡眠不足が続くと、遅刻や仕事のミスが目立つようになった。上司が「疲れているようだから、無理をせず休むように」と伝えると、Aさんは「全然大丈夫です」と答えた。しかし、Aさんは「休めと言われたのは、退職させたいからではないか。病気に気付かれたら、クビになる」と強い不安を抱いた。その結果、休むどころか、更に自分を追い込み、やがて自殺を図る迄に至った。しかし実際は、会社にとってAさんは欠かせない存在であり、Aさん自身も、その会社で働き続ける事を強く希望していた。
このケースで必要だったのは、「無理をするな」という抽象的な声掛けではない。「休む事は退職ではなく、働き続ける為の治療である」と丁寧に伝え、残業を減らす、一定期間休職する、主治医の診察を受ける、復職の条件と手順を確認する等、本人が安心して治療に向き合える具体的な支援が必要だった。
双極性障害——躁状態の後の「静けさ」に注意する
双極性障害は、うつ状態に加えて、気分が異常に高揚し、活動性が過度に高まる躁状態を繰り返す病気である。軽い躁状態では、睡眠時間が短くても平気で、仕事がよく進む等、むしろ好調に見える場合も有る。重くなると、話し続ける、判断が荒くなる、無計画な買い物や借金、過度な飲酒、性的な逸脱行動等に及び、本人の人間関係や社会的信用を大きく損なう場合が有る。
躁状態に在る本人は、病気によって自分の行動を制御出来なくなっている事に気付けない場合が有る。一方、うつ状態に入ると、躁状態の時の言動を恥じ、周囲から責められるのではないかと強い不安を抱く事も有る。従って、躁状態の発言や行動を「性格の問題」と決め付ける事も、病気を理由に全てを容認する事も適切ではない。職場のルール違反や他者への迷惑は、明確に扱いながら、治療に繋げる仕組みを整える必要が有る。
自動車メーカーに勤務するDさんは、躁状態の時に同僚の悪口や根拠の無い噂を言いふらし、職場を混乱させていた。周囲には「病気が言わせているのだから気にしないように」とだけ伝えられ、具体的な対応は取られなかった。その後、Dさんは突然、会社へ連絡せず、3カ月ほど出社しなくなった。会社は「そのうち出てくるだろう」と考え、事実上放置していた。しかし、その間のDさんは、強い不眠や自殺願望、被害妄想に悩み、食事も殆ど取れない状態に在った。
躁状態で周囲に迷惑を掛けていた人が、急におとなしくなった時、それを「やっと落ち着いた」と一安心してはならない。躁状態から強いうつ状態へと病相が移行する事が有り、拒食や自殺願望など生命に関わる事態に至る場合も有る。躁状態の後の「静けさ」こそ、再発のサインとなる可能性が有る為、注意深く見守る事が大切である。
勤怠と顔色を確認する
気分障害の再発や悪化を早く見つけるには、勤怠と顔色に注意する。遅刻や欠勤が増えた時は、「病気だから」と見過ごすのではなく、連絡や面談、産業医への相談に繋げる基準を、就業規則や社内マニュアルに定めておく。顔色とは、肌つやの事ではなく、不眠による顔色の変化を指す。不眠は、うつ状態にも躁状態にも繋がる重要なサインなので、注意して見ておく必要が有る。
最初から完璧な対応を目指す必要は無い。大切なのは、会社と本人が、主治医や産業医、人事担当者とも連携しながら、働き易い環境とコミュニケーションの方法を丁寧に探していく事である。その試行錯誤を組織として支える姿勢が、精神障害者雇用の出発点となる。
久保修一氏「ココだけ」の補足の一言
久保 修一(くぼ・しゅういち)1965年東京都生まれ。慶應義塾志木高校、慶應義塾大学法学部政治学科中退。日本初の障害者の為の労働組合「ソーシャルハートフルユニオン」前書記長。NHK 福祉情報番組『ハートネット TV』の「障害者雇用」レギュラーコメンテーターを始め、テレビ・ラジオ・WEB サイト・定期刊行物など様々なメディアで、障害者雇用に関する提言を発信。日本財団「就労支援フォーラムNIPPON」、千葉県障害者雇用サポート事業「障害者雇用セミナー」、東京都社会保険労務士会がん患者・障がい者等就労支援特別委員会、東京都労働相談情報センター等で講演多数。著書に『本書を読まずに障害者を雇用してはいけません!』(労働新聞社)、『職場にいるメンタル疾患者・発達障害者と上手に付き合う方法』(日本法令)等が有る。



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