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新型コロナの収束と社会:大規模な抗体検査に注目して

新型コロナの収束と社会:大規模な抗体検査に注目して

 今回からは臨時で、新型コロナについて思うことを書いてみたい。ただ、私は感染症の専門医ではないので、医療と経済の視点からエッセイ的に書いてみる。

緊急事態宣言の発動

 4月7日に緊急事態宣言が出された。日本医師会や東京都医師会をはじめ多くの人が要望し、ようやく発令されたというところであろうか。筆者は政府の肩を持つ者ではないが、逡巡した気持ちもわからないではない。それは3月に一斉休校を全国一律で行ってしまい、政権のイメージを損ねたというトラウマがあるからだろう。

 実際、春休みになってその規制の継続か撤廃(この状況で全国一律に撤廃することは当然できないが)を明確に示すことが政府にはできなかった。何が言いたいかと言うと、一度規制を行うと、それを解除するのは非常に難しいということである。

 感染がいち早く収束し都市封鎖を解除してきている中国でも、第2波とでもいうべき外国からの帰国者の危険性が取り沙汰されている。 米ニューヨーク州でも4月12日の記者会見でピーク期を迎えた可能性があるとするものの、クオモ州知事は自粛措置解除について慎重姿勢を示している。このように、緊急事態宣言をいつ解除するのかは極めて難しい。

 しかし、企業からは悲鳴が上がる。日本経済新聞は、「首都圏飲食業者 現状継続なら『事業継続困難』6割に 民間調査」「大企業も資金難懸念 3割減収、半年で4社に1社枯渇」といった記事が紙面に踊る。

 注目されているのが、検査によって実態を把握しようということだ。エビデンスに基づいて政策を決めようということである。

エビデンスの構築

 どんな検査があるのか、PCR 法は、現在ウイルスが存在しているかどうかを調べる検査である。逆にウイルスがいても症状が出ていない場合もある。

 一方、抗体検査は、あくまで過去に感染したことがあるか、あるいは現在の感染があるかを調べる。まだ、新型コロナウイルスに関しては100%答えが出たわけではないが、通常1回感染すれば抗体ができて二度と同じウイルスには感染しないことになる。風疹や麻疹など通常の感染症ではそれがいえる。ただ新型コロナウイルスの場合、1回感染した人がまた感染したという話もあるので、1回感染するか、抗体ができていれば、100%この病気を防ぐことができるかどうかは現在まだわからない。

 日本では PCR 検査が諸外国に比べて極端に件数が少ないことがよく指摘される。PCR 検査は、そもそも研究用であり、専門家である医療従事者が行うために、また鼻の奥や気道から粘液を採取しなければならないために、医療従事者にも感染が起き得るという危険性がよく指摘されている。

 私は政府関係者ではないので、日本でPCR検査の数が少ない理由を100%説明できない。1つには、利用者に感染のリスクが高いので厳重に行っているとか、偽陽性といって本来病気でないのに検査で陽性が出てしまう可能性があるとか、あまりにたくさん検査し陽性患者が多くなってしまうと病院が医療崩壊を起こすとか、色々と説明されるが、真実のところはよくわからない。

 私としては、検査が多く行われなくても、医療崩壊しなければ重症の患者は入院することができるところがポイントだと思っている。実際、日本ではコロナウイルス感染による死亡者が少ない。その理由は、日本は医療レベルが高く、医療キャパシティーが大きいために死亡者数が増加していないという論説をしてきた。

 しかし、緊急事態宣言をだらだら継続するわけにはいかない。そこで、今回は違う視点、つまり緊急事態宣言をいつ止めることができるのかという視点で考えてみたい。

抗体検査に注目

 抗体検査は PCR 検査に比べると、検査の結果が出るのが早いので有用という見方があるが、コロナウイルスのように、不顕性感染が多く、いつ感染したかもよくわからない病気においては、検査が早期過ぎれば数字が表れてこないので診断が難しい。

 英国ではハンコック保健大臣が抗体検査を行い、抗体がある場合には免疫証明書の発行をすると言い出した。ドイツでは少人数の検査ではあるが、ボン大学がGangeltという町の919人の住人に検査を行い、15%が感染していたというデータを出した。さらに大規模な調査もなされているようである。またアメリカではカリフォルニア州やニューヨーク州が大規模な抗体検査を行い、全米に広げたいという考えを示した。

大規模な抗体検査を政策に使う場合の問題点

 世界では、緊急事態宣言の解除の1手法として期待が膨らむ抗体検査であるが、この抗体検査には使用方法が2つあることに注意が必要である。

 1つは集団免疫が達成できているかどうかという調査である。

 アメリカやヨーロッパの多くの国が大規模で抗体検査をすると言っているのは、集団免疫の調査ではなく、簡単に言えば抗体を持っている人は街を出歩いてよし、抗体を持ってない人は感染のリスクがあるので家にとどまり続けなさいということである。つまり抗体を持っている人は働いたり、日常生活を送ったりできることを意味する。

新たな格差が生まれるのではないか

 世界がこの大規模抗体検査に大いに期待する中、筆者は技術的な問題、すなわち抗体がどこかで持たなくなってしまう可能性、あるいは抗体をどの数字まで持っていればコロナウイルスに感染しないかの確認、といった問題はあるが、それは技術やデータの蓄積によって解決すると思う。しかし、最後まで解決しないのは抗体のあるなしで、「格差」が生まれてしまうということである。

 簡単にいえば、抗体を持っている人は外に出て働いてお金を稼ぐこともでき、娯楽に供することもできるが、抗体を持っていない人は家に閉じこもっていなければならない状態が予想される。これは、いかに技術が進歩しても解決できない。

 在宅勤務においても職種によってできるできないの議論があるがごとく、そしてそれで「格差」だという不満が起こっているがごとく、大規模な抗体検査をすることは、社会の新たな「格差」を生んでしまう「諸刃の剣」なのである。

 これは、遺伝子診断などと同じことである。遺伝子検査では、生まれつきの変異を見つけることもできる。そうなってしまえば、病気になるかどうかが生まれた時にわかる。現状では、遺伝性乳がんなど特定の病気についてはわかってしまう。同じように、免疫力が強い人や頭がいい人もわかるかもしれない。免疫力が強い人が医師になった方がいいとか、感染症対応をした方がいいとか、そういった、「徴兵制」に似たことが起きてしまうかもしれない。

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