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新型コロナ検査「世田谷モデル」を巡る紆余曲折

新型コロナ検査「世田谷モデル」を巡る紆余曲折
「誰でも無料」は「社会的検査」へ大幅縮小

「なぜPCR検査が拡大出来ないのか。出来ないんじゃなくて、何か足踏みしている。だから1カ所でも突破して、とにかくPCRを大胆にやろうじゃないか、桁を1つ2つ広げていこうじゃないかと」

 7月28日夜のBS‐TBS「報道1930」に生出演した東京都世田谷区の保坂展人区長は、新型コロナウイルス感染の有無を調べるPCR検査を巡り「国の対応が遅過ぎる」と批判し、PCR検査を「誰でも、いつでも、何度でも」公費負担で無料で受ける事が出来る「世田谷モデル」の実現をぶち上げた。症状を問わず希望者全員が無料で検査を受けられる米ニューヨーク州を参考にしたという。

 保坂氏の掲げる世田谷モデルでは、1日約360件だった区内のPCR検査能力を2000〜3000件まで増やし、希望する区民には無料検査を実施。医療や介護、保育等の社会生活に不可欠な「エッセンシャルワーカー」に対しては定期的に検査する。検査の処理能力を高めるため、複数人の検体をまとめて検査し、陽性反応が出たら個別に検体を調べる「プール方式」を採用するという枠組みだ。福島第1原発事故の内部被曝問題でも名高い東大先端科学技術研究センターの児玉龍彦・名誉教授の主張を全面的に取り入れた。

 この保坂氏の打ち出しは入念に準備されたものだった。番組出演の前日夜に区の対策本部会議を開き、児玉氏らからヒアリングを行っていた。児玉氏は「区として、いろんな社会的ニーズに基づく検査も出来るようにする体制が必須だ。これは世界中でみて、どこでもやっている」と大規模検査の重要性を述べ、「そういう世田谷モデルみたいなものを作っていく事が大事だ」と主張。これに呼応するように保坂氏が何度も児玉氏に質問し、あらかじめ世田谷モデルの実施に前向きな空気を醸成していたのだ。

 更に、その様子をTBSに取材させる等、マスコミ対策も忘れていなかった。その後も、保坂氏は連日ワイドショーを梯子して世田谷モデルをアピール。8月4日には日本記者クラブで記者会見し、TBS「報道特集」の金平茂紀キャスターらシンパが保坂氏を持ち上げた。そうした努力が実り、世田谷モデルは一躍世間の脚光を浴びるようになった。

根回しのない発信で足下は混乱拡大

 このように世田谷モデルのスタートダッシュは抜群だったが、その一方で、保坂氏は関係者への根回しをしないまま発信したため、足下では混乱が広がっていた。巨額の公費負担のめどを付けていたわけではなく、区議会で副区長が「『誰でも』ではない」等と連日釈明に追われた。区医師会もホームページに「区医師会のPCRセンターは症状のある患者さん最優先の医療機関で、『世田谷モデル』とは別の事業」と注意書きを明記し、保坂氏とは一蓮托生ではない事を強調した。

 ほころびが露呈した保坂氏は、さすがに約94人の区民全員を対象に希望者へ無料検査を実施するのは難しいと判断し、当初掲げていたスローガンから「誰でも」をこっそり取り下げ、「いつでも、どこでも、何度でも」に変更。自身のツイッターでは世田谷モデルに懐疑的な声をひとくくりに「拡大反対派」と位置付けた上で、「PCR検査を無症状のエッセンシャルワーカーに拡大すべきか議論している時ではない」と書き込み、批判を封じ込めようとした。

 暗に対象を無限定に増やすわけではないという事を匂わし、希望者全員への無料検査はあくまでも努力目標であると巧妙に言い逃れしたのだ。

 そもそも政府はPCR検査について、検査能力に応じて徐々に拡大するとの立場。感染者が多数出ている地域の医療機関や高齢者施設等の職員への公費検査は可能との見解を示している。保坂氏も密かに軌道修正して、エッセンシャルワーカーへの「社会的検査」に重心を移し、政府方針に歩調を合わせていった。

 ただ、対象者をかなり絞った社会的検査についても新たな課題に直面した。前提となる「プール方式」が厚生労働省から国庫負担による「行政検査」と認められておらず、従来の方式で検査を実施しなくてはいけなくなったのだ。

 当初、区は10月からプール方式を導入する事で1日当たり1000人規模の検査を見込み、約2カ月間で区内の介護施設や保育所、幼稚園の職員ら約2万3000人の対象者全ての検査を終える予定だった。それがプール方式の不採用で検査完了の越年が確定的になってしまった。

 更に、無症状の感染者をあぶり出すためには定期的な検査が欠かせないが、プール方式による大量検査が出来ないと、検査は単発で終わる可能性がある。財政的にも国庫負担がなければ、複数回の実施はなかなか難しくなる。

 また、検査で感染者が大量に見つかった場合に感染者を受け入れる療養施設が十分に確保されていない事も明らかになった。世田谷区は住宅街が中心のため、独自に療養施設を準備する事が出来ず、区外の東京都が用意するホテル等に頼らざるを得ない。そちらが満室になれば、感染者には自宅療養を強いる事になる。

山積する課題に区議会も問題視

 こうした山積みの課題が9月15日に開会した区議会定例会でも問題視され、検査費約4億1400万円を含む補正予算案の成立は一時暗礁に乗りかけた。区幹部の1人は「区長の後先を考えない発言に職員はみな疲弊している」と打ち明ける。

 最終的には、28日の本会議で補正予算案は区長支持のリベラル系の会派だけでなく、自民、公明両党も賛成に回って可決・成立したが、米ニューヨーク州のような大規模な無料検査を想定していた世田谷モデルは骨抜きにされたといえる。

 補正予算成立直後、区の公式ユーチューブにメッセージ動画をアップした保坂氏は、世田谷モデルに関し「ニューヨークを指標としながら、ステップを踏んでいこうと発信させていただいた」と述べ、大規模な無料検査はあくまでも努力目標であり、今は段階的にPCR検査を拡大させているだけだと釈明。その後は補正予算の財源を活用した社会的検査の説明に終始し、「私も区も出来る限りの力を尽くして、効果的な検査体制の充実を図り、区民の命と健康を全力で守っていく。皆様のご協力をお願いする」と締めくくった。

 一方、ここに来て、世田谷モデルに追い風となる動きも出てきている。ソフトバンクグループの子会社「新型コロナウイルス検査センター」が9月24日から、唾液を利用したPCR検査を1検体当たり2000円(税別、配送料・包装費除く)で実施するサービスをスタート。1日1万件の検査能力があり、こうした民間企業を活用すれば、世田谷モデルの最終目標である大規模な無料検査への道筋も見えてくる。今後は〝無駄打ち〟も多い大規模検査に区民の理解が得られるかがポイントとなりそうだ。

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