そもそも「戦後2番目の長さ」だったのかは疑問
「またか」と思った国民も少なくなかったはずだが、安倍晋三政権の虚言が明らかになった。内閣府の「景気動向指数研究会」は7月30日、日本経済の景気が2018年10月をピークに「後退局面」に入ったと認定した。ところが、19年の1月に茂木敏充・経済再生担当相(当時)が、景気回復時期について「戦後最長になったと見られる」と発言していたからだ。それ以降も、今年2月まで安倍政権は「穏やかに回復している」という公式の景気判断を示してきた。
今さら、2年ほど前から実は「後退局面」だったと言われても、釈然とはしまい。それでも名だたる御用学者の立正大学の吉川洋学長が座長の「景気動向指数研究会」ですら、「後退局面」と認定せざるを得なくなって以降も、コロナ禍による経済へのダメージが誰の目にも明らかになるまで虚言が繰り返されてきたのだ。
消費税の10%増税が実施されたのが19年10月だが、いくら経済オンチの安倍でも既に景気の「後退局面」に入っていた時期に、消費増税という最悪の景気冷え込み策を講じたとはおそらく認めたくなかったのだろう。
一方で、「今回の(景気)回復は第二次安倍政権が発足した12月12日に始まったとされ、期間は71カ月と戦後2番目の長さだった。しかし、『いざなみ景気』(02年2月〜08年2月)の73カ月には届かず」(『東京新聞』電子版7月31日付)等と、「戦後最長ではなく、実は2番目だった」との点を強調する報道が目立つ。だが、こうした見方は妥当だろうか。
「いざなみ景気」並みの回復はなかった
まず、そもそも本当に「戦後2番目の長さだった」のか疑問だ。これが事実なら、今やほとんど誰も口にしなくなった「アベノミクス」ですら、「71カ月」も景気を持続させたのだから、何やら評価しなくてはならないような気になってくる。だが、実態はどうなのか。
安倍政権が消費税を8%に増税したのは、14年4月。その前月の3月から16年5月まで、鉱工業生産指数(季調済)も景気動向指数(CI・一致指数)とも低下し、この間、明らかに2年以上の景気後退に陥った。
また、14年から16年まで初めて3年連続で、「実質民間最終消費支出」が減少している。言うまでもなく、消費増税の悪影響がストレートに出たためで、景気回復が持続していたのでは全くない。その事実を前提にするなら、「いざなみ景気」に匹敵するような景気回復の期間は最初から存在しなかったのだ。
だが、ここでも安倍政権がそれを認めたなら、8%の消費増税が失策だったのを否定出来なくなるため、「戦後最長」等という虚言を例によってたれ流してきたにすぎない。
次に、百歩譲って「71カ月」間景気拡大期が続いたと認めたとしても、その間、実質賃金は平均0・5%も低下している。個人消費の平均伸び率は、たったの0・4%だ。これがどうして「景気拡大」だの「景気回復」等と称されているのか。実質国内総生産(GDP)の伸び率も年率1・1%にすぎない。
もっとも同じ事は、「戦後最長」とされる「いざなみ景気」についても言えるかもしれない。01年4月に発足した小泉純一郎内閣が主導したこの「いざなみ景気」は、02年2月から08年2月まで続いたとされるが、実質賃金は年平均で0・2%低下し、個人消費の平均伸び率は1・0%にすぎない。実質GDPの伸び率も年率1・6%だから、「戦後最長」も「2番目」も随分お寒い「景気」の中身だ。
他方、日本を経済大国に押し上げ、57カ月(1965年11月〜70年7月)続いた「いざなぎ景気」は年平均でそれぞれ、実質賃金が8・2%、個人消費が9・6%伸び、実質GDPの伸び率が11・5%を記録している。高度経済成長の時代の「いざなぎ景気」を、21世紀の「戦後最長」や「2番目」と単純比較するのは困難だが、後者が他の先進資本主義国の数値と比較して劣っているのも、また動かし難い事実なのだ。
例えば、「いざなみ景気」の実質GDPの伸び率1・6%は、同じ時期の先進国平均のGDP伸び率2・6%と比較して差を付けられている。米国は2・7%、英国は1・9%だ。「2番目」の1・1%も同様。先進国平均は1・9%で、米国は1・4%、英国は1・3%だから、ここでも更に振るわない。
ちなみに18年の日本の実質GDPの伸び率は0・8%だが、これは世界で実に185位という体たらくに甘んじている。
他国との比較で何よりも特筆すべきは、実質賃金の異様なまでの低下ぶりだ。1997年の実質賃金を100とした指標では、2018年段階では先進資本主義諸国で日本だけが90・1とマイナスを記録している。
病根は小泉政権の「構造改革」に
フランスは127・7、英国は127・2、ドイツは118・8、米国は116だ。「戦後最長」でも「2番目」でも、「成長」どころか実質賃金が下がり続けてきた。内戦や財政破綻を経験していない国家で、こうした現象が起きる例は稀有だろう。これでは消費が上向くはずがなく、個人消費が全体の60%近くを占めるGDPを押し上げる事は無理だ。
目下の問題は、数値上では「景気拡大」と表現されはしても、その内実だろう。「戦後最長」であれ「2番目」であれ、これではますます国民が窮乏化し、世界経済での位置が低下し続けざるを得ない。その病根を探っていくと、やはり小泉純一郎政権の「構造改革」に行き着く。それは、世に言う「空白の30年」をもたらした正体でもある。
この「構造改革」で、何が起きていたのか。03年4月には企業がリストラをすればするほど、減税する「産業再生」法が改正され、企業の解雇者が増大。更に、派遣法を改正して04年3月に製造業への派遣を解禁し、一挙に低賃金で「使い捨て」の非正規労働者が増加した。
02年から07年までの間に、大企業に有利な「租税特別措置」や高額所得者に恩恵がある所得税最高税率の引き下げ等で、4兆9000億円もの減税が行なわれた一方で、02年度から毎年、社会保障費の自然増分から2200億円も削減する抑制方針が強行された。この結果、かつての経済成長を支えた中間層がやせ細り、格差社会化がもたらされた。
そして、こうした路線を踏襲したのが「アベノミクス」に他ならない。「構造改革」で経済財政政策担当大臣や金融担当大臣として辣腕をふるったパソナ会長の竹中平蔵が、今もちゃっかり首相の諮問機関「未来投資会議」の議員に収まっているのは、その象徴だろう。「景気拡大」とはいっても、「戦後最長」も「2番目」も、共に大企業の内部留保が膨らみ続けるだけで、実質賃金の減少が止まらず、個人消費も低調なのは当然なのだ。
歴史に「if」は許されないが、もし「構造改革」と「アベノミクス」がなかったなら、コロナ禍でここまで日本経済がリスクへの脆弱性を露呈し、国民生活が過重のダメージを受ける事はなかったのではないか。しかも、本当の正念場はまだ先なのに、方向転換の論議すら起きてはいない。 (敬称略)
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