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第201回 患者のキモチ医師のココロ
あなたは「外科ハラ」を知っているか

第201回 患者のキモチ医師のココロあなたは「外科ハラ」を知っているか

 「外科ハラ」という言葉をご存じだろうか。「サージャンズハラスメント」とも言うようだ。

 日本消化器外科学会のハラスメント対策委員会委員長を務める富山大学の藤井努教授(消化器・腫瘍・総合外科)がこれについて次のように説明している。該当箇所を引用させてもらおう。

 「『消化器外科医の主業務である『手術』に関するハラスメント』として、サージャンズハラスメントという新しい概念を提案しています。足で蹴る・頭突きをするなど手術中における暴力・暴言、手術参加の機会を制限する行為などがその内容となります」(医療従事者専用サイト『m3.com』「手術中の暴力・暴言は絶対NG、指導医へ切なるお願い」より)

 これを読んだ多くの人が驚くのではないか。外科医がとくに研修医や若手の教育現場で威圧的な言動をしがち、というのは以前からしばしば耳にすることだが、その内容が手術中に「足で蹴る・頭突きをする」とは……。

 清潔操作が必須の外科手術では手を出して叩いたりはできないから足や頭が出るのかもしれないが、いずれにしてもあまりにも乱暴かつ幼稚な振る舞いだ。にわかには信じがたく、大病院の手術室で勤務した経験がある当診療所の看護師に「あなたのところはどうだった?」と聞いてみた。すると、「蹴るなんてまだいいですよ。私は手術器具を投げつけられたことがあるし、若い先生は『バカ!出て行け!』とメスを投げられ危なかった」という驚くべき答えが返ってきた。これなど一歩間違えれば犯罪行為だろう。

7割近くの外科医がハラスメントを経験

 日本消化器外科学会は、2024年11月に消化器外科医を対象にアンケート調査を行った。その結果によると、「『過去10年間に何らかのハラスメントを受けた経験がある』と回答した者が67%、『過去10年間に何らかのハラスメントを目撃した経験がある』と回答した者が89%、『ハラスメントを理由に消化器外科医を辞めようと思った経験がある』と回答した者が38%」。先の看護師の経験談は決してレアケースではない、ということがわかる。

 なぜ「外科ハラ」は起きるのか。身に覚えのある指導医は言うかもしれない。

 「外科手術は緊迫した場だ。医師や看護師の一瞬の手技の誤りが、患者の命を奪うこともある。そこでやさしい言葉でゆっくり指導している余裕などないんだ」

 それはもっともだが、立場を変えて考えてみよう。想定しにくいが、手術室で執刀医が患者の身体の右と左を間違えてメスを入れようとしていたとする。それに看護師が気付いた場合、蹴ったり頭突きをしたりするだろうか。研修医が上級医のミスに気付いた場合も同じだ。まずは、「先生、待ってください!」と声をかけてその動作を止めさせるのではないか。そして、「こちら側だと思います」と端的に指示をする。必要なのはそれだけであり、「バカ」「外科医をやめてしまえ」といった罵倒の言葉を口にすることもない。

 つまり、いくら緊迫した現場であっても、暴力や暴言なしでは患者の命が救えないということはないのだ。それどころか「外科ハラ」により心身不調となり、休職や退職に追い込まれるケースもあるようで、その損失は計りしれない。

 では、患者側からはどう見えるのだろう。

 自分の主治医が「外科ハラ」をしたり受けたりしていることを知ったとき、患者も「とんでもない」と否定的に感じるのだろうか。実は、「患者から見た医師の世界のハラスメントの認識」についての調査はほとんどない。複数の研究で、「患者の多くは医療教育の階層構造(指導医の下に専攻医、研修医がいるといった制度)を十分に理解していない」ということが明らかになっているのみなのだ。だとしたら、当然、そこで発生している「外科ハラ」などのハラスメントについてもよく知られていないのかもしれない。

 ただ、これは私の印象なのだが、一部の患者の中には「医療現場での厳しすぎる指導」に必ずしも否定的な感情を抱かない人もいるのではないか。そう考えたきっかけは、何人かの患者との会話にある。以前、米国の医療ドラマが日本でもヒットしたとき、診察室でその話題を口にする人たちがいた。その多くが、ドラマで描かれていた医師たちへの疑問、批判を語った。

 「先生、あれってアメリカだけなんですよね? 意識のない急患の対応をしながら、ドクターとナースたちが『帰りにピザでもどう?』『うーん、あそこは今ひとつ』なんて雑談してるんです。患者の立場からすればたまりません」

 「若手が部長先生に対して敬語も使わずに“タメ口”で話しかけているのは、見ていて気持ちのいいものではないですね。やっぱり上級ドクターに対しては敬意を示さないと、指導を受けてもいいかげんになりそうで怖い」

 その人たちは、医療現場でははっきりした上下関係や高い緊張感、時には大声での指導などがあってこそ、患者に対して“最善の治療”ができると思っているようだった。そして、フレンドリーすぎる関係、リラックスした雰囲気は医療ミスや技術の停滞につながるのではないか、という不安を感じているのだ。

全ての医療現場からハラスメントの廃絶を

 恐らく日本には、まだ「厳しい父親こそがしっかりした教育を行える」という父権主義への信頼がまだ残っているのだろう。とはいえ、「厳格な指導を超えたハラスメントが横行する現場で治療を受けたい」とまで思っている人はいないはずだ。その線引きはどのあたりにあるのか。現在はへき地医療に追われている私であるが、いつか「患者から見た『外科ハラ』などのハラスメント」について文化背景も考慮した調査や研究を行ってみたいと思っている。

 ただ、患者がどういう印象を持っていようとも、現場でのハラスメントが若手を萎縮させ、さらには外科志望の医学生を減少させるのは間違いない。日本消化器外科学会は昨年の総会で「ハラスメント根絶宣言」を発出した。冒頭にはこうある。

 「一般社団法人日本消化器外科学会(以下、本学会)は、あらゆるハラスメント行為の根絶を目指して、全ての関係者の人権と尊厳に配慮した学会運営を推進することを宣言します。 本学会は、本会員のハラスメント行為の防止に努めるために、以下の取り組みを行います」

 そして、「パワーハラスメント、セクシャルハラスメント、妊娠・出産・育児・介護等に関するハラスメント、アカデミックハラスメント、モラルハラスメント、外科業務に関するハラスメントなど、個人の尊厳を損なうあらゆるハラスメント行為に反対します」といった具体的項目が続くのだが、この宣言に至るまでにはおそらく多くの議論があったことだろう。

 ぜひ他の学会も続いてほしいし、個々の病院、クリニックでも「私の、ウチのハラスメント根絶宣言」を作成してみてほしい。その際、できれば若手や医療スタッフともぜひ、「ここにはハラスメントはないだろうか」と忌憚なく話しあってみてほしい。「外科ハラ」という言葉が年末の「今年の流行語」などに選ばれないよう、まずはすべての医療従事者が改めて「ハラスメントはとにかくなくそう」と誓うことが必要だと思われる。 

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