
「踏み絵」や強行突破をチラつかせる高市首相
高市早苗政権は8月の臨時閣議で、2027年4月から2年間に限り、飲食料品の消費税率を今の8%から1%に引き下げる基本方針を決定した。中低所得者の支援や物価高対策として29年度から本格導入する「所得に連動したきめ細やかな給付」制度を始める迄の「つなぎ」と位置付けている。
消費税の減税は史上初。但し、必要とされる年間約5兆円の財源はあやふやなままだ。2年後に税率を元に戻せるかも疑わしい。大半の野党は賛同しておらず、政府は少数与党の参議院での法案審議について硬軟織り交ぜた対応を模索しているが、薄氷を踏む思いの採決となる可能性が出ている。
基本方針を決定した8月5日の臨時閣議後、高市首相は記者団に「税・社会保険料負担や物価高に苦しんでいる中低所得者の負担軽減が現下の最重要課題だ」と述べた。財源については「特例公債(赤字国債)に頼らない」とし、「消費税が貴重な財源である社会保障に影響が出ない様、しっかりと対応していく」と強調した。
首相は「飲食料品の消費税率0%」を「私自身の悲願」と語っていた。昨年10月に取り纏めた日本維新の会との連立政権合意書や今年2月の衆院選公約に消費税減税の検討が盛り込まれたのも首相の強い意向によるものだ。基本方針作成の過程で「税率0%」の実現にはレジの改修に時間を要する事が判明したのを受け、税率は1%で妥協した上で、その1%分の財源を中低所得者向けの仮の給付制度に充て、「実質0%」とする事で最終的に折り合った。
確かに生鮮食品を除く食料の物価上昇率(6月)は前年同月比3・1%と高い状況が続く。不透明な中東情勢の影響で、食料以外の物価高も当面は収まりそうにない。世論も多数が消費税減税に賛成している。
とは言え、今回の減税には余りにも課題が多い。 1つは財源が確定していない点だ。政府は法人税等を軽減している租税特別措置や補助金の見直し、税外収入の活用等を見込み、年末の政府予算編成過程で決定すると説明しているものの、「業界団体の反発を抑えられるのか」(中道改革連合中堅)との疑念も出ている。円安を抑える狙いの為替介入時に、ドルを売って得た円を使う案も浮上しているが、会計ルール上、所要財源を捻出するのは難しそうだ。
財源の裏付けが無いまま減税に踏み込めば円安が一層進み、輸入頼みの原材料やエネルギー価格の上昇に伴う物価高に拍車が掛かる恐れも有る。財源を見つけられない場合、社会保障財源にそっくり減税分に見合う穴が空く事態になる。
税率を下げた分、商品価格が下がるのかどうかもハッキリしない。中低所得者対策なのに減税効果は高所得層の方が恩恵を受けるという矛盾も抱える。2年後の29年4月に税率を戻す際は「国民の感覚からすれば大増税」(自民党厚労族)と受け取られる可能性が高く、同党内には「増税9カ月前(28年7月)に投開票の参院選を乗り越えられるのか」(同)との不安も漂う。
こうした状況から、消費税減税には身内の自民党内にも根強い異論が有った。党税制調査会の幹部会は慎重論が多くを占め、財政再建派の小渕優子元経済産業相が党税調の非公式幹部会合「インナー」を辞任する一幕も有った。
だが、高市首相は「消費税減税はやり抜く」との決意を周囲に示し、自身の後ろ盾ながら財政規律を重視する自民党の麻生太郎副総裁の説得に注力した。最終的に7月28日の麻生氏との会談で「総理が決められたのであれば反対はしない」との言葉を引き出す事に成功した。総理総裁経験者であり、一国の宰相の重みに拘る麻生氏に似つかわしい対応だった。
麻生氏と会談した2日後の30日。首相は党臨時役員会で2月の衆院選公約集を持ち出し、「飲食料品の消費税率を2年間ゼロとする方針は19頁に記している」と告げて、「公約」を盾に居並ぶ党幹部を沈黙させた。又、党所属議員全員が参加出来る「合同会議」では、2月の衆院選で初当選を果たした「高市チルドレン」等が「公約を守るべきだ」「約束を果たさないと有権者の信頼を失う」との声を張り上げ、党税調幹部等の慎重論を掻き消した。
その結果、党の最終方針を決定する8月5日の総務会は宮沢洋一前党税調会長など反減税論者9人が欠席して開かれ、決まりに従って、消費税減税は「全会一致」で了承された。何かと減税方針に横槍を入れてくる財務省に対しては、将来の事務次官候補と目される一松旬主計局次長を同7日付で次官コースの本流ではない東京税関長に転出させ、「見せしめ」効果を狙った。
法案成立を睨み、戦略を描く政府・与党
この様にして首相は自民党については何とか黙らせた。だが、この間に大きな誤算が生じた。「実質消費税率0%案」に野党の賛同を得られなかった事だ。当初、首相は超党派の社会保障国民会議で合意を得、減税法案を万全な形で成立させる思惑だった。野党も中道や国民民主党は消費税減税を衆院選公約に掲げる等、チームみらいを除き各党とも減税自体には前向きだったからだ。それが、「実質0%案」には各党ともそっぽを向いた。参加した野党6党の内、5党は異を唱え、唯一、日本保守党が「仕方なく容認」という結果に終わった。
衆院では圧倒的多数を誇る与党も、参院では120議席と過半数(124議席)に満たない。保守党の2議席を含めても122議席だ。この為、政府・与党は法案成立を睨んで一部野党や無所属議員を取り込む戦略を描いている。国民会議では大筋野党も賛同した「所得に連動したきめ細やかな給付」制度を「踏み絵」にするものだ。
具体的には消費税減税と所得連動給付制度をワンセットの法案として、秋の臨時国会に提出する事を想定している。一括法案で賛否を問えば、所得連動給付制度の成立を優先し、一括法案に賛成する党や議員も出てくるのではないかとの見立てだ。政府・与党は9月中に詳細な制度設計をする意向で、市場へのアピールとしては、景気次第で、減税を延長可能とする「景気条項」を法案に盛り込まない方向で検討している。首相は「2年後に責任を持って税率を元に戻す」と発言しているが、法案に「減税は2年限り」と明示する事で市場の信認をより確実に繋ぎ止める事を意図している。
国民民主党の玉木雄一郎代表は単に反対する事には否定的で、法案修正を働き掛ける方針を示唆している。首相としては、国民の消費税減税への期待を背に同党や無所属議員への働き掛けを強め、何が何でも過半数を確保したい考えだ。只、柔軟路線の一方で、参院で否決された場合には衆院での「3分の2」以上の賛成による再可決という強行突破の構えもチラつかせている。
自民党内で依然燻る慎重論
それでも「3分の2」戦術は与党が一枚岩である事が大前提だ。なのに肝心の自民党内には依然慎重論が燻っている。政策論に加え、再来年7月の参院選を見据えた思いも有る。同党の閣僚経験者は「参院選では野党が『増税か否か』を争点化してくるのは目に見えている。とても戦えない」と漏らし、表情を曇らせる。
首相周辺によると、党税調の最終局面での議論の結果、消費税減税に賛成したのは18人、反対は10人で、それぞれ実名を記したリストが手元に有るという。こうした情報も考慮し、高市首相は秋の臨時国会前の9月にも内閣改造・自民党役員人事に取り組もうとしている。消費税減税法案への賛否を人事に反映させる事を臭わせて反対派を牽制する他、1年後の自民党総裁選での再選も睨み、麻生氏の他、昨年の総裁選で相見えた小泉進次郎防衛相、茂木敏充外相等は続投させる方向だ。
高かった高市内閣の支持率にも陰りが見えてきた。そうした中、政権を維持する上で人事のポイントになるのが消費税減税反対論者の扱いだという。前述の閣僚経験者は「反対派を完全排除すれば党が割れ、『反高市』が一大勢力になり兼ねない。かと言って、多くは起用出来ない。バランスの見極めが極めて大切で、誤れば政局に直結する」と漏らす。



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