子どもを持つための支援策も併せて打ち出す必要が
不妊治療への公的助成の在り方が、菅義偉首相が誕生して少子化対策の新たな論点に浮上している。出生数が落ち込む中、新政権は目玉政策に押し上げたい考えだ。
しかし、不妊治療を利用する人の年齢層が限られる事から、「若い人が結婚し、子どもを持つための支援策も併せて打ち出す必要があるのではないか」と批判的な見方も出る等、既に課題が待ち受けている。
菅首相は9月に行われた総裁選で、「出産を希望する世帯を広く支援するため不妊治療の保険適用を実現する」と述べ、公的保険の適用する範囲を広げる意向を示した。
現行制度では、不妊治療をするための検査や排卵誘発剤等の利用については保険が適用されているが、体外受精や顕微授精等の特定不妊治療は対象外となっている。晩婚化等で出産年齢が上昇し、不妊治療を繰り返し続ける夫婦にとって子どもを授かるまで高額な利用負担が重荷になっていた。
とはいえ、いきなり公的保険の適用拡大を行うのは難しい状況だ。まずは、医療保険ではなく予算事業で実施している厚生労働省の助成制度を拡充し、年末までに中身を詰め、来年4月から拡充させる。その後、2022年4月の診療報酬改定に合わせ、保険適用を拡大させる手順だ。
当初、こうした方針を菅首相が説明しなかったため、世間的には公的保険の適用がすぐに拡大されるのではないかという「誤解」が広がったが、後に菅首相は前述のような方針に発言を「修正」した。
これは菅首相が社会保障制度分野に詳しくない証左でもあり、首相秘書官に抜てきされ、官房長官秘書官を長く務めた厚労省出身の鹿沼均氏の入れ知恵によるものとみられる。日本学術会議でも露呈した政権の説明不足は実はこうしたところから既に始まっていたとみられる。
少子化対策の新たな「タマ」
菅首相が不妊治療を政権の目玉政策の1つに位置付けようとしたのは、少子化対策の新たな「タマ」が欲しかった事が理由に間違いない。
菅首相に近い三原じゅん子・厚労副大臣や和田正宗・参院議員がこうした政策に積極的で彼らの進言も影響しているとみられる。厚労省幹部の一人も「おそらく三原氏や和田氏が暗躍しているのだろう」とみる。
三原氏も和田氏も厚労分野には関心を寄せていたが、いわゆる「族議員」でないため、厚労省とのパイプは薄い。こうした議員が影響を及ぼす事に対して、「何を言ってくるか分からない不気味さがある」(厚労省中堅職員)と省内では早くも戦々恐々気味だ。
不妊治療の助成制度については、拡充策の方向性は見え始めている。助成制度を利用するには、夫婦の所得制限は年730万円となっているが、これを撤廃する方向だ。
公的保険の適用となれば、年収制限は必要なくなるため、「保険との接続を意識している」(厚労省幹部)という。
体外受精は初回30万円だが、その後は1回15万円。初回を40万円や50万円に助成額を上積みするという案もあるが、2回目以降を一定の回数まで30万円にそろえる案が有力とみられる。
一方で、助成制度を利用するには、妻の年齢が43歳未満でないといけないが、この年齢については「一定の医学的根拠のある数字」(厚労省幹部)のため、維持される見込みなのが、事務方が整理している考えだ。
しかし、こうした方針に異を唱えるのが、三原氏だ。年齢について柔軟な検討を促すよう求めている。更に公明党も、対象に含まれていない事実婚を対象に入れるよう要望している。
こうした「異論」を踏まえ、助成制度については予算事業のため予算編成が片付く年末までに一定の結論を得る方針だ。
一番のハードルとなるのは、保険適用の拡大だ。保険適用になると、安全性と有効性が確かめられた標準的な治療が、同一価格で提供される。ただ、不妊治療の主流は「オーダーメイド治療」だ。夫婦の年齢や健康状態を踏まえ、様々な治療方法から個別に内容を決めていく方式のため、「最適な治療を受けられないのではないか」と不安視する声が漏れる。
更に、体外受精の出産率は年齢が高くなれば低くなるため、何度も繰り返して利用する患者が多数に上れば、保険財源を圧迫する可能性もあるのだ。
あるNPOの調査では2018年度時点で、夫婦が支払った治療費の総額は100万円以上が6割近くで、300万円以上は2割を占めた。公的保険制度に馴染まない、という声が根強くあるのはこのためだ。
「一定の層にしかアピールしない」
更に、不妊治療の利用者は30代半ばから40代前半が多いため、「一定の層にしかアピールしない」(自民党関係者)という声もある。「もっと自然分娩を増やすため、若い人への支援こそ手厚くするべきだ」(同)との意見も目立つ。
こうした声に配慮してか、内閣府は新婚生活への補助を現在の30万円から60万円に引き上げる政策を打ち出している。
しかし、これは39歳以下という年齢制限があり、世帯年収も540万円未満でないと支援を受けられない。更に、この事業を自治体が取り入れていないと、この助成が受けられず、「使い勝手の悪い制度」(内閣府関係者)という声もある。
当初、厚労省内では公的保険の拡大については「不妊治療は病気や怪我ではない」として否定的な意見が多かった。診療報酬の中に組み込まれるとなれば、他の診療科目の財源が大きく食われかねないとして、日本医師会も慎重な立場だった。
しかし、菅首相が自民党総裁選で有力候補の岸田文雄・前政調会長らを圧倒的な大差で下してしまったため、霞が関的には「力を持つ首相の言うことなのでやらざるを得ない」という方針に転換した。
これまでの少子化対策として記憶に新しいのは、幼児教育・保育の無償化だが、それ以前にも児童手当の拡充や認定こども園等保育の受け皿拡充等に取り組んできた。
しかし、結婚や妊娠等個人の選択に絡むものだけに、「なかなか成果が出ない分野の1つ」(厚労省幹部)だ。
今回、不妊治療への助成拡大という政策に「スポットライト」を当てた菅政権だが、来年には東京都議選や東京五輪・パラリンピック開催、衆院議員の任期満了に伴う解散総選挙、自民党総裁選等大きな「政治日程」が待ち受けている。新型コロナウイルス感染症の収束も未だ見通せない状況だ。
今ある課題に加え、こうした政治日程の結果にも目玉政策の方向性が大きく左右されるのは間違いない。
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