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未来の会

「細胞・遺伝子薬」の次世代製薬競争で日本は勝てるか

「細胞・遺伝子薬」の次世代製薬競争で日本は勝てるか
強いiPS一本足に死角、厳しい国内薬価も不利か

8月終盤、次世代医薬品の柱、再生細胞治療や遺伝子治療で、日本の今の姿を映し出す明暗2つの発表があった。

 まずは明。8月29日、iPS細胞(人工多能性幹細胞)から作製した角膜細胞で世界初の手術実施を大阪大学が発表した。 

 移植を受けた「角膜上皮幹細胞疲弊症」患者はほぼ失明状態だったが、手術を行ってから1カ月が経過し「視力はかなり回復している」(研究チームを率いる西田幸二教授)。

 iPS細胞を使った再生細胞治療の臨床研究・試験は、理化学研究所が目の難病「加齢黄斑変性症」で、京都大学がパーキンソン病で実施済み。今回の角膜は国内で3つ目だ。

 暗は8月28日。国内遺伝子治療薬で初の承認を3月に得た「コラテジェン」の薬価が約60万円と決まった。遺伝子を注射し動脈硬化で詰まった患者の下肢などの血管を再生する薬で、国内バイオ企業のアンジェスが苦節20年かけて創製した。

 数百万円と目された薬価は予想外の低価格となり、市場の失望は大きかった。薬価が漏れた27日以来、アンジェスの株価は3日連続の爆下げで、価格は4割も下がった。

 「開発費などを考えるとペイしない。これでは日本からイノベーションをという気は起きなくなる」。製薬業界からは懸念の声が漏れる。

 生きた細胞や遺伝子を患者の体内に注入する再生細胞・遺伝子治療薬は、従来の薬で治せない難病の根治に繋がる可能性を秘める。

 製薬次世代の勝敗を左右する柱だけにグローバル競争は激しいが、遺伝子治療薬では欧米勢が圧倒する。

 米バイオジェンの脊髄性筋萎縮症治療薬「スピンラザ」は2016年末に米国で発売、日欧で続いた。米スパーク・セラピューティクスの遺伝性網膜疾患治療薬「ラクスターナ」は17年に米国で承認を取得。スイスのノバルティスの脊髄性筋萎縮症薬「ゾルゲンスマ」も今年5月に米国で発売、今年中に国内承認の可能性もある。

 一方、国内勢は先述したようにアンジェスがやっと国内勢初の承認にこぎ着けたという状況だ。

 開発プロジェクトの質量、大学・学術機関、バイオベンチャー、製薬大手が重層的に担う研究開発体制の厚みなど欧米がはるかに先行する。

 日本企業にはさらに厳しい国の薬価算定のハンディがのし掛かる。

 米国では「ラクスターナ」が両目で約9000万円、「ゾルゲンスマ」が2億円超の値が付く。企業が自由に薬価を付けられる米国と日本との彼我の差に、日本の製薬企業から出てくるのはため息だけだろう。

 この競争で、日本の唯一の光明はiPS細胞を使った再生治療だ。iPSはノーベル生理学・医学賞学者の山中伸弥京大教授が切り開いた日本発の技術。官民挙げての振興策もあり、冒頭の角膜のみならず多くのプロジェクトが後に続く。

 19年度内には加齢黄斑変性症、パーキンソン病で企業主導臨床試験(治験)が開始、薬の承認・発売を目指すステージに上がる見込みだ。

iPSで国内企業治験接近

 その中心が大日本住友製薬だ。元理化学研究所研究員の高橋政代氏も立ち上げに関与した創薬ベンチャーのヘリオスと13年に提携、理化学研究所や京大の臨床研究を支援する。

 今年6月にはヘリオスとの共同開発スキームを変更。治験主体に自ら立つ。日本の再生治療開発がベンチャーから製薬大手主導への移行期にあることを象徴する出来事だ。

 18年3月には大阪に再生細胞専門の製造工場を開設している。

 iPS細胞による再生治療は、人の体細胞を元に幹細胞を作り出し、これを様々な細胞・臓器などに分化させて、人間の体に移植、その細胞の力で欠損した細胞・組織・臓器の再生を促し、疾病の根治を図る。

 肝はいかに生きた幹細胞を狙った細胞に分化・培養できるかで「言うは易く」の典型だ。生きた細胞の品質・管理、製造技術のノウハウが、実は商業生産・実用化段階での再生細胞治療薬の成否のカギを握る。

 自社製造設備を備え、そのノウハウを先行蓄積できれば、大日本住友が競争優位に立つ公算は高まる。

 富士フイルムホールディングスもこの分野に積極的。14年に再生細胞製品パイオニアのジャパン・ティッシュ・エンジニアリングを、15年にはiPS細胞技術を持つ米CDI社を買収し開発ノウハウを獲得した。

 今年7月にはベンチャーキャピタルや独バイエルと手を組み合弁会社を設立。260億円の資金を注ぎiPS細胞を使ったCAR‒T細胞治療薬などの研究開発を進める。

 同じ7月には大日本住友と富士フイルムの両雄が衝突。大日本住友が豪サイナータに買収提案をしたのだ。サイナータは骨髄移植時などの合併症の細胞治療薬を開発する。富士フイルムにとって8%を出資するサイナータは、国内で予定する治験でも手を組む重要提携先。そこに大日本住友が手を出すというのは、それだけこの分野は重要だという証だ。

海外ではES細胞の研究が盛ん

 ただ海外は胚から取り出した幹細胞を元に各機能を担う細胞・臓器等に分化させるES細胞(胚性幹細胞)方式の再生治療の研究開発が盛ん。細胞培養の製造効率化・産業化は、米国立衛生研究所(NIH)などの豊富な資金投入も奏功し、iPS細胞中心の日本より進んでいる。

 ここでの懸念は、ES細胞との競争上、日本の強みであるiPS細胞一本槍が逆に弱みにもなることだ。

 もちろん、日本も手をこまねいてはいない。京大のiPS細胞のストックを公益法人が担う形に切り替え、民のカネも投入しやすくする。iPS細胞の製造コスト低減やゲノム編集技術を活用し免疫型に左右されない他家(人の細胞)iPS細胞の研究推進など弱点を埋める対策・構想が山中教授などから出ている。

 独自路線を走る日本企業もある。アステラス製薬だ。iPS、ESどちらでもよいが、他人の細胞(他家細胞)に徹する。コスト面など商業性で圧倒的に有利だという判断だ。

 16年2月に米オカタ・セラピューティクスを買収し、基盤を獲得。18年2月には米ユニバーサル・セルズを子会社化、他家細胞の弱みの免疫拒絶を抑制する技術を得た。

 米国で治験2相にある眼の疾患を筆頭に自己免疫疾患、白血病など10の開発プロジェクトを擁する。

 米国に専用プラントを建設中で20年初めには完成見込み。世界で最も厳しいと言われる米国食品薬品局(FDA)が要求する製造品質基準の克服にもメドを付けつつある。

 思い起こせば、1990年代に当時の次世代薬として勃発しつつあったバイオ抗体医薬の研究開発で、日本は欧米に遅れをとった。この敗戦が現在の欧米メガファーマ(巨大製薬会社)との決定的な差に繋がったのは周知の事実だ。

 この苦い体験を生かして、再生細胞・遺伝子治療薬では「第二の敗戦」を回避できるのか。巨大な欧米メガファーマを敵に回し、研究開発とM&A戦略の両面で有効な対抗策を打ち出せるのか。日本の製薬企業はいま再び重大な岐路に立たされている。

 

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