
米中対立の狭間で縛られる「責任ある積極財政」
中国の習近平国家主席がこの9月、11年ぶりに国賓として米国を訪問し、トランプ大統領から「異例の厚遇」を受けた事が世界的な注目を集めた。特に中国と関係の冷え込んでいる日本では「トランプ氏が日本の頭越しに習氏とディールするのでは」等の疑念がメディアを賑わせ、トランプ氏が「第2次世界大戦で米中は同盟国だった」と発言した事で「中国の強かな外交に日米が敗北した」との論調まで飛び出した。
蓋を開ければどうだったか。米側が重視したレアアース(希土類)や関税を巡る交渉に大きな進展は無かった一方、中国側も習氏が最重視する台湾問題でトランプ氏から不介入の言質は取れなかった。
日本が怯える「ニクソン・ショック」の幻影
異例の厚遇の見返りにトランプ氏が手にしたのは、11月の米議会中間選挙に向けたアピール材料となる農産物や石炭の対中輸出拡大くらいだ。経済の減速に苦しむ中国側も、最先端半導体の対中輸出規制や対中投資規制の強化を米側から突き付けられる事態を回避出来ただけで御の字だった。取り敢えずは米中対立激化の先送りで双方の思惑が一致した結果の、異例の厚遇演出だったと言えそうだ。
米中首脳会談が行われる度に日本が懸念する「頭越しの米中接近」とは何なのか。1972年のニクソン訪中が大きなトラウマとして日本外交の脳裏に刻まれているのは分かる。当時の日本はアジア太平洋地域に於ける共産圏封じ込めの最前線に立ち、米国の意向に沿って中国(中華人民共和国)を国家承認せず、台湾(中華民国)との外交関係を維持していたところ、ニクソン米大統領が正に日本の頭越しで電撃訪中し、中国との関係改善に踏み出した事で冷戦構造の劇的な転換に日本は乗り遅れた。︎所︎謂、ニクソン・︎ショックである。その再来が有り得るのだろうか。
確かに今再びアジア太平洋は、自由と民主主義を基調とする戦後秩序を主導してきた民主主義国家陣営と、戦後秩序の変更を試みる中国、ロシア等の権威主義国家陣営とがポスト・グローバリズムの覇権を争う新冷戦の主舞台と化し、地政学上、日本はその最前線に立たされている。その状況下、米国のトランプ政権は民主主義陣営のリーダーで在り続けるのか、勝手に中露と握って同盟国を見捨てるのではないか、との疑念が広がる事態を招いたトランプ大統領の不徳は難じるべきだが、米中対立を核とする新冷戦構造の現実を直視すれば、異例の厚遇が意味するものも違って見えてくる。
話題を少し変えて、9月末に訪中した岩屋毅前外相が中国から受けた「厚遇」について考えてみたい。岩屋氏は、親中国の経済交流団体として知られる日本国際貿易促進協会の会長を務め、企業関係者約50人を引き連れて北京を訪問。日中政府間のハイレベルの接触が途絶える中、中国側は王毅外相、何立峰副首相が岩屋氏と会談する等の厚遇を示し、対中強硬派と親中派が混在する日本側に揺さぶりを掛ける分断工作と受け止められた。
現在の日中関係の悪化は、台湾有事を巡る高市首相の「存立危機事態」発言に端を発したものだ。中国が台湾に侵攻して米中が交戦する事態になれば、日本の自衛隊も米軍支援の為に防衛出動するというのが存立危機事態の法的枠組みだが、中国側は「台湾有事になれば即、日本が参戦する」との脅しと受け取った。日本側からすれば、中国に台湾侵攻を思い止まらせる外交駆け引きの一環だが、これに対し中国側がレアアースの輸出規制等で対抗する貿易戦争に持ち込んで、日中関係は冷え込んだ。
経済の減速に苦しむ中国にとって、日中間の貿易・投資の停滞を長引かせるのは得策ではない。だが、高市首相に存立危機事態発言の「撤回」を求めて振り上げた拳は簡単には下ろせない。高市発言に批判的な親中派の岩屋氏を厚遇しつつ、王外相は岩屋氏との会談で、高市発言を巡る日本側への要求レベルを「撤回」から「是正」に引き下げる譲歩を示した。これを関係改善への意欲と受け取る事も出来るが、「反高市」の岩屋氏を利用した分断工作と警戒する高市政権にはその意図は伝わらない。現に政権内では、中国による厚遇の罠に掛かった「媚中」「弱腰」との批判が岩屋氏に浴びせられている。
「親中」「媚中」プロパガンダに惑わされるな
中国の厚遇を受けた岩屋氏が弱腰と批判され、トランプ大統領の厚遇を受けた習主席が強かと評されるのは何故か。そもそもトランプ大統領は、習主席の機嫌を取ろうとアンドルーズ空軍基地で出迎えたのか。歓迎式典の上空を低空飛行したB1戦略爆撃機はグアムから台湾海峡に睨みを利かせる対中抑止の切り札。トランプ大統領は25年8月にアラスカの米軍基地でロシアのプーチン大統領を出迎えた時もB2戦略爆撃機を低空飛行させており、異例の厚遇と見せ掛けて軍事的に威圧するのが、首脳会談の主導権を握る為のトランプ流交渉術の一環として定着した感が有る。
「米中は同盟国だった」発言にしても、第2次大戦時に米国と協力関係にあったのは中華民国(現台湾)であって、中国共産党は中華民国を率いる国民党と内戦を戦っていた。国民党政権を台湾に追い遣って誕生した中華人民共和国はその後、中華民国の結んだ国際条約を継承するが、米国と中華人民共和国が同盟関係になった事は無い。トランプ大統領の発言は、台湾統一の野心を燃やす習主席への嫌味と見る事も出来よう。中華民国と同盟国だった米国に本気で喧嘩を売るつもりか、と。
異例の厚遇によって表向きの米中友好を演出する裏には、相手の敵対行動を抑え込む思惑が有る。のこのこ敵地に出向いて厚遇を受ける側は、その裏に潜む罠に掛からない様、細心の注意を払って臨まなければならず、訪米中、終始硬い表情を崩さなかった習主席に勝利感など有ろう筈も無い。岩屋前外相の訪中の如く敵方に屈したイメージを持たれる事は、権威主義国家のリーダーとして致命的な失策になる。米中対立を悪化させない為のマネジメントに双方が徹した首脳会談だった。
「中国外交の強かさ」を礼賛する親中・媚中派識者からは、台湾問題で米国が中国側にスタンスを移し、高市首相は梯子を外されたとのプロパガンダが吹聴されたが、これは完全に事実に反する。ニクソン訪中は米ソ冷戦下、共産圏の内輪でソ連と中国の対立が顕在化し、ソ連を共通の敵として米中が電撃的に手を結んだ結果だった。現在の国際情勢は、米中2つの超大国が互いを戦略的競争相手と見做して覇権争いを繰り広げる新冷戦の渦中に在る。米ソ冷戦期のソ連の様な共通の敵は存在せず、米国が日本の頭越しに中国に接近する理由が無い。寧ろ日本経済が失速し、対中国の最前線を担う日本が腰砕けになる事態を米国が警戒している状況だ。
だからトランプ政権は、高市首相が来年4月からの消費税減税を発表した7月末、28年ぶりの日米協調為替介入という異例の厚遇を日本に与えたのである。その代わり、米側は政府・日銀に政策金利の利上げを求め、アベノミクス以来13年に及ぶリフレ政策(大規模な金融緩和と積極財政による緩やかなインフレ誘導政策)の転換を迫っている。弱者が強者から厚遇を受ける時、弱みに必ず付け入られる。
高市首相は10月5日に招集された臨時国会の所信表明演説で「責任ある積極財政元年の幕開け」を打ち上げた。しかし、更なる円安・ドル高に繋がり兼ねない金融緩和や赤字国債の発行には米国から縛りが掛けられ、国内投資・賃上げ・消費拡大が連動する「成長の好循環」は見通せない。先ずは飲食料品の消費税を1%に2年間引き下げるのに必要とされる約10兆円の財源を、赤字国債を発行せずに本当に賄えるのか。首相悲願の消費税減税と、看板の「責任ある積極財政」を整合させるのは容易ではない。





































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