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未来の会

第117回 時価総額で中外に再び逆転許した武田の〝命運〟

第117回 時価総額で中外に再び逆転許した武田の〝命運〟

 これは、明らかに製薬業界の異変だろう。2月19日、売上高で業界トップの武田薬品の時価総額が、6位の中外製薬に再び追い抜かれた。3月4日段階で、武田は5兆9334億700万円であるのに対し、中外製薬は6兆3160億5500万円。中外製薬は2018年9月に初めて武田を追い抜いているから、今回は首位奪還となった。

 株価も、武田は同段階で3764円。これは第一三共の6712円と比較してもはるかに見劣りする水準だが、中外製薬は1万1265円で、武田に約3倍の差を付けている。

 昨年1月のアイルランドの製薬大手・シャイアー買収完了で、武田は第三者割当増資による株数増等により時価総額は6兆円まで大幅に増大していたはずだ。実際、18年9月から買収が完了するまでの約3カ月間の大半、時価総額で中外製薬の後塵を拝していた武田が再び首位に返り咲いたのは、このためだった。

株価の下げ幅が大きかった

 にもかかわらず再び逆転されたということは、それだけ中外製薬とは逆に武田の株価の下げ幅が大きかったのが主要因だろう。しかも今回の再逆転劇は、武田にとって数字だけの問題ではない。後述するように買収が完了した後の、武田のこれからの命運がかかっている。

 売上収益で見ると、武田は3兆2860億円(20年3月期予想。以下同)。中外製薬の6862億円(19年12月実績。以下同)の約4・8倍だ。だが、それ以外の数字は見劣りする。

 最終損益は、武田が1620億円の赤字を計上しているのに対し、中外製薬は1575億円の黒字。PBR(株価純資産倍率)では、武田は1・18倍という異様な低さだが、中外製薬は7・51倍と大差を付けている。のれんは、武田が実に4兆1041億円も抱えているのに、中外製薬はゼロだ。売上高で上回るとはいえ、武田が中外製薬に株価で差を付けられる訳だ。

 しかも、武田の3764円という株価は、19年1月当時と大差ない。つまり武田は、日本企業の外国企業買収で過去最高の6・8兆円の大枚をはたきながら、シャイアー買収が完了して約1年経っても、ほとんど株価が下がったまま動きはないという尋常ではない結果となっている。買収が表面化する前の武田の株価は、18年1月に一時6666円の値を付けていたから、実に4割以上も低下した計算だ。これでは、何ともお粗末な「巨額買収」劇としか言いようがない。

 さらに武田は2月4日に、20年3月期の通期予想に関し、昨年10月に発表した営業赤字予想を上方修正して、1100億円の営業赤字が100億円の黒字に転じる見通しとなったと発表した。赤字幅が縮小し、純損失は1620億円となりそうだが、本来であれば好反応するはずの市場は見向きもしなかった。

 なぜか。今回の上方修正は、武田のコスト削減の賜物だからだ。報酬・福利厚生、研究開発等の10分野でコスト削減を進捗管理しているが、その成果という。だが、大幅に利益を出したり、鳴かず飛ばずの新薬が一転して誕生したりといった結果では全くない。

 武田はシャイアーとの統合で20億㌦のコスト削減が期待出来るというが、20年度末の達成目標を当初の70%から80%に引き上げる程度には進んでいるとはいえ、それだけでは好材料になりようがない。結局、今後もコスト削減だけでは株価上昇の材料として弱過ぎて、これから時価総額も中外製薬に更に差を付けられる事があっても、再逆転という可能性は限りなく薄いのではないか。

武田と中外製薬の勢いの決定的違い

 このように相も変わらず株価でパッとしない武田とは全く対照的に、評価がうなぎ上りなのが中外製薬だ。株価を比較すると一目瞭然で、18年3月頃は5000円を少し上回る水準。ところが今や、2倍を超えた。中外製薬の快進撃は目を見はるほどで、この17年間で見ると、19年12月期の売り上げは2・9倍、純利益は5・9倍を記録している。同期決算では、売上高は前期比18%アップ(6862億円)、営業利益は69%(2105億円)ものアップだ。ちなみに両方とも、過去最高を記録している。

 以前は殺虫剤の「バルサン」や栄養ドリンクの「グロンサン」「新グロモント」のイメージが強いどちらかと言えば地味な存在だった中外製薬が、今や製薬業界で一躍最も注目を集める企業になったのは、言うまでもなく同社が開発した商品である血友病治療薬「ヘムライブラ」の大ヒット故だ。

 中外製薬がスイスのメガ・ファーマであるロシュの傘下に入ったのが、02年10月。ロシュは、中外製薬の発行済み株式の59・9%を取得した。ただし、社名・代表者の変更はなく、東証1部上場も経営の独立性も変化はなかった。こうした「戦略的提携」の後、中外胃腸薬等人気があった大衆薬を思い切って売却し、新薬開発に特化。18年5月に、「ヘムライブラ」の販売開始となる。

 昨年の1年間だけで「ヘムライブラ」の売り上げは1500億円超。ブロックバスター(画期的な新薬)の目安である年間売上高1000億円をいとも簡単に超えてしまった。新社長の奥田修・上席執行役員は「今の中外製薬は新しい薬を作っていけるようになってきている」と豪語するが、この種の発言が社長のクリストフ・ウェバー以下の武田役員から聞こえてきたためしはない。耳にするのは「コスト削減効果」の自慢話がせいぜいで、この点が今の武田と中外製薬の勢いの決定的違いだ。

 しかも、武田がシャイアー買収にあたって最も有力な動機であったはずの「血友病に強い」という点が、完全に崩れ去った。

 「ヘムライブラの発売以降、既存の血友病治療薬の競合製品は総崩れになっている。血友病治療薬でそれまでシェア4割程度を握っていたのが、武田が買収したシャイアーだった。その主力薬『アドベイト』の売上高は19年3月期に1891億円あったものの、20年3月期は2割ほど落ち込み、1500億円程度になりそうだ」(『東洋経済オンライン』2月9日付)。

 武田が現在直面しているのは、社運を賭けた巨額の買収戦略の前提が見直しを余儀なくされている事態だ。昨年6月に相談役を退任する前に、外国人社長を初めて招請する等「グローバル路線」を敷いた長谷川閑史は、「最新テクノロジーが様々な産業に破壊的イノベーションを引き起こす中で……いまこそ日本の製薬企業がグローバルのトップに躍り出る気概を持つタイミングになった」等と例の調子で発言しているが、この「気概」を現実にしたのは武田ではなく、中外製薬であるのは疑いない。武田にとって、これ以上の皮肉があるだろうか。(敬称略)

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