
台風の異常発生と、高温多湿に見舞われた2026年の夏が終わった。ホッと一息である。嘗て味わった夏の終わりの気怠くて、何処か物悲しい情緒は全く感じられない。やはり、地球は変調を来しているとしか思えない。夏の情緒はすっかり消えてしまったが、この夏、心に残った言葉が有る。
小国といえども存在感有り
発言の主は世界一の自動車会社であるトヨタ自動車の豊田章男会長だ。抜粋で紹介する。
「日本というのは小国なんですよ。小国だけど存在感有るんです」
「日本がワールドスタンダードを取るとかね、それは無理と思った方がいい」
何れもNHKスペシャル「インサイド•トヨタ」での発言だから、ご記憶の方も多いと思う。東京・永田町でも与野党問わず、反応が濃かった。自民党幹部は「あれ含蓄有ったよな」と幾度か口にしながら、しみじみと語った。「日本の基幹産業である自動車のトップであるトヨタの会長が自国を小国と言ってのけたのに少し驚いたが、現状を再認識する機会になった。トヨタと同様、日本も変わらなければいけない節目に来ているんだなと。大胆不敵に、且つ謙虚に変革を促さないと、この国は立ち行かないとの思いを強くした」。
先の衆院選の大敗から立ち直ろうとの再編構想が徒労に終わった野党陣営からは「あれって、国家主義的な高市政権への皮肉じゃないのか」「豊田さんは石破茂前首相の高校•大学の同級生だったよな。高市さんには批判的な筈だ」等の声も聞かれた。
確かに豊田会長は石破前首相と懇意であり、昨年の米国の突然の関税措置の際には、「トランプ米大統領へ『トヨタにやらせる』と言って頂いて大丈夫です」と米国への積極投資を口にし、石破政権の対米交渉を支えた。但し、一連の行動は関税で大打撃を被るトヨタの経営者としての率直な発言であり、個人的な関係とは別物だろう。友人だから、言い易かった点は有るのだろうが、それとこれとは別である。
豊田会長は高市首相の有力な政策ブレーンの1人との見方も有る。様々なデータがそれを裏打ちしている。先ずは、直接面談である。豊田会長は昨年11月中旬から12月中旬迄の1カ月の間に首相官邸に2度赴き、高市首相と会談している。石破前政権から続く関税交渉での打ち合わせと見られるが、2度の直接面談は異例だ。
自動車関係者によると、高市首相は奈良トヨタを通じて就任前から豊田会長と交流が有ったとされる。官邸スタッフに経産省関係者が多い事も、豊田会長との親交を促したと見られている。
日本経済新聞の分析によれば、高市首相が就任後286日間で直接会った企業経営者は14人のみだ。米国や台湾の先端企業経営者等もこれに含まれるから、豊田会長と高市首相の関係は良好と見た方が自然だろう。
只、この2人の世界認識は少し異なっている。高市首相は日本の地位向上を強く打ち出す国家戦略を掲げ、世界のルール形成に積極的に関与し、技術•安全保障でも主導権を握ろうというスタンスだ。これは豊田会長の「日本がワールドスタンダードを握るのは無理」との考えとは明らかにトーンが異なる。野党陣営の一部が「豊田会長は高市首相に批判的」との印象を持ったのはこうしたトーンの違いを読み取ったからだろう。
かと言って、豊田会長が高市首相の国家戦略に「反対で批判的だ」という指摘は的を射ていない。豊田会長は一言で言えば、現実主義者なのだ。重視しているのは国家戦略云々ではなく、市場での競争力そのものであり、それは「小国だからこそ、どの国にも選ばれる必要が有る」とのフレーズに凝縮されている。マーケットでの信頼を勝ち取る事こそが企業利益、そして国富に繋がるとの考えだ。豊田会長の発言は政治的な「アンチ」ではなく、グローバル競争力重視の経営者という立ち位置の違いに起因していると見るのが妥当だろう。
さて、そのトヨタだが、石破、高市両政権で対米関税交渉の支え役を担い、最大100億ドルの対米投資を約束する一方で、世界最大のEV(電気自動車)市場である中国でEVを本格化させる方針を打ち出して話題になった。
BYD等中国の自動車メーカーの前に販売台数の減少を余儀無くされる中で、攻めに転じた格好だ。︿死中に活﹀の戦略の様だが、内容を吟味すると中々、興味深い。トヨタによると、この方針は「単なる販売強化ではなく、中国で技術を鍛え、その成果をグローバルに還元する。中国市場で生き残る為に、開発•生産•サプライチェーンを現地化する」という構造転換を意味するそうだ。
つまり、「中国をEV技術の主戦場として使う」という事らしい。競争相手の懐に入って、その技術を学び、現地の知的•物的資源を活用して開発•生産体制を整え、世界市場にも打って出る。実際には様々な障害も有るのだろうが、大胆不敵な方針転換である。背景に有るのは、日本主導では中国のEV開発のスピードには勝てないという現状認識だ。「何でもかんでも日本だ」という国粋主義的な発想は微塵も無い。見据えているのは、中国は自動車関連のソフトウェア、自動運転、サプライチェーン等で世界一の進化を遂げているという事実である。ドライで強かと言えよう。
トヨタはEVもハイブリッドも水素自動車もという「マルチパスウェイ戦略」を掲げている。脱炭素の手段を1つに絞らず、複数の技術を同時並行で進めるという意味合いだ。国、地域によってエネルギー事情やインフラ、価格帯が異なる事を踏まえた全方位戦略である。
マルチパスウェイ戦略は政治の世界にも通じる所が多々有る。と言うか、日本の外交方針はそもそもマルチを貴んできた歴史が有る。苦い敗戦経験を出発点とし、平和憲法を踏まえたものだった。殊に腐心して来たのが対米・対中関係である。最近は米国への傾斜が過ぎ、台湾有事を巡る昨年秋の高市首相答弁以降は中国に門戸を閉ざされた。
対中、雪解け目指す議員外交

そんな中、やっと動きが出てきた。超党派議員団が8月末、中国共産党の対外交流部門、中央対外連絡部の陸慷副部長と会談したのだ。副部長と言えば、日本では冴えないポストのイメージだが、陸氏は駐インドネシア大使等を歴任した実務派の外交官であり、紛れも無い幹部である。
会談で陸氏は「高市首相の台湾有事を巡る答弁に対する日本側の認識が変わらない限り、対日政策は変わらない」と明言。釘を刺された格好だが、政府間外交が停滞する中で、議員外交での糸口を掴めたのは事実だ。議員外交は政府間が行き詰まった際の第2の外交の役割を担ってきた。日中友好議員連盟の若手議員等も訪中の予定だ。雪解け気運の醸成が期待されている。
日本の国内総生産(GDP)は世界4位、軍事力を多角的に比較したグローバル•ファイヤーパワー(GFP)では世界7位である。経済力、軍事力はトップ10のランカーだ。ランキングで見れば決して小国ではない。只、現況は、米中がGDPの1•2位、GFPでは2位にロシアを挟むものの、1位と3位を長年独占している。「2強多弱」の時代と言ってもいい。2大パワーのせめぎ合いの中で如何に賢く立ち回るかが国家の命運を左右する。
自民党長老が語る。
「二階俊博元幹事長の様な、対中政策に通じ裏技にも秀でた人が今、自民党にいない。河野太郎前デジタル相や林芳正総務相は表舞台には強いが、もつれた関係を修復する腹芸は不得手だ。只、今動けるのは議員外交と民間交流ぐらいしか無い。野党の協力も取り付けて何とかしないと。焦点は11月のAPEC首脳会談だ。短時間でもいい。中身が伴わなくてもいい。何とかして高市首相と習近平国家主席が会談出来る様持っていかないとな」。



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