専門職の妙なプライドが回復の妨げに
パリの介護施設「自由の庭」を舞台にした映画『急に具合が悪くなる』(濱口竜介監督)は、主演女優の2人が「第79回カンヌ国際映画祭」で最優秀女優賞を受賞するなど高い評価を受けた。筆者の現在の取り組みとも重なる部分が多く、心に残る映画の1つになった。
この映画では、演出家の真理(岡本多緒さん)が手掛けた劇中演劇が重要な意味を持つ。自閉症の孫を連れた役者の吾朗(長塚京三さん)が一人芝居で演じるのはフランコ・バザーリア。イタリアの精神病院改革を進めた人物で、彼の言葉「近づいてみれば、誰もまともな者はいない」は劇中でも語られる。本誌の読者は人生経験が豊富な人ばかりなので自覚されていると思うが、筆者もあなたも間違いなく「まとも」ではない。それなのに、気を抜くと他者に「まとも」を求めてしまうのは何故なのか。
「ユマニチュード」もこの映画の大事なキーワードだ。「人間らしさを取り戻す」という意味のフランス発祥のケア技法で、主に認知症の人を対象とする。ケアの4本柱「見る」「話す」「触れる」「立つ」を組み合わせて相手に接していく。
「自由の庭」の施設長を務めるマリー=ルー(ヴィルジニー・エフィラさん)は、ユマニチュードを施設に浸透させるため、介護士らスタッフ全員を対象とする研修を進めている。だが、少人数毎の研修が行われる度、人手不足の現場はますます多忙になる。施設内で不満が高まり、ベテラン看護師のソフィが強く反発した。看護の国家資格に誇りを持つソフィは制服着用にもこだわり、マリー=ルーと度々衝突する。
悩むマリー=ルーを救ったのは、偶然出会った真理だった。末期がんの真理は「自由の庭」に住み込み、認知症の高齢者にワークショップで関わっていく。そして、閉ざされていた施設に外部の風が吹き込まれていく。
この連載で度々触れてきたが、筆者はメンタル不調の人たちを対象とした演劇スクール「OUTBACKアクターズスクール」を主宰している。8月29日には、那覇文化芸術劇場なはーとで沖縄公演を開催した。会場は満員となり、地元病院のデイケアに通う人たちのカチャーシー(締めくくりの踊り)なども盛り上がった。
活動は6年を超え、スクール生たちは次々と元気になっている。この間、多くの病院を訪ね、交流し、一緒に劇を創ったりもした。ある交流会では、男性患者が急に弾き始めたピアノがあまりにも見事で、病院スタッフまでも驚いたハプニングがあった。この患者は実は元音大生で、ピアニストを目指していた。作業療法室にあるピアノには滅多に触らず、あふれる才能に誰も気付かなかったのだ。
施設を取り囲む内側の壁と、社会に存在する外側の壁。この両方を取り払う必要があると、この映画は語りかけてくる。筆者たちも、あちこちにある不要な壁をぶっ壊すために活動しているのだが、最も厄介なのが、ソフィが抱いているような「国家資格者の誇り」だと感じている。
専門職の知識や技術は正しく評価されるべきだ。しかし、施設の外にも様々な知識と別種の技術があることを忘れてはならない。映画のラストで、ソフィは制服を脱いで現れる。日本の医療職も重過ぎるプライドの鎧を脱ぎ、同じ人間として患者と向き合って欲しい。そうすれば、外部との連携がいかに大切か、気付けるはずだ。




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