SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

逆風の中「わずかなプラス改定」

逆風の中「わずかなプラス改定」
22年度診療報酬改定で中川会長の手腕の無さ露呈か

2022年4月に改定される診療報酬の改定率が、昨年末の予算編成で固まった。医師の技術料や人件費に充てられる「本体部分」は0・43%の引き上げとなったものの、改めて浮き彫りになったのは日本医師会の中川俊男会長の指導力、交渉力の無さだ。中川氏自身の影響力低下に繋がりかねず、夏に控える日本医師会長選挙の行方は不透明な状況と言える。

 今回の結果をおさらいしたい。本体のプラスは0・43%。内訳は来春から公的医療保険の適用範囲が拡大される不妊治療分の0・2%に加え、岸田文雄首相が公約として掲げた看護師の処遇改善分として0・2%の財源が振り分けられる。その一方、新型コロナウイルス感染防止の為、小児外来の特例で加算されていた報酬の期限到来による廃止でマイナス0・1%、一定期間内に繰り返し利用出来る「リフィル処方箋」の導入・活用促進による効率化でマイナス0・1%と財源を捻出する。こうした要素を差し引きすると、実質的な本体プラス分として「医科」「歯科」「調剤」に割り振られるのは、0・23%のプラス分となる。

 前回改定がプラス0・55%で、医師の働き方改革に割り当てられる分の0・08%を抜くと、実質的なプラスは0・47%。改定の度に独自の存在感を放った横倉義武・前日医会長時代の過去4回の平均値は0・42%で、今回はこの「横倉時代」を超えられるかどうかが焦点となっていた。

「最低限」改定にとどまった理由とは

 前回比で見れば大幅に削減された印象を持つが、わずかに「横倉時代」の0・42%は上回った。ただ、政権幹部の1人は「それぞれの立場によって色々な見方が成り立ち得る改定だ」との見方を示す。事実、厚生労働省幹部が「前回の0・47%の半分以下の0・23%で決着したと見るべきではないか」と解説すれば、日医幹部は「非常に厳しいが、最低限の数字と言える」と表現しているからだ。

 こうした改定になった要因はいくつか有る。その1つが改定率を縛る要素となった不妊治療と看護師の処遇改善の固定的とも言えるプラス分だ。菅義偉前首相の肝煎りで決まった不妊治療に0・2%、同じく岸田首相の肝煎りである看護師の3%賃上げ分に0・2%分のプラス要素が食われた。

 自民党厚労族議員からは、「事前にプラスとなる分野が決まり、まるで中医協(中央社会保険医療協議会)の様だ」との声が漏れた。不妊治療分は当初、0・33%分のプラス要因とされたが、薬価に付け替える等して0・2%に圧縮してもなお、合わせて0・4%の使い道があらかじめ決められてしまった形になったのだ。

 更に、主要なプレーヤーが軒並みいなくなった事も影響した。これまで横倉氏は、昵懇の仲だった安倍晋三首相や同じ福岡県出身の麻生太郎財務相(いずれも肩書きは当時)と電話等で直接やり取りして、「適正」な水準に引き上げを図って来た。時には安倍氏が「これでは横倉さんの顔が立たないから」と事務方が持ってきた腹案よりも引き上げを指示した事もあった。今回は、横倉、安倍、麻生という3人が表舞台から姿を消した事が意思決定過程を複雑にした。

中川氏の働き掛けが不十分だったか

 それにしても1番の要因は中川氏の動きが鈍かった事だ。中川氏は切れ味鋭い物言いで、一部の医師会関係者に人気を博した。他方で、永田町や霞が関とのパイプに乏しい中川氏は、首相官邸や財務相、厚労族への目立った働き掛けが出来なかったのだ。中心となって動いた自民党厚労族の1人ですら、「日医の動きが全然見えなかった。日医がどうしたい、という意向が分からなければ動きようが無い」と漏らした程だ。日医幹部も「中川会長から勝手に動くなと厳命され、動きが取れなかった」とぼやいた。

 これには、通常なら日医と共に動く日本歯科医師会、日本薬剤師会の幹部からも戸惑いの声が漏れた。ある幹部は「普段なら『三師会』として首相官邸に要望に行くが、中心となるべき日医からそうした提案は無かった。自民党幹部に会おうにも、幹事長や政調会長にすら会わせてもらえず、要望を伝えたのは幹事長代理だった」と落胆した。

 こうした厳しい対応になったのは、自民党内に中川氏に対する「不満」が有るからだ。昨年春から続くコロナ対応で、自民党内には病床確保など医療提供体制への積極的な関与が無かったと見る向きが強い。診療報酬改定では加藤勝信・自民党社会保障制度調査会長や田村憲久・前厚労相らが財務省相手に奮闘するものの、世論に気を取られ政府批判ばかりする中川氏に対し、「義理立てする必要は無い」(党幹部)との声が大勢になりつつある程だった。

身内である筈の厚労省からも見放され……

 当初は一部の世論から支持を得た中川氏だったが、「中川会長を始めとした日医が何もしていない事がばれた」(大手紙記者)為、世論からも支持を失った。

 更に、医療提供体制充実の為、改定率の引き上げを目指す「身内」とも言える厚労省内ですら、「日医の為に改定率を上げる、というのはしたくなかった。ただ、このまま厳しい改定になれば、コロナ対応に尽力してくれた医師に迄厳しい内容となってしまう。それだけは避けたかった」との声が上がる程で、厚労官僚は改定が進むにつれ苦しい立場に追いやられて行った。こうした「逆風」が改定を難しくしたのも事実で、中川氏は風を完全に読み誤ったと言えるだろう。

 八方塞がりとなった中川氏が最終的に泣きついた先が、20年夏の日医会長選挙で破った横倉氏だった。麻生氏らと中川氏が交渉出来るようお膳立てをお願いしたという。財務省に影響力を残す麻生氏は「横倉時代を超える事は許さない」と自民党厚労族議員には釘を刺す一方、削減有りきで突き進む財務省幹部に「やり過ぎだ」と仲裁する等、打ち方止めを指示したとされる。

厳しい声多く、来夏の日医会長選挙は不透明

最終的に夏の参院選も控えている事から、厳しい改定にする事は避けたい政府・与党内の思惑も重なり、財務省が主張した0・32%と厚労省が要望した0・48%の間を取った様な形の0・43%で落ち着いた格好となった。

 中川氏はこうした結果を受けた12月22日の定例記者会見で、「必ずしも満足するものではないが、厳しい国家財政の中で、プラス改定を率直に評価したい」と強がったが、肝心となる日医不在の改定となった。「日医の一人負けだ」(政府関係者)との声も有る程で、「次の日医会長選挙では、横倉氏がキャスティングボードを握る等、その行方に大きな影響が出るのではないか」(自民党関係者)との見方も根強い。

 実は後日談もある。「本来、改定が終われば自民党幹部らに挨拶回りをするのが通例だが、中川氏はそれすらも忘れており、周囲に促されて初めて議員会館への挨拶回りをしていた。人としてどうかとも思うが、いかに中川氏が政治音痴で人望が無いかを表す象徴的な出来事だった」。自民党関係者が吐き捨てるように明かした。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top