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205回 患者のキモチ医師のココロ
文化としての「看取り」を考える

205回 患者のキモチ医師のココロ文化としての「看取り」を考える

 在宅医療が急速に広がりつつある今、特に訪問診療に携わる医師や、これからクリニックなどで訪問診療を増やしていこうとしている医師に、読んでもらいたい論文がある。

 文化人類学者の浮ヶ谷幸代氏が、雑誌『文化人類学』84巻3号(2019)の特集「日本における『看取り文化』を構想する——死と看取りをめぐるケア、選択、場所性をてがかりに」の冒頭に、「序」として執筆した論文だ。

 この中で浮ヶ谷氏は「看取り文化」という言葉を使いながら、現代日本の死のあり方を問い直している。簡単にまとめながら、内容を紹介していこう。

 論文によると、かつて日本では、自宅で人を看取ることは珍しいことではなかった。しかし1976年を境に病院死が自宅死を上回り、2015年には病院・診療所で亡くなる人が76.6%に達した。一方で、自宅で最期を迎えたいと考える人は半数を超えているという。希望する最期と、実際に迎える最期の間には大きな隔たりが存在するのである。

病院死か自宅死か、それが問題なのか

 浮ヶ谷氏が注目するのは、単に「病院死が多すぎる」ということではない。病院死が当たり前になる中で、看取りそのものが家族や地域住民の手から離れ、医師や看護師などの専門職に委ねられてきたことである。その結果、一般の人々は、人が老い、衰え、死へ向かう過程を目の前で経験する機会を失っていった。

 浮ヶ谷氏は、現代人が死に強い不安を抱く背景には、こうした「死にゆく人と接する経験」の欠如も関係しているのではないかと考える。人を看取り、死者を弔うという行為は、元々人間社会に普遍的に存在した営みであり、死への恐怖に対処する文化的な装置でもあった可能性がある。

 だからといって、浮ヶ谷氏は昔の看取りをそのまま復活させようと主張しているわけではない。伝統的な看取り文化が消えつつあるなら、その「跡地」に何が生まれているのかを見るべきだという。

 浮ヶ谷氏が定義する「看取り文化」とは、「顔の見える関係」が成り立つ地域において、本人、家族、医療や介護の専門職、行政職員、ボランティア、近隣住民などが、生と死のあり方をともに形作っていく実践のあり方である。しかも、その人たちが同じ死生観を共有している必要はない。意見の食い違いや葛藤を抱えながら、それをすり合わせていく過程もまた文化なのである。

 この論文を読みながら、私は現在勤務している北海道むかわ町穂別という地域のことを考えた。

 穂別では診療中に高齢の住民から、「穂別で死にたい」「人生の最後まで穂別にいたい」という言葉を聞くことが少なくない。しかし、それは必ずしも「自宅で死にたい」という意味ではないのだ。

 穂別診療所の病棟に入院した高齢者の中には、状態が悪くなっても「家に帰してほしい」と強く訴えない人も多い。病室の窓から見えるのは、これまで何十年も眺めてきた穂別の山や空や町の風景である。病室にやってくる看護師の中には、単なる医療専門職ではなくこれまで町で顔を合わせてきた近隣住民という人もいる。清掃スタッフも、家族のことや地域の出来事を知っている人たちだ。そうした職員たちと言葉を交わしながら、特別なことをするでもなく、医療機関である穂別診療所で静かに人生の最後の時を迎える。それが“穂別流”と言える。

 穂別地区の特別養護老人ホームでも同じである。そこを「終の住処」として暮らし、最期もそのホームで迎えたいと希望する人は少なくない。

 これを単純に「施設死」や「病院死」と分類してしまえば、自宅死とは別のカテゴリーに入れられる。しかし、その分類だけでは何か大切なことを見落としてしまうのではないか。

 そこで、論文内で紹介されている「自宅ではない在宅」という考え方は、まさにこの問題を考える手がかりになる。施設であっても、そこに本人の生活があり、職員との関係が単なる「介護する人——介護される人」という一方向の関係ではなく、「人と人との関係」になっているならば、そこはその人にとっての「在宅」になりうる。場所とは建物そのものではない。そこには記憶があり、人間関係があり、その人の人生の軌跡が埋め込まれている。

「どこで」よりも「どのように」最期を迎えるか

 そう考えると、「最期をどこで迎えたいですか」という問いの意味も変わってくる。

 私たち医療者は、病院か自宅か、と場所を分類しがちだ。しかし、患者にとって重要なのは建物の種類ではなく、「自分がどこに属していると感じるか」なのかもしれない。穂別の人が「穂別で死にたい」と言う時、それは単なる郵便番号で表すような住所を指しているのではない。見慣れた山、知っている道、昔からの知人、顔なじみの看護師や介護職員、その人たちとの会話までを含めた生活世界を指しているのだろう。

 浮ヶ谷氏が看取りを「場所性」の問題として捉えるのも、そのためである。最期の場所は、単純に病院か自宅かという二者択一ではない。そこに住む人にとって、その場所がどんな記憶と関係を持っているのかを考えなければならないのである。

 もう1つ、医師が考えるべきなのは「自己決定」の問題である。ACP(人生会議)が重視される現在、私たちは「本人はどうしたいのか」を確認しようとする。それ自体はもちろん大切である。しかし浮ヶ谷氏の研究が示すように、死の迎え方は、孤立した個人が自由に決定できるものではない。家族との関係、経済状況、医療制度、介護力、医療スタッフとの関係など、多くの条件の中で決まっていく。 認知症の人ならなおさら、現在の一言だけでは意思を読み取れない。その人がどう生きてきたのか、誰とどんな関係を築いてきたのかという人生の履歴そのものが、意思を理解する手がかりになる。

 では、開業医や在宅診療医は何をすべきか。

 在宅医療とは、病院で行っていた医療を患者の家に持ち込むことではない。また、在宅看取り率を上げることだけが目的でもない。患者が最後まで、自分が属している場所で、その人らしい人間関係の中にいられるよう支えることではないだろうか。

 時にはそれが自宅であり、時には特養であり、時には小さな診療所の病室である。

 医師が死を専門職だけのものとして引き受けるのではなく、家族や介護職、近隣の人々が一緒にその人の死に関わることができるよう支える。そして1つの看取りの経験が、次に誰かを看取る人の経験になる。そうやって死が再び地域の生活の中へ戻っていく。

 浮ヶ谷氏のいう「看取り文化」とは、もしかすると、そういうものなのだと思う。

 「どこで死ぬか」ではなく、「誰と、どのような場所で、どのような関係の中で人生を終えるのか」。

 穂別の人たちが口にする「穂別で死にたい」という言葉は、その問いに対する、1つの静かな答えなのかもしれないとも思う。

 浮ヶ谷氏の論文は、全文をネットでダウンロードできる。「文化人類学の論文なんて」と忌避せずに、ぜひ読んでみてほしい。

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