
今夏の幹部人事で厚生労働省の医系技官トップである迫井正深医務技監が留任した。迫井氏は歴代の医務技監として初めて在任4年目を迎える一方、有力な後継候補と目された大坪寛子氏と森光敬子氏は昇格しなかった。異例の展開を辿った医系人事を読み解く。
医務技監は迫井氏で3代目。初代の鈴木康裕氏と2代目の福島靖正氏の任期はそれぞれ3年だった。医務技監が創設された当初の経緯を知る幹部は「当時の塩崎恭久厚労大臣は3〜5年の任期を想定していたので、迫井氏が4年目の任期に入っても、そこ迄の違和感は無い」と明かす。
有力な後任候補がいながらも4年目の任期に突入した理由は何か。医系の人事に詳しい関係者は、「迫井氏は常々、今のままでは大坪氏と森光氏では医務技監が務まらないのではないか、と考えていた節が有った」と声を潜める。「つまり、大坪氏はそりの合わない部下を潰す癖が有り、森光氏は永田町等、対外的な評価が低い。野心家的な側面も有る迫井氏は以前から、留任を有力な選択肢として考えていたのではないか」と推測する。関係者によれば、迫井氏は2人を退職させる方針を検討したものの、反発に遭い断念した様だ。

その結果、大坪氏は健康・生活衛生局長から国立保健医療科学院長に、医政局長だった森光氏は大坪氏の後任に横滑りした。
因みに、この2人は犬猿の仲としても知られ、或る職員は「大坪氏は辞令を交付された際、相当機嫌が悪かったらしい」と漏らす。余りの仲の悪さに、健康・生活衛生局の業務の引き継ぎもさして行われなかったともいう。
代わって医政局長に就任したのが、佐々木昌弘氏だ。1994年に秋田大医学部を卒業した佐々木氏は57歳で大坪氏等より2学年下に位置する。健康局がん・疾病対策課長や大臣官房厚生科学課長、大臣官房生活衛生・食品安全審議官を経て、危機管理・医務技術総括審議官から現職に。医系技官OBは「医政局長は医系の局長ポストでも筆頭格」とし、次期医務技監の有力候補に浮上したとの見方を示す。
卒業年次や入省年次は異なるものの、学年が同じ真鍋馨氏は、佐々木氏の後任を務める。先述のOBは「職階が上がれば上がるほど、卒業年次ではなく、実際の年齢が重要になる。佐々木氏と真鍋氏では佐々木氏がリードした形になった」と明かす。
28年の診療報酬改定に取り組む保険局医療課長には、02年に山口大医学部を卒業した西嶋康浩氏を充てた。健康・生活衛生局がん・疾病対策課長や医政局医事課長、医政局地域医療計画課長を歴任。或る幹部は「調整力も有り、順当な人事。地域医療構想も纏まったタイミングで診療報酬に反映させるのが狙い。将来の医務技監候補だ」と述べる。西嶋氏の後任には、世界保健機関で事務局長補を務めていた中谷祐貴子氏(99年、旭川医科大卒)が就任する。
来夏に迫井氏は役職定年を迎える為、余程の事が無い限り、これ以上の留任は難しい状況だ。OBは「後任の選択肢としては、佐々木氏、森光氏、大坪氏が残った形にはなったが、有力なのは佐々木氏ではないか」と推測する。


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