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糖尿病との格闘の歴史に終止符を打つ ~幹細胞の概念が生んだ臓器再生という光~ 滋賀医科大学医学部医学科 生命情報開拓講座・再生医療開拓講座 特別教授

糖尿病との格闘の歴史に終止符を打つ ~幹細胞の概念が生んだ臓器再生という光~ 滋賀医科大学医学部医学科 生命情報開拓講座・再生医療開拓講座 特別教授
小島 秀人(こじま・ひでと)1956年香川県生まれ。83年滋賀医科大学医学部卒。87年同大学院医学系研究科生体代謝調節系博士課程修了。89年同医学部第3内科入局。90年同内科学講座助手。99年米国ベイラー医科大学分子細胞生物学講座研究員。2003年滋賀医科大学医学部放射線基礎医学講座助教授、06年同生化学・分子生物学講座。07年同准教授、13年同教授。22年3月退官。22年4月滋賀医科大学生命情報開拓講座・再生医療開拓講座特別教授に就任(現職)。糖尿病と合併症をもたらす異常細胞を「糖尿病幹細胞」と命名。糖尿病を完治させる為の治療法の開発に取り組む。
——糖尿病研究を始めた切っ掛けは何ですか。

小島 糖尿病の研究は学生時代からです。大学3年生の時に受けた講義が面白く、たまたま先生の所へ質問に行った際、先生が研究されていた糖尿病の合併症の研究を手伝う事になったのが始まりでした。糖尿病で腎臓が悪くなった猿の蛋白尿を解析する研究でした。大学院では小児の糖尿病の研究を行いました。1型糖尿病の多くは若年者で発症し、そこから一生インスリンを打たなければならなくなります。40年も前の未だヒトのインスリン製剤があまり普及していなかった頃は動物のインスリンを使っていました。又、インスリンの使い方も未熟で、血糖コントロールが上手く出来ず、合併症が酷く、腎臓が悪くなり、長くは生きられない時代でした。こういう状況を何とか変えられないかと、血糖コントロールを良くする方法を研究していました。当時は今の様にペン型の注射器は無く、小学1年生も自分でバイアルから注射器にインスリンを吸い取って打つ必要がありました。夏休みには糖尿病キャンプの担当医師として参加し、注射器の使い方を教えたり、子供達の悩みを聞いたりしました。

——この数十年で糖尿病治療は大きく改善されました。

小島 いくら血糖コントロールを良くしていても、成長が止まる20歳を過ぎる頃になると急激に合併症が進み始めます。腎臓が悪くなり、目が見えなくなり、手足の痺れ等の神経障害が出て来て、30〜40代には透析が必要になる人も出て来ます。ただ、厳重な血糖コントロールを行う事で合併症の発症が遅くなる事が分かっていました。その厳重なコントロールの為に、今の糖尿病学会は必死になって治療法の開発を進めて来たのです。1日に何回もインスリンを打つ方法や、その働きを助ける薬剤の開発が進みました。その結果、合併症の進行はかなり抑える事が出来る様になりました。しかし、どの治療法も、糖尿病を治す為の治療ではありませんでした。私の中には、常に「糖尿病は何故治らないのか?」という疑問が有りました。

膵臓の代わりに肝臓からインスリンを出す

——それで糖尿病を治す為の研究に進まれた訳ですね。

小島 大学院を卒業して2年間は市中病院で勤め、大学に戻り病棟主任として内分泌疾患の患者さんを診ながら研修医の指導をしていました。しかし、やはり糖尿病を治したいという気持ちが強くなり、大学の助手として本格的な研究を始める事にしました。糖尿病は、インスリンが出ない、もしくはインスリンが出ても効きが悪いという病気です。インスリンは膵臓に在るβ細胞から分泌されますが、膵臓からインスリンが出ないのであれば、代わりに消化管や肝臓の中にインスリンを出すものを作る事が出来ないかと考えました。肝臓や小腸の細胞を特殊な条件で培養すると膵臓の細胞に似た細胞へと分化誘導する事が出来ましたので、これを発展させて、遺伝子をコントロールする事で、本来肝臓になる細胞を膵臓の細胞にするという研究を始めました。その辺りから、他の研究者とは方向性が少し違って来ましたね。

——遺伝子治療の先駆けに当たる研究ですね。

小島 培養実験では簡単に出来ますが、これを体の中で再現する事が難しいのです。この研究をしていた頃、テキサス州のヒューストン市に在るベイラー医科大学のローレンス・チャン先生が当時最先端のウイルスベクターの研究を行っていました。チャン先生が講演の為に来日した時、そのウイルスベクターを私の研究に使わせて頂けないかとお願いしました。先生は私の考えに賛成して下さり、テキサス・メディカルセンターで一緒に研究を行う為、家族を連れて渡米しました。

——肝臓の細胞をどの様に膵臓に変えるのですか?

小島 ヒト多能性幹細胞(iPS細胞)の原理と同じで、幹細胞に遺伝子を送り込む事で、様々な臓器の細胞に変える事が出来、これを分化誘導と言います。当時は未だ「幹細胞」という概念がしっかり定義出来なかった時代でしたが、肝臓の中に在る幹細胞だろうという細胞を狙って遺伝子を送り込み、膵臓に分化する細胞に「変わって下さい」と指令を与える事で、膵臓の細胞を作る事が出来ました。それぞれの臓器の中にはその臓器になる備えをしている前駆細胞が在り、分化の方向を変える事で違う臓器の細胞になるのです。分化誘導をする為の遺伝子を細胞に運ぶ為に、チャン先生が開発されていたウイルスベクターが必要でした。

ウイルスベクターで糖尿病の治療に成功

——ウイルスベクターの研究は上手く行ったのでしょうか?

小島ベクターを作り上げるだけで丸2年掛かりました。ようやく出来てこれからという時に、台風が来てヒューストン市が水浸しになり冷凍庫の中の遺伝子治療ベクターがほぼ全滅しました。唯一、冷蔵庫の中に1つだけ残ったものが有り、それを使って実験を続けました。糖尿病で膵臓が壊れてしまったマウスにこのベクターを送り込むと、肝臓の中にβ細胞が出来てインスリンを出し、糖尿病を治癒させる事に成功しました。決して諦めない事だと思いましたね。しかし、遺伝子を運ぶシステムにウイルスを使っている以上、危険過ぎてヒトには使えないという事で行き詰まりました。そこで、安全に使える人工ベクターの開発を10年位前まで行っていました。しかし、今でも、本当に優れた人工ベクターというのはなかなか出来ません。

——2003年の『Nature Medicine』に論文が掲載されました。

小島 地元紙の『ヒューストン・クロニクル』等で取り上げて頂き、かなり反響が有りましたが、日本では全くでしたね。ただその時、どうしても理解出来ない現象が1つ有りました。治療していないマウスなので、インスリンが出る筈のない肝臓からインスリンが出ていたのです。膵臓ではなく肝臓からですよ。正確には、ホルモンとしての作用を持たず、血糖を低下させる機能を持たない非常に未熟な「プロインスリン」というインスリンの前駆体です。体の中のそれぞれのタンパク質をコードしている遺伝子は、それが不適切に働くのを防ぐ為に、最初に前駆体を作ります。前駆体は必要な時になって初めて運ばれ、活性体となって全身で働くようになります。何故プロインスリンが糖尿病の肝臓から発現するのか。そこからの20年以上は、この不可解な現象との格闘でした。

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