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8月4日付で発令された厚生労働省の幹部人事のポイントは、11年ぶりに旧労働省から事務次官が誕生した点だろう。

 官房長等を歴任した村山誠事務次官(1990年入省)自身の手腕に加え、来年の通常国会に働き方改革関連法案の提出が予想されているのも影響した。厚生系のトップとなるのは村山氏と同期の間隆一郎厚労審議官だが、村山氏の後の事務次官に昇格する事が見込まれている。

 村山氏の前任の伊原和人氏は87年入省。88、89年入省組を飛び越し、90年入省組が事務次官に登り詰めた。88年入省組で有力候補だった渡辺由美子氏はこども家庭庁長官に転出(今夏で退官)し、89年入省組には有力な事務次官候補がいない為、90年入省組が指名された。

 旧労働側は若手の頃から能力を見込まれた村山氏を事務次官候補に育てる為、有力なポストに就かせて経験を積ませてきた。旧労働OBは「本来なら昨年でも良かったが、伊原氏の留任で延びてしまった。この夏で村山氏を事務次官に昇格させなければ」と意気込んでいた。

 間氏も有力な事務次官候補だったが、旧厚生側も10年以上に亘って旧労働系が事務次官を輩出出来ていないという事情に配慮した影響が出た。只、間氏は老健、年金、保険の各局長で法案等を纏めた「功労者」の為、村山氏の退任後に事務次官に昇格させたい考えだ。

 間氏の後任となる保険局長には官房長から異動した宮崎敦文氏(91年入省)が就いた。その後任は宮崎氏の同期・黒田秀郎氏が老健局長から横滑りした。事務次官OBは「以前は黒田氏が宮崎氏をリードしていたが、今や逆転した形となった。只、官房長を経験した旧厚生省出身者は事務次官候補になり得る」と解説する。

 旧厚生系の人事で目に付いたのは、「メリハリ」の利いた点だ。年次を考慮せずに、実力主義で人材を配置した。その象徴となったのが、97年入省の水谷忠由氏だ。加藤勝信元官房長官の秘書官を務めた水谷氏は早くから「将来の事務次官候補」(厚労省OB)との呼び声が高かったが、今回の幹部人事で障害保健福祉部長に就任した。障害福祉行政は不正請求等が横行する等費用が激増しており、適正化が求められている。年末に改定が控えている事から、↖︎伊原氏は「次の人事で優秀な人材を配置する」と内々で指示を出していた。その白羽の矢が立ったのが水谷氏だ。障害保健福祉部長は審議官級だが、国会答弁を求められる等の点で「対外的に審議官よりも格が高い」(人事課長経験者)という。

 石破茂首相秘書官だった熊木正人氏(93年入省)は医療保険担当の大臣官房審議官から老健局長に昇格した。熊木氏は水谷氏よりも近い将来の事務次官候補だ。92年入省組でも局長級に昇進出来ない官僚がいる中で、実力でのし上がった形だ。医療界が注視する医政局長には佐々木昌弘氏(94年入省)が就いた。

 悲願の事務次官ポスト奪取を果たした労働官僚だが、厚労行政の基本方針や総合調整等を担う政策統括官に旧労働省出身の田中佐智子雇用環境・均等局長(91年入省)が就く。手堅い手腕で知られる田中氏は村山氏に続く旧労働系の将来を担う幹部となる。

 一方、医系技官のトップである迫井正深医務技監(92年入省)は留任した。背景事情等は次号で解説したい。

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