2040年を見据えた「新・地域医療構想」の検討始まる
我が国の医療・介護に「2040年問題」の波が容赦無く押し寄せる。特に高齢者の増加に伴う需要増が控える介護業界に於いて、労働者人口の減少によるインパクトは大きい。介護職員の必要数は23年度に233万人、25年度に243万人、高齢化率が35.3%に達すると推計される40年度には280万人と試算されている。人材確保が急務の中、賃金の伸び悩みから昨年初めて介護職の離職率が入職率を超える事態となった。
この状況を重く受け止め、厚生労働省は今年度2.5%、来年度2.0%のベースアップに繋げる為、今年6月の介護報酬改定での加算率の引き上げを決めた。更に、2月以降に前倒しで賃上げを行う事業者に対し、1人当たり月額約6000円の補助金を交付する事とした。しかし、ただでさえ労働者人口が減少する中、40年迄に69万人の増員は国内だけで到底賄える数ではなく、救いを求める目は外国人労働者に向けられている。
国内で働く外国人労働者数は昨年200万人を突破した。産業別に見ると製造業が最も多い約55万人で、サービス業、卸売り・小売業、宿泊業・飲食サービス業と続き、医療・福祉産業は約9万人。コロナ禍で一時落ち込みがあったものの、21年頃から盛り返し、22年から23年にかけては1万5000人増となっている。
外国人労働者の定着に課題・円安の影響も
介護分野の外国人受け入れの仕組みとしては、16年の法改正で在留資格「介護」を創設し、日本の介護福祉士養成施設に通う留学生が国家資格を取得する事で、介護福祉士として永続的な就労を可能にしている。19年には一定の専門性・技能を有する人材を受け入れる制度として「特定技能1号」を設け、技能試験と日本語能力試験に合格した外国人に対し日本の介護施設等での就労を認めている。19年の制度開始以降、介護分野の特定技能による在留者は年々増加し、23年時点で約1万7000人となった。しかし、特定技能1号で認めている在留期間は最大5年間。実務経験を経て滞在中に介護福祉士の国家資格を取得すれば在留資格「介護」への移行が可能となっているものの、実務をこなしながら資格取得を目指す事は容易ではない。
2月10日に特定非営利活動法人地域医療・介護研究会JAPAN(LMC)が開催した第11回LMC研究集会では、介護老人保健施設を運営する医療法人泰山会の幸田伸明氏が介護現場に於ける外国人労働者雇用の実態と課題について講演を行い、「就労へのハードルを下げ、人材確保と定着に繋げる努力が必要」だと指摘した。外国人が日本で就労する際に大きなハードルとなるのが日本語だ。特に介護職ではコミュニケーションや業務記録の為の高い日本語能力が求められる。又、外国人労働者の本格的な雇用が開始されてから未だ日は浅く、施設側で外国人を受け入れる土壌は十分に育っていない。多様性を受容し、働き易い環境を整備する事も課題だ。昨今の円安の影響と送り出し国の経済発展も相俟って、より条件の良い国へと人材が流れつつある事も懸念される。資格取得の促進と共に、日本語学習や生活支援を含めたサポート体制の構築が急がれる。
人手不足・賃金上昇・物価高騰で三重苦の給食業界
病院や介護老人福祉施設向けの食事サービスを提供する給食業界に於いても、労働力不足は深刻な問題だ。元々病院給食は院内調理が原則とされていたが、1986年より民間企業への外部委託が認められ、現在は調理業務の外部委託が直営を上回る。ところが、調理師人口はこの30年間で46%減少している。又、管理栄養士の就職先の中でも給食業界は他の業界と比べて平均給与が低く、比較的処遇の良い直営勤務の人気が高まっている。職員の高齢化も急速に進行し、大阪府で給食事業を営む淀川食品では2017年からの僅か6年間で70歳以上の従業員が2倍の18%に上昇しているという。介護職と同様、外国人労働者に頼らざるを得ない状況だ。
人手不足に加えて、賃金上昇と食材・光熱費の高騰が追い打ちを掛ける。そもそも、この25年間で最低賃金が1.5倍近く上昇したにも拘わらず、入院時食事療養費が25年以上も据え置かれて来た事が問題だ。1日当たりの入院時食事療養費は1997年の消費税率引き上げ時に1900円から1920円に引き上げられたのを最後に見直しが行われていない。介護保険の場合も、98年に1380円、2019年に1392円、21年に1445円と、高齢者への影響を配慮して殆ど変わっていない。
今年度には患者負担分の増額により1日当たり90円の引き上げが予定されているが、150円の値上げが必要という声が有る。日本メディカル給食協会の副会長を務める田村隆氏は「給食は重要な社会インフラ」とし、継続的な価格改定と制度の見直しを訴えている。
地域医療では統合効果が出始めるも地域で温度差
厚生労働省は3月末、25年度以降の新たな地域医療構想の検討を開始した。40年を見据えた医療需要の変化に対応する為、かかりつけ医制度の策定を含めた検討を行って行く。25年に向けた地域医療構想では、所謂高度急性期・急性期・回復期・慢性期の病院機能に基づく病床数の調整等では一定の進捗が見られるものの、複数医療機関の再編については未だ議論すら行われていない地域も多い。政府は都道府県に対して引き続き助言を行い、構想区域に於ける効果的な事例を周知する事で、更なる再編・統合を促進したい考えだ。
LMC研究集会では、そのモデルケースとも言える地方独立行政法人山形県・酒田市病院機構の島貫隆夫理事長が山形県庄内地方の取り組みを紹介した。人口約25万人の庄内地方は人口減少と少子高齢化(21年10月時点の高齢化率:36.7%)が急速に進行し、統合前は医師不足や病院の財政悪化に加え、地域の3次救急医療機能が欠如していた事から、経営の見直しと地域全体の医療最適化が急務であった。こうした背景から近距離に存在していた市立病院と県立病院を統合し、08年に新法人を設立。11年には機能を完全分化し、急性期医療を担う日本海総合病院と、回復期医療を担う日本海酒田リハビリテーション病院として運営を開始した。18年には私立八幡病院を含む6診療所が編入。46床を所有していた八幡病院は無床化し、日本海八幡クリニックとして外来診療に集中させた。統合再編以降、機構全体の経常損益は黒字に転じ、21年度の経常収益は約13億円に到達したという。
医療DXの推進には法人化も有利
北庄内地域では17年の地域医療連携推進法人制度の施行を受け、同機構が中心となり、地域の医療法人、社会福祉法人、医師会、市が参画する日本海ヘルスケアネットを18年に設立した。ネットワークを通じた人事交流を始め、維持透析の集約化、病床機能分化、手術集約、訪問看護ステーションの再編・統合等、様々な共同事業を展開しているが、特に力を入れているのが「地域フォーミュラリ」だ。日常的疾患に処方される医薬品の推奨薬リストを作成し、有効性と安全性の観点から標準的な薬物治療を確立する事で、診療所と病院間の薬剤差異の解消に繋がる他、専門外領域の医師の薬剤選択の一助にもなる。更に、地域の医薬品マネジメントを効率化する事で、経済効果も期待出来る。同法人では18年に2薬効群(品目)から地域フォーミュラリの運用を開始し、24年には13薬効群に広げて展開。地域全体の薬剤費削減効果は年間2億円以上と推定される。この4月には地域医療連携推進法人制度の見直しにより個人立の医療機関等の法人参加が認められ、更なる地域の医療資源の有効活用と医療・介護の連携等が期待される。
同地域ではICTの活用にも力を入れている。地域人口の25%に当たる6万人以上が登録する地域医療方法連携ネットワーク「ちょうかいネット」では、患者が指定した医療・介護施設間での診療情報や医療画像の共有を可能にしている。隣接県や県内の他のネットワークとの広域連携も開始し、将来的には全国医療情報プラットフォームとの連携を目指している。地域医療は「競争」から「協調」「共存」の時代へと舵を切った。
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