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未来の会

医師に一番欠けているのは「社会性」

医師に一番欠けているのは「社会性」

私の出身大学である東京医科大学が、また不名誉なことでメディアに取り上げられた。同窓会の意見交換会で前同窓会長らが「男子医科大学という大学名にしておけばよかった」など、女子差別と受け取られかねない発言を行ったというのだ。

 しかも、それが同窓会新聞にそのまま掲載された。前同窓会長は人柄の良さに定評がある人で、本人としては場を和ませる冗談のつもりでそう言ったのかもしれない。

 しかし、同大は医学部入試における女子受験生差別が最初に発覚した“震源”であることを考えれば、あまりに不用意な発言だといえる。

 なぜこのようなことが起きるのか。「本音は女性医師を差別しているからだ」という意見もあるが、そうではないと思う。

 擁護するわけではないが、東京医大病院では女性医師が活躍し、学長、複数の科での主任教授など要職に就く女性も少なくない。トップが入試で女子受験生に不利な操作をしていたことに、いまだに怒りや疑問を表明している男性医師も大勢いる。

 現場はそのように女性差別をなくそうと取り組んでいるにもかかわらず、同窓会幹部達は「男子医科大学にしておけば」がいまだに軽いジョークとして通用する、と考えてしまったのだ。

 もしかすると、世界的にジェンダーの平等が重要なテーマとなっており、差別に多くの人が厳しい目を注いでいるということに、いまだに気付いていないのかもしれない。ここに欠けているのは、「社会性」である。

 私はたまたま医療現場に身を置きながら、一般向けの本を書いたり新聞でコメントしたりという立場にいる。そこでつくづく感じるのは、医療と社会は密接に結び付いているのに、医師は世の中に無関心であったり、多忙過ぎて関心を持つ時間がなかったり、というギャップである。

医師の発言が混乱を招くことも

 いま世界を騒がせている新型コロナウイルスによる肺炎にしても同じだ。私達医師がすべきことは何か。それは、「効く薬がない」「ワクチンもない」とウイルス疾患では当たり前のことをさも重大事のように喧伝するマスコミや、マスクを入手しようとパニックに陥ったりしている一般の人達に正しい情報を与えて、落ち着かせることではないだろうか。

 それなのに医師の中には、マスコミの誘導に乗っかってしまい、「症状がない旅行者、帰国者にも検査が必要」などとその部分だけ聞いた人達が混乱に陥るような発言をテレビなどでする人がいる。

 私の勤務先にも、「昨日からくしゃみが出るので、新型肺炎かどうか検査してください」「いつもは花粉症をマスクで乗り切るのですが、今年は売り切れで買えないので抗アレルギー薬を処方してください」と駆け込んで来る人があとを絶たない。これは医療資源や財源の無駄遣いでしかなく、まさに本末転倒だ。

 また、家で休んでいれば治る“普通の風邪”の人が次々に外出して受診することで、そのウイルスがばらまかれる危険性も高まる。

 さらに恐ろしいのは、この肺炎が中国から始まったことにより、人種・民族差別的な動きも出てきていることだ。

 「だから中国人旅行者の増加には反対だったんだ」と以前からの差別感情をむき出しにしたり、「中国茶を飲んでしまったけれど大丈夫か」と知識の無さからおかしな質問をしたりする人もいる。

 私達医療従事者、特に医師のさりげない一言から、周りで不安が高まりパニックが起きたり、差別感情に火が着いたりすることもある。こういう時だからこそ、自分の発言が通常以上に社会性を帯びていることを、誰もが自覚すべきだろう。

 イギリスの国営放送BBCは、「恐怖はコロナウイルスより速く広がる」と題して不安を煽る報道を諫めていた。シンガポールでは首相が「健康な人はマスクを着用しなくても大丈夫」と呼び掛け、新聞でも政府がそれを全面広告で告知している。

 日本でも複数の医師やいくつかのメディアが「正しい情報」として現時点での信憑性のある情報を発信し、中国人や東洋人差別につながるデマを否定している。

 しかし、それよりも「新型ウイルスに気を付けろ!」といったセンセーショナルな情報や報道の方がずっと耳目を集めているようだ。政府は「24時間体制でマスクを製造する」と発表したが、それも国民を安心させるより、むしろ「やっぱりマスクをしなければ大変なんだ」と不安を増大させることになってしまったようだ。

メディアや政府を落ち着かせる情報発信を

 WHO(世界保健機関)の緊急事態宣言も、内容を読めば「医療体制の脆弱な国への感染拡大が懸念されるので、支援を」と呼び掛けており、「貿易や人の移動を制限することは勧告しない」としていることが分かる。

 しかし、「過去2週間に中国を訪問した外国人の入国を禁止する」としたアメリカを始め、各国が過剰な警戒に踏み切るきっかけとなった。

 以前のこういった新型感染症の時も、精神科外来には報道を見ていて具合が悪くなったり、不眠や動悸の発作が出てきたりした人達が大勢、受診した。今回もそうなりかけている。

 ウイルスに感染してもいないのにこうやって健康被害を呈している人達を見るにつけ、「もっと専門家が正しい情報を発信し、先走るメディアや政府を落ち着かせてほしい」と忸怩たる思いでいっぱいになる。

 いまの医師に一番欠けているのは、医療の知識やスキルではなく、人間的な深みでも経営者マインドでもなく、社会性である。

 この私の仮説を、読者の皆さんはどう考えるだろうか。ご意見があったら、ぜひお寄せいただきたい。

 そして、この原稿が活字になる頃には、このコロナウイルス・パニックが沈静化していることを願うばかりである。

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