
「稼げる病院」しか生き残れないのか?
「先生、この診療所は大丈夫なの? まさか閉院になったりしないよね?」
患者さんからこんなことを問いかけられ、沈黙してしまった。私が今いる町立診療所と同じ北海道の「胆振」という地域の中心都市・室蘭市にある市立総合病院の閉院が、このほど公表されたからだ。
博物館・美術館にも「数値目標」が
その問題の前に、医療と関係のない話から始めたい。これを読んでいる先生たちは、忙しい仕事の合間に美術館や博物館に行く機会はあるだろうか。
今は東京を離れた私だが、かつては時々上野の国立科学博物館に出かけていた。2019年にそこで草食恐竜「カムイサウルス・ジャポニクス」の実物化石と復元模型に出会ったのがきっかけで、その“ふるさと”である北海道むかわ町穂別の診療所に赴任することになったのである。その時の特別展「恐竜博」は大勢の人でにぎわっていたが、それほど混雑していない時に出かけ、常設展をじっくり見るのもまた良い。エンタメ重視の施設とは異なる質の高い学びがあり、日常臨床への間接的なヒントを得られることもある。
ところが、そんな博物館や美術館の“カタチ”が変わるかもしれない、というニュースが流れた。文化庁が、国立の博物館・美術館に対し、入館料などの自己収入を増やすよう初の数値目標を定めたというのだ。すなわち、企画展などの展示事業費に占める自己収入額の割合が40%を下回り、「社会的に求められる役割を十分果たせていない」と判断した場合は「再編」の対象とするとされている。また、訪日客らの入館料を割高にする「二重価格」の導入も促すなどして、各館の収入増を図るという。
この報道に対して問い合わせや意見が多く寄せられたことから、その後、文化庁はオフィシャルサイトで「質問への回答」を公表した。それによると、特に質問の多かった「再編」については、「『閉館』を想定しているものではありません」とのこと。さらに、展示収入が4割未満であったことのみをもってただちに「再編」の対象となるのではなく、「『社会的に求められている役割を十分に果たせていないと考えられる館』について、各館の役割分担等を見直すことで法人全体の機能強化を図るもの」だとしている。
ただ、いずれにしても「展示事業費に占める自己収入額の割合が40%を下回ることがないように」という明確な数字が示され、場合によっては「再編」もありうることが明文化されたことは確かだ。
この方針について、医療現場の先生たちはどう思うだろうか。「展示の収入が事業費の4割以下であとは国の交付金つまり税金頼み、というのは民間の感覚からあまりに非常識」という声もあると思う。一方で、私のように「国立、公立だからこそ、民間のように経営や利益重視に走らず、良質な展示や資料収集ができるのではなかったか」と今回の数値目標設定に首をかしげる人もいるはずだ。
そして、この「国公立だからといって採算度外視では困る」という波は、医療の世界にも押し寄せた。いや、そちらの波の方がある意味、大きかった。冒頭で記したように、2月26日、室蘭市の青山剛市長は、市立室蘭総合病院を27年度中をめどに閉院するとの方針を表明したのだ。青山市長は市議会で「病院事業会計の経営状況は、数年の間に室蘭市が財政再生団体に転落する危機的な水準であり、住民サービスの提供に深刻な影響を生じることを何としても避けるため」とその理由を説明した。同病院の24年度末の負債は約85億円にのぼり、室蘭市からの25年度の繰り出しは26億6900万円になる見込みだという。
48歳と若手の青山市長は「閉院しかない」と確信しているようだ。自身のSNSアカウントでは、「親しまれている市立病院の再編統合は一抹の寂しさも聞かれますが、人口(患者)減少の中で病院再編は地方都市では必要」と強調。閉院を嘆く声を伝えるメディアに対しては、「『市立が無くなったら病院が遠くなる』という高齢者の映像がありましたが、バス停2つで日鋼病院があります。難しい地域医療問題を単純化して伝えているのでしょうね」と批判的な意見を述べた。
同病院には医師、看護師その他約700人の職員がいる。その身分は町立診療所にいる私と同じ「自治体職員」であるが、民間の解雇にあたる「分限免職」となる見通しだ。閉院までの間、職員たちは転職活動をしながら目の前の患者さんの診療を続けるのだろうか。閉院を待たずして離職する医師らもいると考えられ、さらに入院、通院の患者さんの新たな医療機関への紹介も必要となり、閉院までは大変な道のりを歩むことになりそうだ。
私が穂別診療所に赴任した4年前、長くここで医療を続けている所長は言っていた。「ここは消防や警察と同じインフラの一部です。新しいことをどんどんやって事業拡大するのではなく、まずはいつも同じようにここにあり、住民のみなさんに安心して生活してもらうことが私たちの使命です」
医療機関は「社会的共通資本」なのに
これは経済学者・宇沢弘文が唱えた「社会的共通資本としての医療」という考え方と同じだ。宇沢は、自然環境が維持され、教育や医療などの文化的環境が整ってこそ初めて「豊かな社会」が実現すると自著で主張し、医療は市場原理主義の外にあるべきだと考えた。もちろん、民間の医療機関の場合、利益の追求は自由であろうが、こと公的病院、診療所の場合は少し異なる。それはまさにその地域に人が住み続けるために必要な社会のインフラであり、共通の財産なのだ。
とはいえ、宇沢は「だから無制限に税金を注ぎ込め」とは言っていない。限られた財源や人的リソースをどう配分するかが課題となる。「専門家集団が、医学的知見に基づき、職業倫理に従って判断すべき」というのが宇沢の提言なのだが、室蘭市の例を見ていると、「もうそんなことは言っていられない」という状況まで来ている、ということなのだろうか。
穂別に来る前、大学教員をやっていた頃、「稼げる大学」という言葉が何度も話題になった。実務に直結しない教養科目が姿を消し、就職で有利になりそうな語学や技術を教える科目が増えた。教員は首をひねりながらも、「そういう時代なんだよ」と従うしかなかった。
稼げる病院、稼げる博物館、稼げる大学。そういうところが評価され、それができないところは「価値がない」とされて消えるしかない。それで本当に良いのだろうか。冒頭の「ここは閉院にならないよね?」という患者さんの質問に、私は自信を持って「大丈夫ですよ」と答えることができなかった。むかわ町はもともと2つの町が合併してできた自治体であり、それぞれの町にあった公的医療機関が今も稼働を続けている。人口規模だけから考えれば1つに統合すべきかもしれないが、地理的理由により簡単に集約することは困難なのだ。
「そうね、ここから40km近くも離れたもう1つの病院に行くのは大変ですものね。ここが続けばいいですね」
そう答えながら私は、「生き残るには“稼げる診療所”になるしかないのか。でもどうやって?」と胸が塞がる思いをするしかないのであった。



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