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第168回 患者のキモチ 医師のココロ 「怒り」を適切に表現できていますか

第168回 患者のキモチ 医師のココロ 「怒り」を適切に表現できていますか

 ビジネスや教育の世界で「アンガーマネジメント」が注目されて久しい。これは言葉の通り「怒りの感情の管理術」なのだが、決して「怒らないこと」ではない。「怒り」は人間にとって消すことのできない感情であるし、「適切な怒り」は状況を良い方向に変えるきっかけにもなる。それを無理やり抑えようとしてしまう、あるいは「適切な怒り」であってもそれを不適切なやり方で表現する、というのが問題なのだ。

 まず、怒りを無理やり抑えた場合の弊害から考えてみたい。

 怒りには、いったん生じると対象を選ばなくなる性質がある、といわれる。架空の例で考えてみよう。

 ある朝、通勤の電車で足を踏まれた。痛みから「うっ」と思わず声が出たが、相手から「すみません」のひとこともない。当然、怒りの感情がわいてくるが、それを押し殺したまま出勤し、外来診療を始める。診療の途中、ある患者さんの血液データを見てビックリ。前回、しっかり食事指導をしたにもかかわらず、糖尿病関連の数値が大きく悪化している。そこで、朝から抑え込んでいた感情が爆発してしまう。

 「また食べすぎたんでしょう!あんなに注意したのに!いったいどういうこと?死んでもいいの!?これじゃクスリ出しても意味ないね」

 患者さんは身を縮めて小声で「すみません、がんばって食事減らしたつもりですが」と言い、「なんとかクスリお願いします」と頭を下げた。

 この例からわかるのは、うまく処理されなかった怒りの感情は、「この人になら言える」と判断できる相手を見つけたときに、一気に炸裂することがある。相手にとってはまさに“とばっちり”であり、なんら良い結果がもたらされるはずはない。

 「適切な怒りの不適切な表現」についても、ケースをあげながら考えてみよう。自分のクリニックの看護師が、医療事故一歩手前のインシデントを起こした。「どうしてこんな初歩的なミスをしたのか」と怒りの感情がわいてきた。看護師たちは早速、ミーティングを開いて再発防止策を検討したが、その報告に来たリーダーに怒鳴ってしまった。

 「いったいどうしてこんなミスが起きたわけ?リーダーの指導はどうなってるの?子どもの受験に気を取られてるんじゃないの?たしか親の介護があったときもこういうミスが起きたよね」

 この場合、重大インシデントにひやっとし、「どうして」と怒りがわいてくるのは致し方ないと思う。ただ、看護師たちは冷静に検証し対策まで講じようとしているのに、今回のこととは関係のない過去の問題やプライベートなことまで引き合いに出して怒るのは、まったく不適切であろう。

大切なのは怒りを押し殺すことではない

 こういったケースを見ても明らかなように、重要なのは、どうしようもなく生じた怒りをどのように適切に処理し、より肯定的な着地点を見つけるか、ということだ。アンガーマネジメントの考え方では、まずはその場で発生したばかりの怒りへの“手当て”が必要とされる。怒りは生まれた瞬間がいちばん強烈で、時間とともに減衰していく。その性質を利用して、カチンときたらその瞬間からまず「1、2、3」と3つ数える習慣を身につける。これは「タイムアウト法」と呼ばれるもので、正式には「6秒待つ」とされるが6秒はけっこう長い。「カチンと来たら1、2、3」で初期の生々しい怒りはかなり弱まると思う。

 それから大事なのは、「怒ってなどいない」と自分をごまかさずに、「いまかなり頭に来てるな」と怒りの感情を認識することだ。感情は大脳辺縁系で生じるが、それを認識するのは前頭葉だ。怒りとともに前頭葉を作動させることで、暴発や衝動が抑えられる。また、「この怒りは適切か?」といった判断もできるようになる。そのためにも、前述のように「1、2、3」と数えながら、「けっこう怒ってるな」と自分の感情を認め、客観視するクセをつけるとよい。この客観視のために役立つのは、10を満点とするスケールでそのときの怒りを「この怒りは7」のように評価する方法だ。

 では、「怒りの適切な表現」の方はどうだろうか。この場合大切なのは、「言うべき相手」に対して「ゴールを決めてピンポイントで気持ちを伝えること」だ。その場合、注意しておきたいのは、「今日、伝えるのはこれに関すること」とあらかじめ具体的にゴールを決めておいて、決してゴールポストを動かさないことだ。先のインシンデントの事例でいえば、看護リーダーに「今回の事案はかなり危なかったね。もう起きないようにしっかり対策しなければ」と伝えるのはよいが、「そういえばこの前も」「そもそもあなたの勤務態度は」などと話が広がっていったり、その人の人格やプライベートまでを持ち出して批判、攻撃するのは怒りの処理としては不合格だ。「怒りの表現」は自分の感情の吐露ではなくて、あくまで生産的なコミュニケーションでなくてはならない。

解決できない怒りの消し方

 そして、「電車で足を踏まれる」というケースのように、相手がはっきりしないとか、相手が判明していても「痛かったんです、気をつけてくださいね」と伝えてコミュニケーションが成立するかはわからない場合も実際には少なくないことだ。つまり、一方的に理不尽な目に遭い、やり場のない怒りが残る、という場面も人生には多々ある。また、こちらは冷静に具体的に怒りを伝えても、相手がまったくわかってくれずに怒鳴り返されて終わる、ということも少なくない。

 そういう理不尽、不合理、不条理な場面では、「これは伝えてもムダだ」と線引きをしたり「まあこういうこともあるのか」と割り切ったりする必要も出てくる。残念なことにすべての怒りは解決に着地できるわけではないのだ。そういうときにも、それを八つ当たりのように安全な相手にぶちまけるのではなく、「こういうことがあってね」と言葉にして聴いてもらうのがよいだろう。「ひどいめにあったね」「わかるわかる、私も似たような体験したことあるもの」などと言ってもらえるだけで、怒りの感情はどこかに消えていく。自分の中で「私はとても怒りを感じるが、これはどうやっても解決できないタイプだ」と納得することで、怒りは“成仏”するものなのである。

 怒りは3つ数えてから自分の中で認識する。必要なら怒りを適切に表現する。その場合は話が広がりすぎないように気をつける。別の相手やギャンブル、酒など別の手段でうさ晴らしをしない。でも、どうにもできない理不尽な怒りもあることを知る。

 これらを意識するだけで、かなりアンガーマネジメントをできるようになるはずだ。何度も言うが、とくに日本人の場合、怒りを感じても自分でそれを認めようともせず、そのままいわゆる泣き寝入りしてしまうことがとても多い。そして、社会の問題に怒りを感じてそれを表現しようとしている人に対して、「あの人はわきまえてない。上にたてついている」と批判する動きさえある。言うまでもないが、これは決してアンガーマネジメントとはいえない。「何もかもを許す」という悟りの境地を目指すものではないのだ。 

 上手に怒る。適切に怒る。医療従事者としてとくに気をつけたいことである。

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