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未来の会

陸上イージス「第2の辺野古」化は回避

陸上イージス「第2の辺野古」化は回避

「官邸印」の武器爆買いが「安倍後」に残す禍根

 「イージス・アショアは『辺野古』になりますよ」。防衛省関係者から電話があったのは5月初旬。陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の陸上自衛隊新屋演習場(秋田市)配備を防衛省が断念したと報道された頃だ。

 北朝鮮から日本列島に飛来する弾道ミサイルを、秋田県と山口県に配備したシステムで撃ち落とす計画だ。北朝鮮の非核化は一向に進まない。↘陸上イージスの実戦配備が遅れる事は日本の安全保障を揺るがす重大な問題のはずだ。しかし、防衛省関係者の声に深刻な響きはなく、首相官邸主導の「武器爆買い」が招いた失態を突き放す冷笑すら漂っていた。

 「辺野古」とは、沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場を同県名護市辺野古の沿岸部に移設する計画の事。日米政府間の普天間返還合意(1996年)から四半世紀近く経つのに移設実現のめどは立たない。移設を巡り安倍政権と沖縄県が真っ向から対立している政治状況が注目されがちだが、そもそも埋め立て予定海域に広大な軟弱地盤があり、技術的にも実現可能性が危ぶまれている。

 政府の計画通りに地盤改良工事が進んだとしても、移設完了まで10年以上かかり、1兆円とも言われる公費が湯水の如く使われていく。その間、米海兵隊の航空部隊は普天間飛行場に居座り続け、騒音被害と事件・事故の恐怖にさいなまれる周辺住民は置き去りにされる。

ロッキードありきのレーダー選定

 陸上イージスの「第2の辺野古」化は回避される見通しになった。河野太郎防衛相が6月15日、配備計画を停止すると発表したためだ。迎撃ミサイルのブースター(推進装置)を安全な場所に落下させる技術面↖の不備が見つかったと説明しているが、当初から指摘されていた事であり、額面通りには受け取れない。

 防衛省は新屋断念の報道後も新たな配備候補地を秋田県内で探していた。一転して配備計画自体の事実上の撤回に至った事で安倍政権の終焉を見越した判断との見方が広がった。通常国会の閉会を2日後に控えたタイミングだった事から「国会を閉じてすぐに退陣するつもりか」といぶかる野党幹部もいたほどだ。

 陸上イージスはそれだけ「官邸印」の付いた案件と目されてきた。その要因を以下に列挙する。

 ▽防衛装備の導入には10年単位の長い時間と膨大な経費がかかるため、通常は防衛省・自衛隊内で将来の安全保障環境を見据えた分析・検討作業を積み上げて計画が作成される。だが、陸上イージスについては官邸からの天の声で導入が決定された。

 ▽秋田県の新屋、山口県のむつみ両演習場への配備方針は、既存の陸自施設を活用すれば早期配備が可能との理由で早々に決定。事前の根回し不足が地元自治体の反発を招いた。

 ▽自治体の了解が得られる前に、システムに搭載するレーダーの機種を決定。そこまで急ぎながら、米海軍が次世代ミサイル防衛システムのレーダーに選定済みのレイセオン社製ではなく、未だ試作機も出来ていないロッキード・マーチン社製を採用した不可解な機種選定。

 こうした一連の経緯に対し、押し付けられた防衛省・自衛隊内には不満がくすぶっていた。米海軍との連携を重視する海上自衛隊はもとより、想定外のミサイル防衛任務に人員や予算を割かなければならなくなった陸自も戸惑いを隠さなかった。

 「仮に正当な理由がなく、提案内容が履行されない場合には、取得の取りやめも含めて検討する事が必要であると考えています」

 これは2018年7月に陸上イージスのレーダー機種を選定した省内会議の議事録に残る当時の山崎幸二陸上幕僚長(現統合幕僚長)の発言だ。陸自側から取得を求めた装備品であれば「取りやめも含めて検討」等と言うはずがない。レイセオン製より安くて高性能というロッキード・マーチンの提案内容を疑いつつ、やむなく受け入れた事が窺われる。

 導入に数千億円が見込まれる高価な買い物だ。目の前にある北朝鮮の脅威に対抗するなら、実機の運用が始まっているレイセオン製を選ぶべきだろう。導入時の費用を抑えるために巡航ミサイルに対応する機能を付けないとしたのも解せない判断だった。それでは、例え配備に漕ぎ着けたとしても、技術の高度化が進む北朝鮮のミサイルを迎撃出来ないばかりか、陸上イージス本体への攻撃にも対処出来ない脆弱さを見透かされてしまう。

 日本政府に大量の武器購入を求めるトランプ米大統領の顔を立てるだけなら、このような無理筋の展開にはならなかったのではないか。ロッキード・マーチン製のレーダー導入ありきで既成事実化を急いできたように映る。そこに軍事合理性が認められない以上、何らかの利権の存在を疑わざるを得ない。

 新型コロナウイルスの感染拡大で安倍政権の対応が後手に回り、首相官邸の求心力は低下している。これまで防衛省等にグリップを利かせていた和泉洋人・首相補佐官が部下との不倫疑惑で失脚状態にある事も、陸上イージスの事実上の断念に繋がったと指摘される。

最長政権が歪めた防衛装備体系

 7年半前、政権に返り咲いた安倍晋三首相は日米同盟の強化に努めてきた。特に、集団的自衛権の行使を可能とした安保関連法の制定は史上最長政権が後世に残す大きなレガシー(政治遺産)と言っていい。しかし、官邸が防衛装備の選定にまで口を挟んだ事は、将来の防衛力整備に禍根を残す事になった。

 問題の多い陸上イージス導入の見送りは当然だが、北朝鮮や中国、ロシアの核・ミサイルに対処する防衛態勢をこれからどう構築していくのか。米国との戦略協議が急がれる。

 短距離離陸・垂直着陸が可能な最新鋭ステルス戦闘機F35Bの42機導入も官邸主導の案件だ。「いずも」型護衛艦2隻に搭載して「空母化」する計画だが、これも海自が綿密に検討して要望したものではない。空母の保有は海自の悲願ではあるが、いずも型は対潜水艦戦や洋上哨戒の指揮艦として建造されたヘリコプター搭載護衛艦だ。戦闘機を載せる空母に転用すれば、護衛艦隊全体の運用構想に狂いが生じかねない。官邸の思い付きで決めていい話ではない。

 通常離着陸型のF35Aと合わせたF35の導入計画は147機に膨らんだ。航空自衛隊の保有戦闘機が同一機種に偏る危うさを指摘する専門家も少なくない。米側に支払う購入費は1兆5000億円を下らない。

 トランプ大統領からの武器購入圧力を陸上イージス導入やいずも型護衛艦の空母化という派手な防衛政策に転化させたわけだが、軍事合理性を省みない強引さには危うさが伴う。米国から購入する戦闘機や哨戒機の選定に官邸が介入したロッキード事件を思い浮かべる人もいるだろう。

 安倍首相の在任期間は、中国の経済的・軍事的台頭により、日本を取り巻く安全保障環境が急激に厳しさを増した時期と重なる。憲政史上最長の称号を得ながら、大量の時間とカネを浪費し、防衛装備の体系を歪めて終わるつもりだろうか。

 

 

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