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未来の会

ALS患者の医師が問う重度障がい者の「生きる意味」

ALS患者の医師が問う重度障がい者の「生きる意味」
自らが経験した「4つの壁」と6つの提言を公表

 京都で2019年に起きた筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の嘱託殺人事件には医師が関わり、神奈川県相模原市で16年に起きた障がい者施設殺傷事件では元職員の被告が「(知的障がい者は)生きる意味がない」と述べて、社会に衝撃を与えた。そこで、難病患者や震災被災者への支援等を行っているNPO法人Smile and Hope(千葉県八千代市)はこのほど、重度障がいがあっても生きる意味がある事を世に問うため、「心のケアシンポジウム」を開いた。

 理事長の太田守武氏は、訪問診療医として働いていたが、14年にALSと診断された。一時は死ぬ事しか頭になかったが、周囲の人達に励まされ、同じように苦しむ人達のために活動する事を決意した。以後、無料健康相談や震災被災者支援、講演等の活動を展開。17年からは難病患者の心のケアを行う事を目的としたシンポジウムを開いている。第4回となる今回は「今こそ生きる意味を問う」をテーマにした。

患者になって〝真の医師〟に近づけた

 ALS患者は約1万人で、人工呼吸器の装着率は2〜3割。延命出来るとは言え声を失い、家族に迷惑を掛けると、装着しない患者もいる中、太田氏はパソコンで声を再現出来る「マイボイス」を使って「私は装着して良かった。人生を楽しんでいるから」と話す。

 しかし、生きる希望を持てたからと言って、順風満帆だったわけではなかった。死を考え続けた時期を第1の壁だとすれば、第2の壁は胃ろうを造る時だったと振り返る。症状は足から始まり、ゆっくり進行したため油断があったという。マスク内部の人工呼吸器を使い、「まだ大丈夫」と思っていたところ、呼吸機能が落ち、食事を摂るのも困難になり、体重が約10㌔も落ちてしまった。胃ろうの手術自体は簡単と言われるが、呼吸機能が落ちる中での手術は「とても恐怖だった」という。結果的に手術は成功、胃ろうから栄養を摂れるようになり、体重も元に戻った。

 しかし、呼吸機能が回復するわけではなく、脈拍は1分間に130回以上が当たり前、時には160回を超える事もあり、太田氏は「遂に年貢の納め時が来た」と思った。この時期に第3の壁が立ちはだかった。呼吸苦はとても辛く、喉に穴を開けて人工呼吸器を装着すれば楽になれる。しかし、太田氏は「こんな苦しみを味わうのはたくさんだ」とマイナス思考に陥り、手術を目前にして手術をしないと方針転換。医療関係者らの励ましで思い直し、手術を受けて人工呼吸器を装着、脈拍は1分間に70回程度にまで落ち着いた。

 第4の壁は「とてつもなく大きかった」と太田氏。18年、第2回心のケアシンポジウムの開催や東日本大震災の被災地支援の準備で忙しい日々が続く中、太田氏はSmile and Hopeの仲間達に強く当たるようになった。被災地支援の後に控えていた手術で声を失うのに恐怖心を抱いていた事もあったが、術後も感情のコントロールが利かず、怒りが募ればいつまでも収まらず、感動すれば涙が止まらない状態になった。「情動制止困難」という症状で、太田氏にとって乗り越えなければならない最大の壁だった。更に太田氏の場合、怒りの感情を高ぶらせると、全身に痒みが生じた。痒みが引くまで数時間掛かった。毎日続く事で体力を失い、寝ているか痒みと格闘しているかの日々が続いた。この状況を脱するため、太田氏は“無の境地”を目指し、頭を空っぽにする訓練をした。考える時は家族や仲間との楽しい思い出を頭に浮かべるようにし、怒りを出さないように努めた。

 太田氏は「訪問診療医としてALS患者を何人も診てきて、看取りもしてきたが、自分がALSを発症してみて、何も分かっていなかった事に気付いた。死を望み、生きる希望を持てた事で、真の医師に近づけた」と振り返る。そして、「家族や仲間の支えもあり4つの壁を乗り越える事が出来た。生きる意味は皆さんから教えていただいた。たとえ死を望んでいても人は変われる。ALSや重度障がいがあっても一緒に生きる意味を考えていくので、どうか相談してください」と訴えた。

制度改革と啓発のための提言

 太田氏は講演等でALSの啓発を行う中で、自治体の助成制度が十分活かされていない実情を痛感している。そこで、6つの提言を発表した。

①蓄電池の助成の嘆願/24時間電気無し生活のデータから、人工呼吸器の装着患者には最低でも10万円相当の蓄電池2個か、20万円相当の蓄電池1個が必要な事が分かった。ガス式の発電機で一酸化炭素中毒の死亡事故があったため、蓄電池に統一すべき。最低限の電力確保のために20万円の助成を自治体に嘆願していく。

②災害時避難所の民間委託/災害時に避難所が混乱し、指示系統もバラバラな事がこれまでの課題だった。自治体は指示系統に専念し、避難所を把握した上で救助や配給の手配を行う。避難所は病院や施設、ホテル等を中心に選定し、発電機や蓄電池、衛星電話等を配給する事で民間に委託する。重度障がいや認知症、知的障がい、精神障がい等がある方の避難先は地域で決めておき、避難訓練も定期的に行うべき。

③難病コミュニケーションの統一/難病コミュニケーション手段の不統一が重度障がい者のヘルパーが増えない要因になり、病院ではコミュニケーションの取れる医師や看護師がほとんどいない。また、災害時は文字盤がなくなったりパソコンの電源が確保出来なかったりするので、目と目だけで会話出来るコミュニケーション手段「Wアイクロストーク」を標準として、医療福祉従事者の卵である学生が授業で学べる体制を整えていく。

④ALS患者さんの雇用制度の確立/働いてお金を得る事は生きる希望に繋がる。Wアイクロストークを習得した患者さんが講師となり、ALS患者さんに教え、その患者さんが講師になれる体制を整える。人の役に立てる事が希望の光になる。

⑤ALS of Life Careの確立/End of Life Careの勉強会に参加していると、終末期とALSの診断時は似ていると感じる。告知を受けると、共に死が頭をよぎる。ALSでは治療法もなく、天井を見て過ごすしかない等と言われ、希望を持てない状況に追い込まれる。そのためサポート出来る人が少なく、京都では嘱託殺人事件も起きた。医療福祉従事者でALSの患者さんが在宅でも暮らせる事を知る人は少なく、情動制止困難もほとんど知られていない。患者さんに寄り添い、生きる希望が持てるよう手助け出来る人を増やすためALS of Life Careを確立したい。

⑥かぼすケアグループ5カ年計画/現在活動している訪問介護かぼすケア、かぼすケア訪問看護ステーションに加え、居宅介護支援かぼすケアの復活、かぼすケアクリニックの開業を目指す。自宅でどうしても暮らせないALSの患者さんのために3軒の完全バリアフリーの家を建てる。それぞれ天井走行リフトを付け、風呂やトイレはもちろん、玄関や庭にも移動出来る。24時間365日ヘルパーを配備し、適切な医療福祉を提供、自由に過ごせるのは3人だけだが、それが私の出来る範疇。私費を投じてでも叶えたい夢。

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