SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

患者を「フィルターバブル」から外す術

患者を「フィルターバブル」から外す術

街中でクリニックを開業している医師が、患者さんとの対応で一番苦労していることは何だろう。

 自分自身の例で恐縮だが、私は患者さんの「クスリ不信」に苦慮することが多い。特に初診の患者さんにひと通りの問診を終え、「うつ病だと考えられます」と診断名を告げて説明し、「軽度とは言えないので、抗うつ剤と睡眠導入剤を処方しますね」と言ったところで、「それはちょっと」と拒否される。

 それ自体は今に始まったことではない。「精神のクスリ」に対する不安感、警戒心は私がこの仕事に就いた頃、30年前からずっとあったものだ。

 しかし、そのほとんどは知識が無いことによる誤解だった。例えば、「うつ病のクスリを飲むと、無理やりテンションを上げられて、思考力が奪われるのでしょう?」と言われたら、「うつ病のクスリと覚醒剤のようなドラッグは全く違いますよ」と言って、作用機序を丁寧に説明すれば、大体の人は「そうだったのですか」と服用に納得してくれた。

 「飲むと認知症になる」「中毒になって一生やめられない」といった誤解についても同じだ。

知識に基づく「持論」が招く誤解

 ところが、最近は「クスリ不信」の内容が変わりつつある。単純な誤解、間違いではなくて、患者さんなりにネットや雑誌で様々な知識を得て、それに基づいて“持論”が出来上がっている。それは簡単には訂正するのが難しいほど、理屈付けが行われている場合もある。

 例えば、こんな人がいた。電車に乗ると、閉塞感に耐えられなくなり呼吸が苦しくなる、と受診した。ひと通り話を聴いたところ、その原因になるようなストレスは今の生活にはないようだ。

 ただ、ストレスや葛藤がなくても不安発作が起きることはしばしばあるので、カウンセリングなどであまり掘り下げず、「抗不安剤プラス自律訓練法の指導」でひとまず症状を抑え込んでしまった方がよいと考えられた。

 「電車に乗れば必ず呼吸苦が起きる」という思い込みを、「乗っても大したことはなかった」という経験で上書きするだけで、発作が消失することも少なくないのだ。

 そういった説明をすると、患者さんの顔が曇った。

 「抗不安剤ってベンゾジアゼピン系といわれているものですか。最近、それが麻薬指定されたというニュースを見ました。そんな危険なクスリは飲みたくありません」

 この人は、抗不安剤の一つが法律上の「向精神薬」と指定され、今後は「麻薬および向精神薬取締法」で管理されることになるというニュースを見たのだろう。私は答えた。

 「危険だからそうなったのではなくて、これまで内科などであまりに簡単に大量処方も行われていたのを、私ども精神科医が出す普通のお薬と同じ扱いにすることになったのです。処方日数や管理がやや厳重に決められているだけで、これまでと何も変わりません。麻薬のように危険な薬という意味とは違いますよ」

 しかしその人は、自分がこれまで読んだクスリの危険性についての本などの名前を挙げながら、どうしても薬物療法は受けたくないと言い続けたのだ。「では、漢方薬はどうでしょう」と勧めたが、「漢方も間質性肺炎やアナフィラキシーがありますよね」と一歩も引かない。結局、簡単な呼吸法や自己暗示法などを伝えて初回の診療は終了となった。

 今は、こういう患者さんがネットで「クスリ/危険」といったワードで検索をかけると、おびただしい情報が出てくる。それはブログであったり単行本であったりするのだが、恐ろしいのは、検索を繰り返すと「クスリ」と入れただけで次のワードが「危険」と自然に表示されたり、フェイスブックなどのSNSや別のホームページに表示される広告がその関連本や関連セミナーのものになっていく。

その場合、決して「良い薬物療法」といった本は出てこず、あくまで「こんなに危険」という情報に関連した広告ばかりが表示される。

 インターネット活動家のイーライ・パリサーは、こうやってネットユーザーがその人の観点に合わない情報から遠ざけられ、自分の思い込みにとって都合のよいシャボン玉(バブル)の中に閉じ込められて孤立していく現象を「フィルターバブル」と名付けた。

 パリサーは、一旦バブルの中に入ったユーザーは、自分の考えとは違う意見や情報に接することが出来なくなり、考えや主張がどんどん凝り固まっていく。また、それを修正、訂正する人は「嘘を言っている」「私を陥れようとしている」などと思うようになっていく。

 例えば薬物療法の場合は、こちらが言葉を尽くしてその必要性を説明すると、逆に「そこまで危険がいっぱいのクスリを使いたいとは、この人は悪徳医師なのだ」と思われ、ネットでその情報を拡散されてしまうことにもなりかねない。

患者の警戒心を解いて信頼感を築く

 では、この「フィルターバブル」の時代に、私たち医療関係者はどうすればよいのだろうか。もちろん、忙しい医師の中には「私の治療を拒否するなら、来て頂かなくても結構」と言う人も少なくないだろうが、誤った情報のバブルの中に孤立している患者さんを何とか救いたいと思う人もいるはずだ。

 私の場合は、最初から「あなたは間違っている」と決め付けることはしないで、「随分いろいろ勉強したのですね」と、その姿勢は尊重する。そして、「クスリを使わないとなると、私に出来ることは限られていますが」と伝え、その範囲では最善を尽くすことを伝える。

 そうやって、まずはその人の警戒心を解いて信頼感を築くこと、そこから始めることにしている。「この医者はなかなか分かっているな」と思ってもらい、2、3回通ってもらった後で必要ならば薬物療法を勧めると、意外にすんなり受け入れてくれることがある。

 患者さんの症状を治す前に、その人を「フィルターバブル」から外に出す。21世紀の医師はこんな仕事もしなければならないのだ。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top