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日本人が開発した「第5のがん治療」

日本人が開発した「第5のがん治療」

楽天メディカルの光免疫治療薬、日本で世界初承認

2018年、オプジーボに代表される免疫チェックポイント阻害薬の開発にノーベル賞の光が当たった。従来からある手術療法、化学療法(抗がん剤)、放射線療法に次ぐ、第4のがん治療で、なお期待は大きい。そして20年、更にそれを凌駕するとされる第5のがん治療として、日本人が開発した光免疫治療薬が世界で初めて日本で承認された。

早期承認制度で6カ月の迅速承認

 9月に製造・販売承認された新薬は、楽天メディカル(米国カリフォルニア)の「アキャルックス点滴静注250mg」(一般名セツキシマブ サロタロカンナトリウム)で、切除不能な局所進行、または局所再発の頭頸部がんを適応とする。19年に先駆け審査指定制度の対象品目に指定され、20年3月には、治験の一部工程を省略出来る条件付き早期承認制度に基づき承認申請されており、わずか6カ月での迅速承認となった。同社にとって初の医薬品だ。再発頭頸部がんについては国際共同の比較試験を実施中だが、その結果を待たず、海外と日本における早期臨床試験のデータに基づき承認された。

 この薬はがん特異抗体で、投与後に可視光と赤外線の間の波長(690nm)の近赤外線を照射する、光免疫療法(近赤外線免疫療法)という新たながん治療の先駆けである。薬と組み合わせて用いるレーザー照射装置も9月に承認されており、薬価収載され保険適用となる事が待望されている。

 アキャルックスは、モノクローナル抗体のセツキシマブに、光感受性色素である「IRDye®700DX」を結合させた複合体である。セツキシマブは、特異的に上皮成長因子受容体(EGFR)を標的とする分子標的抗体医薬だ。点滴静注による投与から20〜28時間後に、非熱性の赤外線レーザー光を照射すると、がん細胞の細胞膜上に発現したEGFRと結合したアキャルックスが励起され、がん細胞が破壊される。

 15年から米国で実施された第2a相臨床試験は、他の治療法では効果がなかった末期の頭頸部がんの患者30人を対象とし、がんが消失する完全奏効4人(13.3%)、縮小する部分奏効9人(30.0%)と、計13人(43.3%)で奏効が認められた。

 マウスの実験では、一旦がんが消失すると“ワクチン効果”が発揮され、再増殖も抑えられたという。これは、活性化されたT細胞が分裂する際、がん細胞を攻撃するT細胞だけでなく、抗原を記憶するメモリーT細胞が作られ、再発しようとするがんを監視し、攻撃に向かうためだと見られる。

 国内で実施された第1相臨床試験においては、3人中2人が部分奏功で、奏効率は66.7%だった。副作用として、顔面浮腫、疲労、紅斑、嚥下障害等が確認されているが、従来の化学療法で起こり得るような全身的な副作用は少ないとされる。近赤外光は全身麻酔をした上で照射するため、入院治療が必要になる。

 この第5のがん治療を確立したのは、米国国立衛生研究所(NIH)主任研究員の小林久隆氏である。手術や放射線療法では、がん細胞の取り残しがあったり、周辺の正常な細胞まで傷害したりする事が課題とされる。免疫細胞もダメージを受け、免疫力が低下してしまう。一方、免疫チェックポイント阻害薬等の免疫治療薬は、免疫細胞の活性化によりがん細胞を攻撃する事を狙ったものだが、直接がん細胞を減らせるわけではない。光免疫療法は、がん細胞を直接破壊しながら、免疫活性を上げていくという、全く新たなコンセプトに則ったものだ。

 光免疫療法において抗体が結合するのは、がん抗原が発現している細胞だけで、レーザー光を照射した部分だけを選択的に狙い撃ちするので、正常な細胞への影響は抑えられる。もし、1度でがん細胞が消失しない場合も、約1カ月空ければ再度施術が可能で、患者により実施回数は異なってくる。

 この後、やはりEGFRが関与している、食道がん、大腸がん、子宮頸がん、乳がん等を対象として治験を拡大する事が計画されており、最終的に9割近いがんへの応用が期待されている。頭頸部がんには体外からレーザーを照射出来るが、内視鏡の光ファイバーを介して体深部のがんにも光を到達させられるという。

オバマ前大統領が「偉大な成果」と紹介

 1961年兵庫県に生まれた小林氏は、京都大学医学部卒業後、放射線科医として11年間勤務した後、2001年からNIH傘下の米国立がん研究所(NCI)で研究をスタート。04年にNCI分子イメージングプログラム主任研究員となった頃、光免疫療法のコンセプトに到達したとされる。試行錯誤の末、11年に手法を確立して特許を取得するに至った。

 オバマ前大統領が12年、一般教書演説で「偉大な成果」として紹介した事で、光免疫療法は大きな注目を集めた。14年には、NIH長官賞を受賞している。

 当時、米国のバイオベンチャーであるアスピリアン・セラピューティクスが開発をしていたが、楽天の会長兼社長である三木谷浩史氏が、同社を支援する形で傘下に入れ、楽天メディカルの会長に就いた。2013年頃、三木谷氏の父親は難治がんとされる膵臓がんを患い、新しい治療法を探す中で小林氏と出会い、数億円とされる資産を注ぎ込む決意をした。開発からわずか10年で、実用化の運びとなった。楽天メディカルは、まさにこの治療のために立ち上がった新会社で、既存の製薬会社のようなしがらみがない。自社で扱う既存薬との市場での競合もない事で、迅速承認が後押しされる事になった。

 今回は条件付きの早期承認であり、大規模な臨床試験で安全性や有効性が確立されたというわけではない。治療を担当する医師は、レーザー照射の技術についてトレーニングを積む事が必要になってくる。薬価は1億円を超えるという予測もあり、急速に普及する事にならないだろうが、新たな扉を開いた事は間違いない。

 小林氏は、がん細胞を直接破壊する方法だけでなく、がん細胞の周辺でがん細胞の盾となっている免疫細胞である制御性T細胞を攻撃する方法も確立し、特許を取得している。制御性T細胞に結合する抗体に色素を組み合わせた薬剤を用いるもので、やはり点滴で投与した後に近赤外線を照射する。こちらもマウスの実験で、大腸がん等で1時間以内にがん細胞が縮小し、生存期間が延長された事を確認している。

 奏功率が高いのは、がん細胞を直接攻撃する方法だが、転移がんに対してより有効なのは、制御性T細胞を標的する方法で、将来的に両者の組み合わせで補完し合える可能性がある。

 20年は新型コロナウイルスによる死亡者ばかりが注目されたが、日本では年間40万人、世界中では1000万人ががんにより命を落としている。がん治療の進歩は、待ったなしである。がん治療が前進した年として、歴史に刻まれる事を祈っている。

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