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国際水準の「最低賃金」に及ばない時給引き上げ

国際水準の「最低賃金」に及ばない時給引き上げ

2020年に000円危ぶま

 厚生労働相の諮問機関である中央最低賃金審議会の小委員会は今年7月26日、今年度の最低賃金(時給)の引き上げ幅の目安として、全国加重平均で3%相当の24円とすることを決定した。

 今回の上げ幅は、日額から時給ベースに切り替えた2002年度以降で「過去最大の伸び幅」とされ、最低賃金は時給822円と、初めて800円を超える。

 だが、安倍晋三首相は昨年11月24日に開かれた経済財政諮問会議で、最低賃金を「年3%程度をめどに」引き上げ、「全国加重平均で(時給)1000円を目指す」と表明したはずだ。7月の参議院選挙でも、「1億総活躍社会」のため「最低賃金を時給1000円に引き上げる」ことを公約に掲げていた。

 どうせ与党の選挙公約など当てにはならず、選挙後に大して議論もされなくなったのは、最初から本気で実現しようなどという気がなかったからに違いない。大半の有権者も関心はないだろうが、これも安倍のいつもの虚言癖の類いだ。

 「過去最大」とはいえ、最低賃金が1000円に届くのは2020年が目標だという。このペースでは実現が危ぶまれる。

 もともと先進諸国の中で、日本の最低賃金の水準はかなり低い。すでに国連の社会権規約委員会は13年5月17日、「(日本の)最低賃金の平均水準が、最低生存水準および生活保護水準を下回っている」と指摘しているが、現在まで好転したとは到底言い難い。

 独立行政法人労働政策研究・研修機構が発行する『データブック国際労働比較 2016』によれば、米国の「連邦最低賃金」は7・25㌦(740円)。英国は6・70㍀(886円)、ドイツは8・5ユーロ(964円)、フランスは9・6ユーロ(1089円)であり、格差が極端に激しく単純に比較しにくい米国以外では、いずれも日本より上回っている。

 最低賃金の時給を24円上げたところで、国際的水準には及ぶはずもない。しかも日本の家賃や学費の高さと社会保障制度の貧弱さを考えれば、さらにその低額ぶりは際立つだろう。

非正規雇用者は将来設計が困難
 だが、恩恵が予想されなくもない。全国の勤労者総数は約5000万人だが、最低賃金で働いている勤労者の半数以上が家計補助のための主婦のパートで、世帯年収では500万円以上になっている。最低賃金が引き上げられれば、こうした層には少しはメリットがあるだろう。

 問題は、パートではなく、「家計自立型」の契約社員や派遣社員といった非正規雇用者だ。そこでの時給は平均すると1000円前後で、安倍が「公約」した最低賃金の水準ですでに働いている。しかし、そもそも時給1000円で、どのような生活ができるのか。

 1カ月の平均的なフルタイム労働時間とされる173時間を費やしても、せいぜい月給は17万3000円程度だ。そこから税金や社会保険料を引いたら手元に残るのは15万円以下で、これでは20代、30代の層なら不安定さも加わって将来設計が困難にならざるを得ない。

 その結果、「結婚の諦め→少子化→税収不足→社会保障制度の破綻」という悪循環を招きかねないのは明らかだ。

 しかも恐ろしいことに、総務省が8月30日に発表した労働力調査によれば、この7月の非正規雇用者は前年同月比で何と69万人も増加している。全体では2025人になり、割合では過去最高水準の37・6%を占めるまでになった。

 実際、厚生労働省が同日発表した7月の有効求人倍率(季節調整値)を見ると、正社員の求人倍率はたったの0・88倍で、求職者1人に1人分の求人すらない。

 このままだと、非正規雇用者が半分を超えてしまうのは時間の問題だろう。雇用者の正規と非正規の収入格差は4割以上にも及ぶが、壮大なスケールで勤労者の賃金削減=貧困化策が進行している。

 安倍政権下では実質賃金が13年に0・9%、14年が2・8%、15年は0・9%と下がり続け、3年間の累計では4・6%も減少したが、この背後には非正規社員の増加があるのは言うまでもない。

 こうして見ると、「最低賃金を時給1000円に引き上げ」などという安倍の「公約」が、いかに経済の現状に照らしてピント外れであるかがよく分かる。「時給1000円」程度の勤労者が増えていく先に、どのような未来があるのか。

 今年1月の国会答弁によれば、パート主婦の月収水準が「25万円」だと思っているらしく、この3代目世襲政治家に、そうした想像力が及ぶのを期待しても無理な話だろう。

一方で企業内部留保は300兆円突破
 だがこのままでは、確実に進行する社会の貧困化に歯止めがかかるはずがない。等価可処分所得の中央値の半分の額である「貧困線」に満たない世帯の割合を示す「相対的貧困率」で見ると、12年段階で16・1%に達し、経済協力開発機構(OECD)加盟の34カ国中ワースト4位になってしまった。

 約6人に1人が月平均10万円程度の所得しかない計算となるが、特に母子・父子世帯に限ると、OEDC加盟国ワーストワンの54・6%に跳ね上がる。

 実質賃金が下がり続ければ、消費水準も必然的に下がっていく。これで景気回復など、全くの夢物語だ。もし本気で最低賃金の水準を議論するなら、非正規雇用者を念頭に欧州並みに少しでも「同一労働同一賃金」の原則に近づけるため、大幅な底上げを図る方策を考えるべきだろう。

 日本も批准した1970年の国際労働機関(ILO)条約第131号によれば、「最低賃金の決定基準」は「労働者と家族の必要であって国内の一般的賃金水準、生計費、社会保障給付及び他の社会的集団の相対的生活水準を考慮したもの」でなければならないとする。

 そうなると、時給1000円では明らかに不足感が否めまい。非正規雇用者が置かれた現状も考慮すれば、「1500円までの引き上げ」(日本弁護士連合会貧困問題対策本部所属の猪股正弁護士)も論議されてしかるべきだろう。

 「中小企業への負担が大きい」との声も聞かれそうだが、中小企業の経営が抱える大きな問題は元請けからの単価引き下げ圧力にあり、賃金水準自体ではないはずだ。

 安倍政権の下で企業の内部留保が増大して総計300兆円を突破しながら、法人実効税率が引き下げられ、その一方で年収200万円にも満たないワーキングプアが1100万人を超え、現在も増え続けている。

 最低賃金をめぐる議論は、こうした現状が経済にとって正常なことなのか否か、という認識からまず問われるべきだろう。 (敬称略)

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