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未来の会

第167回 患者のキモチ医師のココロ 匿名のネガティブメッセージに負けない

第167回 患者のキモチ医師のココロ 匿名のネガティブメッセージに負けない

 へき地医療に携わり、早くも1年が経過した。東京の大学での心理学教育と精神科臨床の世界から、いきなり北海道の山奥でのプライマリ・ケアの世界に飛び込んだ私がなんとかやってこれているのは、診療所所長を始めとするスタッフの理解と協力、そして何より患者さんたちのあたたかい眼差しのおかげである。

 これまで「先生、よく来てくれましたね」「なれましたか。こっちの生活、たいへんでしょう」とは何度、言われたかわからないが、「先生、専門が違うんでしょう? だいじょうぶなの?」などと否定的な言葉を投げかけられたことはただの一度もない。私自身も決して無理をしたり見栄を張ったりはせずに、診断や治療に迷うときは「ちょっと本でガイドラインを見てみますね」と患者さんの前でも教科書を開いたり、「この薬でよいか、所長にも相談してくるね」と席を立ったりしている。そういうときも当地の患者さんたちは「いいよいいよ、今日は急がないからさ」と笑顔。本当にありがたい。

 なにごとにつけさっぱりした気性の人が多い。ときには「やっぱり所長先生に診てもらおうかな」と言う患者さんもいるが、そういう場合も「私じゃダメなんだな」と過度に落ち込むことはない。「そうですね、このあいだ検査したみたいだし、しっかり所長にチェックしてもらいましょう」と言ったあとで、「私も勉強しておくから、そのうち診察させてね」「そうだね、そのうち頼むわ」とやり取りして笑い合うこともしばしばだ。

 しかし、そんな私も宿舎に戻り、SNSを開くと気分がどんよりすることがある。匿名の人たちから、「ずっと精神科しかやってないのに地域で働けるの?」「総合診療を勉強したと言っても片手間だよね」「もしお腹が痛くなって受診したときに精神科医が出てきたら、と思うと恐ろしいです」「医者を選べないその町の人たちがかわいそう」といったメッセージが毎日のように来るのだ。とくに雑誌や新聞に「東京からへき地へという選択をした医師」といった取材記事が載ったあとは、否定的なメッセージの量も増える。「こんな医者じゃ住民が不安になると診療所にお知らせしますね」「あなたが偏った思想の持ち主であることを役場に電話しておきました」など、職場や自治体への連絡をほのめかすものもある。SNSなどで当然、誰もがそのネガティブ評価も目にすることになる。

気にしないと思いつつ疑心暗鬼に?

 親しい人たちはそれを見て、「そんなの誰も信じないから気にすることないよ」と言ってくれるが、はたしてそうだろうか。私自身、利用する側になったときはネットの「口コミ情報」を参考にすることが多い。飲食店やホテルを選ぶときには、つい利用者がつけた星の数や感想の書き込みを見てしまう。「料理がおいしいし、サービスも丁寧です」などと書かれていれば「行ってみようかな」という気になるし、「店員は不愛想、スープはぬるくて化学調味料の味がしました」などとあれば避けたくなる。もちろん、その中には“やらせ”で店主の友人などが書き込んだ高い評価や悪意のある人がわざとつけた低評価のコメントもあるだろうが、それでもなぜか「実際に利用した人が書いたものだから」と「口コミ情報」を信頼して自分の選択の参考にしてしまうのだ。

 そう考えると、SNSに「あなたのような医者がいる診療所には行きたくありません」と書かれるメッセージも、100、200と積もり積もれば、「ああ、この医者は相当ひどいんだな」という共通の価値観が形成されていくことになりかねない。もし、診療所のスタッフや患者さんたちがそれを目にした場合、はじめは「いや、目の前の先生はそれほどヒドくない」とは思っても、次第に否定的な色メガネで私を見るようになり、「やっぱりネットの口コミはウソじゃなかった」と思うかもしれない。いや、何より私自身、こうやって疑心暗鬼になっていること自体、ネットのネガティブ情報の影響がすでに表れているということである。

 もしかすると、これを読んでいるドクターたちの中にも、この「ネットでの低評価」に苦しめられている人がいるのではないか。いまはこういった低評価を消し、検索したときに高評価が表示されるための工夫をこらしてくれる業者もあるようだ。しかし、何らかの意図で低評価の情報を拡散したいと思っている側も同じように工夫をするので、結局は“いたちごっこ”となる場合が多い。利用は自由だが、その効果には限界があると考えた方がよい。

大切なのは「現実」。口コミを共有してみるのも

 私が考える「ネットでの低評価」への対策はシンプルだ。まずは、当然のことながらネットより目の前のリアルが重要、という原則を忘れない。患者さんが診察室で「先生、困りますよ」などとクレームを言ったらそれにはきちんと耳を傾けるべきだが、ネットでの低評価はその100分の1の価値もない。それよりも気をつけるべきは、私がすでになりかけたように、「こんなことが続いたらリアルにも大きな影響があるのでは」と不安をつのらせ、「誰がやったんだろう」と犯人捜しをするなど疑心暗鬼にならないようにすることだ。

 また同時に、毎日、低評価を目にしているうちに、知らないあいだに自己肯定感が低下するのにも気をつけたい。最初は「ひどいな。誰がこんないいかげんな評価を書くのだろう」と怒りを感じても、次第に「いや、やっぱり自分にもこれだけのことを書かれる原因があるのでは」と反省モードに入り、「これがいちばん代表的な意見なのだろう」と受け入れてしまうようになる。そうなると診療や私生活にも自信を持って臨むことができなくなり、結果的に本当の失敗をしてしまうようになり、ますます自信がなくなり……という負のループに入り込んでしまう。

 高齢の人たちは「ネットなんて見なきゃいいんだ」「あんなの落書きと思えばいい」と言うが、ネット情報がこれだけ私たちの生活に入り込む中では、「無視すれば問題ない」とはいかない。「見ないように」と思ってもついのぞいてしまい、「読まないように」と思ってもつい熟読してしまう。そこまではもはや止められない。重要なのはそのあと、先述したように「リアルよりネットの書き込みが大切だ」と思ってしまったり、「みんなこう思っているんだろう」と錯覚してしまったりしないことだ。

 ネットの口コミを家族や病院スタッフなどといっしょに見る、というのも意外に効果的だ。「ねえ、見てよ。またこんなこと書かれちゃった」「どれどれ? ひどい、全部デタラメじゃない。実際に受診に来る人たちはこんなのウソだってすぐわかるから、なんの問題もないよ」と目の前でそれを見て否定してくれる人がいると、それだけでも肩の荷はずいぶん降りるはずだ。

 私自身、夜にSNSを見てしまい、気落ちしても、翌日、出勤していつものナースたちの笑顔に接すれば、「これぞ現実」と気持ちが入れ替わる。ネットは気になる。でも軸足があるのはリアル。この原則でこれからもしっかり地域医療に取り組みたい。

 その一方で、ネットの過剰なネガティブ評価の投稿への対策についても、プラットフォーム管理者には強く望みたい。こういう状況が続けば、「いくらやっても結局、悪く言われるだけだ」と思い、医療現場から退場するドクターなども出かねないからである。

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