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ガンマナイフの名医から「良医」への道 ~技術を携え、患者さんの人生の伴走者に~

ガンマナイフの名医から「良医」への道 ~技術を携え、患者さんの人生の伴走者に~
林 基弘(はやし・もとひろ)1965年東京都生まれ。84年暁星高校卒業。91年群馬大学医学部卒業、東京女子医科大学脳神経外科入局。94年同ガンマナイフユニットに従事。99年仏マルセイユ・ティモンヌ大学留学。2002年東京女子医科大学ガンマナイフ室治療責任者。07年同大脳神経外科講師。14年群馬大学放射線腫瘍科・重粒子線医学センター非常勤講師。18年防衛医科大学脳神経外科非常勤講師。19年東京女子医科大学脳神経外科准教授。21年宇都宮脳脊髄センター・シンフォニー病院定位放射線外科(ZAP-Xセンター)治療顧問。22年東京女子医科大学脳神経外科学分野教授・定位放射線治療部門長(現職)。IMCメディカルグループ相談役。著書に『脳腫瘍、脳動静脈奇形から三叉神経痛まで 頭を切らずに治すガンマナイフ最新治療』(講談社)がある。

1990年代に日本にもたらされた定位放射線治療のガンマナイフは、30年以上の歴史の中で機器の進化を遂げ、転移性脳腫瘍を始め、脳動静脈奇形、頭蓋底腫瘍、三叉神経痛、グリオーマ等の低侵襲治療として適応疾患を広げている。国際医療交流との親和性も高く、更なるニーズ拡大が予期される。いち早く三叉神経痛に対するガンマナイフの技術をフランスで習得し、名手と謳われる東京女子医科大学(女子医大)の林基弘教授に話を伺った。


——脳神経外科を選ばれた理由を教えて下さい。

 指を動かしたりものを考えたり出来る脳はとても神秘的で、以前から興味が有りました。同時にスポーツ医学にも興味が有り、整形外科と迷いましたが、最終的に選択しました。入局当初、脳神経外科の病棟には植物状態の方が多く、患者さん本人と話が出来ない辛さは有りましたが、ご家族と話をする機会や回復される患者さんを目の当たりにする中で、命に直結している仕事にやり甲斐を感じました。

——ガンマナイフのエキスパートになる迄の経緯をお聞かせ下さい。

 故・高倉公朋教授が日本で10番目のガンマナイフを女子医大に導入し、やってみないかと勧められたのが切っ掛けです。医師になって2年目に、小学校の時の親友が脳動静脈奇形(AVM)で命を落としました。AVMの手術は多量の出血を来す事が多く、難易度が高く長時間に及ぶ事で有名です。一方、ガンマナイフは出血する事無く脳深部の塊を直接狙い撃つ事が出来ます。これが有ったら友人を亡くさずに済んだのではないか? と想い、ガンマナイフの道に邁進する事になりました。しかし、5〜6年で1000例ほど経験した時に、手術に戻りたいと思う様になりました。堀智勝教授に代わった時、頭蓋底腫瘍外科に進みたいと申し出ると、先生は「脳腫瘍だけでなく、てんかんや三叉神経痛等の機能性疾患にガンマナイフを使ってみてはどうか。女子医大の脳外科の為にも技術を学んで来て欲しい」と仰いました。医師になって9年目、フランスのマルセイユ・ティモンヌ大学に臨床留学する事になりましたが、1週間目から目から鱗が落ちる経験ばかりでした。特に三叉神経痛を切らずに治せる事に一番の魅力を感じ、フランス研修医卒年時の学位論文も「三叉神経痛に対するガンマナイフ」をテーマに書き上げました。それが認められ、フランスの脳神経外科専門医師資格を取得する事が出来ました。2001年に帰国し、23年1月に三叉神経痛に対するガンマナイフ治療に関する真の長期成績(10年以上且つ100症例以上)をWORLD NEUROSURGERY誌に報告する事が出来、20数年越しの思いがようやく1つ達せられました。

——ガンマナイフによって、患者さんはどの様なメリットを享受出来るのでしょうか。

 0.1mm単位の顕微鏡下手術と同じ精度で「切らずに治せる」事が最大の特長です。良性であれば98%以上が治療は1回のみ。がん脳転移や三叉神経痛も9割以上は1回で治療出来ます。手術は原則日帰りです。私が考える低侵襲治療とは、言わば「時間の処方箋」です。治療直前まで出来ていた事を治療後もほぼ同じレベル、且つ短い時間で行える治療こそが低侵襲治療で、ガンマナイフとは正にそういう治療法です。

——サイバーナイフとの違いは?

 ガンマナイフは脳外科手術から発し、サイバーナイフは放射線治療がルーツです。ガンマナイフはガンマ線、サイバーナイフはX線を使用する事が根本的な違いですが、放射線治療が高精度化し寡分割で行える様になった結果、両者が歩み寄る様な立ち位置になりました。又、サイバーナイフはロボットアームに取り付けられたライナック(直線加速器)で照射する為、精度は1〜2mm、一方でガンマナイフは0.1〜0.2mmで、約10倍です。これ迄、1回照射でピンポイントに射抜く必要が有る場合はピン固定が必要なガンマナイフが適し、大きい腫瘍や悪性腫瘍は、マスク固定が出来て分割照射に対応するサイバーナイフが良いと言われて来ました。しかし最近は、ガンマナイフでも同様の事が可能になり、脳疾患であれば先ずはガンマナイフを考慮するのが良いのではないかと考えています。

——1993年にガンマナイフユニットが設立されてから30年以上が経過しました。

 設立当初は保険適用ではなく治療費は130万円程でした。96年から保険収載され、現在は3割負担になり15万円程度で治療を受けられる様になりました。殊に日本ではがんの脳転移の治療法として期待され、女子医大でも総計9000症例の内約5割は転移性脳腫瘍が占めています。2〜3割は難治性の頭蓋底脳腫瘍、1割はAVM、その他が三叉神経痛等の機能性疾患です。他の施設では転移性脳腫瘍が7〜8割でAVMは少なく、三叉神経痛に積極的に対応している施設は更に少ない状況です。ガンマナイフの治療自体はシンプルで、半年位のトレーニングを受けた医師であれば簡単な転移性脳腫瘍治療は行える様になります。今ではガンマナイフの実施施設は全国に51件在り、大学病院は当院と東京大学医学部附属病院、獨協医科大学病院の3件のみで、一部公的機関を除けば殆どは民間施設です。その様な中、当院は他の施設では難しい治療困難症例を積極的に引き受けています。

——先駆的な取り組みをされています。

 当院のタスクは主に6点有ります。1点目は手術もガンマナイフも困難なハイグレードAVM。現在全世界で走っているARUBA研究に於いて、成人AVMに対して非治療群の予後の方が良いという論文がLANCET誌に発表された事で、ガンマナイフで治療する医師が減っているという問題が有りますが、全身麻酔を必要とする、特に難しい小児ハイグレードAVMも当院では積極的に行っています。2点目は海綿静脈洞腫瘍。どんな名手でも開けた瞬間から血液が湧き出る「No man’s land(未開の地)」と言われる手術困難な腫瘍です。ガンマナイフの場合も解剖学的把握が難しく、瞼が下がる、複視になってしまうといった後遺症が出る事が有りますが、当院では20年間、幸い1人も永続的な後遺症を出していません。3点目は神経線維腫症2型(NF2)患者さんに於ける聴力温存。これは、遺伝性の両側聴神経腫瘍では顔面神経温存と、有効聴力が残っている場合は聴力温存がガンマナイフの大きな役割になります。治療後聴力低下のリスクを案じ、敬遠する医師が殆どですが、当院では患者さんの希望を優先して、蝸牛神経への過照射を0.1mm単位で避ける事で良好な成績を上げています。4点目は高齢者の三叉神経痛。自身経験数として、国内最多の500例以上の実績が有ります。5点目は小児脳疾患。小児脳神経外科のグループとも連携し実現させています。6点目は原発性悪性脳腫瘍。2年前にマスク固定のシステムを導入し、独自のプロトコールを配した事で、グリオーマに対する治療が状況により可能になり、好成績が得られる事が分かって来ました。


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