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安倍1強を支えた「官邸官僚」、国難に機能せず

安倍1強を支えた「官邸官僚」、国難に機能せず
「安倍系」「菅系」がコロナ禍に繰り広げた不純な暗闘

安倍晋三首相の長期政権を支えた「官邸官僚」が新型コロナウイルス対策では有効に機能しなかったと言われる。

 官邸官僚とは、首相官邸に勤務する官僚一般の事ではない。「安倍1強」下で官邸に権力が集中し、政府内で特別な影響力を持つに至った数人を指す政界用語である。

 官邸官僚は安倍首相直系の今井尚哉・首相補佐官兼首相秘書官、佐伯耕三・首相秘書官らと菅義偉・官房長官直系の杉田和博・官房副長官、和泉洋人・首相補佐官らの2系統に分かれる。

 前者は首相への強い忠誠心と、内閣支持率の浮揚策を捻り出す発想力でのし上がった。後者は各省庁の幹部人事を握る内閣人事局の権限を背景に官僚組織を統括してきた。

 「安倍系」官邸官僚がアイデアを出し、「菅系」官邸官僚が実働部隊の各省を動かす。安倍長期政権の延命を共通目的として手を携えてきた両者の絶妙なバランスが安倍1強の原動力となって機能した。

政権末期、崩れたバランス

 それが崩れ始めたのは、2017年秋の衆院解散・総選挙で自民党が大勝した頃からだ。自民党は同年3月の党大会で党総裁の任期を連続2期6年から3期9年に延長する党則改定を行っていた。衆院選の勝利により、翌18年9月の総裁選における安倍総裁の3選が固まった。

 安倍総裁の任期は21年9月まで。同年10月には衆院議員の任期も切れる。自民党が再び党則を変えて総裁4選を可能としない限り、安倍政権は長くて21年秋まで。政権の終わりが見えた事により、安倍系と菅系の思惑に食い違いが生じた。

 安倍系は長期政権のレガシー(政治遺産)を残す事を優先するようになった。しかし、憲法改正、北朝鮮による拉致問題の解決、ロシアとの平和条約締結、中国との「第5の政治文書」等々、思うに任せないまま時間切れが近づく。

 一方の菅系は「ポスト安倍」を見据えて動き出した。あわよくば菅氏本人が後継首相に。別の首相になったとしても、菅系官邸官僚が日本の官僚機構を統括する権力構造を維持しようという思惑が働く。

 安倍系と菅系の亀裂が露わになったのが「令和」への改元だった。19年4月に新元号を発表した菅氏が「令和おじさん」ともてはやされ、ポスト安倍候補に浮上した事に安倍系が警戒心を強めた。

 もう1つ、官邸官僚間のバランスを崩したのが19年9月の正太郎・国家安全保障局長の退任だ。

 安倍外交がそれなりに評価されてきたのは自由・民主主義・市場経済・法の支配に基づく米国主導の戦後秩序を重視する「価値観外交」を展開してきたからだ。その点で谷内氏の貢献度は高い。だが、レガシー優先へと舵を切った安倍系官邸官僚には価値観外交が障害となる。

 対中関係改善のレールを敷いてきた谷内氏だが、戦後秩序にチャレンジする中国の「一帯一路」構想への協力には否定的な姿勢を崩さない。北方領土の「4島返還」にこだわらない柔軟姿勢で日露平和条約交渉の下ごしらえをしてきたのも谷内氏だが、返還後の米軍駐留拒否を求めるロシア側に譲歩はしなかった。

 このままでは日中も日露もレガシーづくりは叶わない。安倍系官邸官僚の不満が高まる中で谷内氏は官邸を追われ、安倍外交の暴走が始まった。東京五輪・パラリンピックの開催を花道に首相が勇退するシナリオも念頭に、今年4月に予定されていた習近平・中国国家主席の国賓来日と、5月に予定されていた首相訪露にレガシーの照準が絞られた。

 米国と対立を深める中露との関係改善になぜ前のめりになるのか。

 「安倍首相と今井氏は『米国からの自立』を目指す熱い思いを共有している。首相のそれは戦後レジームからの脱却であり、経済産業省出身の今井氏にとっては経済の自立。今井氏の叔父が今井敬・元経団連会長ということもあって、中国との経済関係を重視する経済界と経産省の路線に首相も乗ってしまった」というのが官邸ウオッチャー筋の解説だ。

 その危うさは対中警戒を強める国内の保守派や知米派から指摘されてきた。谷内氏退任で官邸内にブレーキ役がいなくなったところを襲ったのが中国発の新型コロナウイルス。安倍系官邸官僚が習氏来日にこだわり、コロナ対策の初動が遅れた。

国益見失った「官邸主導」のあだ花

 世界に広がった新型コロナのパンデミックによって首相の外交レガシーづくりは挫折に追い込まれた。

 官邸ウオッチャー筋によると、政権浮揚に動いた安倍系官邸官僚が勝ち誇った表情を見せた事が3回あったという。2月下旬の全国一斉休校。3月下旬の東京五輪1年延期。そして6月の国会閉会直前に「イージス・アショア」の配備計画停止を防衛省が決めた時だ。

 いずれも菅系官邸官僚は政策決定過程から外されるか、菅系のメンツが潰される形になったケースだ。未知の感染症が広がる国家的危機に官邸内では安倍系と菅系の主導権争いが延々と行われていたのである。

 この間、菅系が画策していた事もいただけない。黒川弘務・前東京高検検事長の定年を脱法的に延長させたのは、安倍後の政権でも菅系官邸官僚が検察への影響力を残すためだったとの見方がある。菅系トップの杉田官房副長官は警察庁出身。警察の上部機関のように振る舞う検察を人事で抑え込む狙いもちらついた。

 退陣後の汚職捜査を封じられるなら安倍系にもメリットはある。両者の思惑が合致したのが黒川前検事長の定年延長と、それを後付けで合法化する検察庁法改正案だった。不純な呉越同舟は「黒川賭けマージャン」問題で打ち砕かれ、コロナ禍に苦しむ国民を尻目に保身に執着した事が内閣支持率の急落を招いた。

 菅系の和泉首相補佐官が厚生労働省の大坪寛子・官房審議官との「コネクティングルーム不倫」で失脚状態になければどうだったろうか。

 コロナ禍への対応で厚労省が機能しなかったのは、長年にわたる保健軽視と医療費抑制によって官民全般の体制が弱体化していたからだ。政府内で母体の厚労省が地盤沈下する中、技官ながら官邸官僚の個人的な引きで地位を築いた大坪氏。その立身出世が長期政権の売りだった「官邸主導」の歪な実態を物語る。

 コロナ対策の初動を厚労省に押し付け、批判を浴びた安倍首相が3月になって担当閣僚に指名したのは、旧通産省で今井氏の後輩だった西村康稔・経済再生担当相だった。

 官邸主導で対応するなら官房長官に任せるのが筋なのに、首相は安倍系主導を選択した。実質的に使える実働部隊は経産省のみ。持続化給付金の支給事業を電通に頼って「中抜き」批判を浴びる結果となった。

 野党の追及から逃げるように国会を閉じた後も、安倍政権はコロナ対策から逃げ続けているように映る。医療現場は深刻な経営難に苦しみ、第2派への備えが懸念されているにもかかわらず、聞こえてくるのは秋の内閣改造や衆院解散・総選挙を巡る駆け引きばかり。

 官邸官僚とは、国益を見失った長期政権とともに消えゆくあだ花か。

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