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「エクソソーム」が医療を変える ~医薬品として規制下での適正な発展を求む~

「エクソソーム」が医療を変える ~医薬品として規制下での適正な発展を求む~
落谷 孝広(おちや・たかひろ)1957年神奈川県生まれ。88年大阪大学大学院医科学研究科博士課程修了、医学博士。同大細胞工学センター文部教官助手。91年米国ラホヤがん研究所(現:SFバーナム医学研究所)ポストドクトラルフェロー。92年国立がん研究センター研究所分子腫瘍学部主任研究員、93年同部細胞遺伝研究室室長、98年同部がん転移研究室独立室長、2010年同部分子細胞治療研究分野長。18年東京医科大学医学総合研究所分子細胞治療研究部門教授、23年特任教授(現職)。高松宮妃癌研究基金学術賞(19年)、ISEV2019 Special Achievement Award(19年)、日本再生医療学会功績賞(23年)等。5年連続Web of Science のHighly Cited Researchersの1人に選出される(23年)。

エクソソームの臨床応用に向けて世界中で研究が進められる一方で、我が国では独自のリスク分類に基づく「エクソソーム(細胞外小胞)」を含む間葉系幹細胞の培養上清を用いた自由診療が広まっている。有識者によりそのリスクが提起され、これらを規制下に置くべきとする提言が11月10日に発表された。今後、正規の「医薬品」としての発展が期待される。国内のエクソソーム研究の第一人者で、日本細胞外小胞学会の理事長であるある落谷孝広氏に、これ迄の成果と今後の展望について話を伺った。

——近年、様々な医療分野で注目されている「エクソソーム」の研究を始められた経緯を教えて下さい。

落谷 2004年頃我々は、がん患者さんと健康な人の血中マイクロRNA(miRNA)のプロファイルが異なる事を観察していました。その理由を解き明かそうとしていた07年、エクソソームの中に血液中のmiRNAが含まれている事が発見され、そこからmiRNAが何故エクソソームに含まれ、どの様な意味を持つのかを解明しようとする研究が世界中で始まりました。その中で我々はがん細胞のエクソソームから発せられるmiRNAが相手の細胞に取り込まれて機能する事を世界で初めて報告しました(JBC:Journal of Biological Chemistry,  2010)。これを機に我々の研究成果が癌のエクソソームの分野で世界をリードする事になりました。14年に日本細胞外小胞学会 (JSEV)を設立し、日本でもエクソソーム研究が盛んに行われる様になりました。

「細胞のゴミ箱」から医療を激変させる原動力に

——国立がん研究センター研究所に在籍時、がんの早期診断にmiRNAを使う研究を主導されました。

落谷 確かに私は国立がん研究センターで5年間の大型プロジェクトを主宰し、「血液1滴で」を掲げてバイオバンクの患者さんから同意頂いた血液6万サンプルを用いて13種類のがんを早期に発見するmiRNAの同定に成功しました。しかし、これを早期診断として確立させ、国民医療費の削減に漕ぎ着ける迄には年月が掛かります。例えば1万人の集団がこの検査を受け、受けなかった1万人の集団と比較して10年後にがんによる死亡率が低下すれば、臨床性能の証明になります。しかし、10年間国から支援を受ける事は難しく、miRNAに関してはプロジェクトに参画していた東レ、東芝、アークレイといった企業が実用化に向けPMDAと協議しながら進めているところです。只、今後の医療を変える原動力となるのは、診断も治療もやはりエクソソームだと考えています。

——当初から、エクソソームをがん治療に生かせると考えていたのですか。

落谷 我々が最初に手掛けたのは、母乳のエクソソームでした。赤ちゃんが育たない原因の1つに肺の発育形成不全が有りますが、当時我々は肺や肝臓等の臓器の形成に関与する重要なmiRNAを知っていましたので、IgGやIgA等の抗体以外に赤ちゃんの臓器を発達させるエクソソームのmiRNAを見つける事が大きな発見になると考えたのです。母乳の水分は血液から来ていますので、血液のmiRNAのプロファイルとも一部重なるだろうと予測していました。超遠心というシステムで母乳からエクソソームを分離しmiRNAを取り出してそのプロファイルを解析しました。すると、血液のmiRNAのプロファイルとは全く異なるばかりか、肺等の臓器を発達させるmiRNAも含まれていませんでした。それらのmiRNAを1つ1つ調べて行くと、全て免疫系に関係するmiRNAである事が分かりました。更に、それらのmiRNAは産後6カ月経つ頃に母乳中のエクソソームから消失したのです。生物とエクソソームの奥深さを思い知らされた結果でした。

——先生の論文が世界で反響を呼びました。ノーベル賞も期待されます。

落谷 実は17年に世界中のエクソソーム研究の中からトップの10人がノーベル財団から招待を受け、クローズドな講演会で話をしました。アジアからは私1人が選ばれました。私を含めた招待演者は皆、世界的にエクソソームを研究している国際細胞外小胞学会(ISEV)という組織の設立メンバーや会員でした。財団からは、エクソソームが医学生理学分野に於いて期待の持てる研究領域である事は理解したが、今後どの様に研究が発展し、そして医療分野に実用化されるのかを注視して行くとコメントを頂きました。最終的には、エクソソームが人類の健康に貢献する事を証明する必要が有るだろうと考えています。

——財団は治療になる事を求めているのですか?

落谷 やはり基礎研究は大事にしていて、今まで誰もが予測しなかった事を解き明かしたという事は最も重視しているポイントですが、それが本当に価値を得るには、人類の福祉に貢献する事が必要だと捉えている様です。エクソソーム自体はローズ・ジョンストン博士が40年程前に発見し、細胞がエネルギーを燃焼した時に出る老廃物を捨てる為のゴミ箱だと考えられていました。その後、07年に初代ISEV会長であるスウェーデンのヤン・ロトバル博士がエクソソームの中にmiRNAが存在する事を打ち出して以来、世界中で研究が進められて行くのを目の当たりにして来ました。正に今、エクソソームは産業応用、臨床応用に向かおうとしているところです。

——国から研究費は支給されるのでしょうか?

落谷 残念ながら日本はエクソソームの基礎研究に対しては未だ十分な研究費が支援されているとは言い難い状況です。欧米や中国では国が基礎研究に徹底的に予算を投入していますが、日本は競争に勝つ為に出口戦略に走ってしまった事で基礎研究が疎かになり、中国等との差が開いてしまいました。エクソソームも含め、日本は今後もっと基礎研究に重点を置いた科学政策を進めるべきだと痛感しています。

がんと共存しながら転移を抑えるアプローチ

——エクソソームによる治療と従来の治療はどの様に異なるのでしょうか? 

落谷 我々がん研究者は、長年がんの組織と正常な組織のタンパクを解析し、がん特異的な物質を標的とする新しい治療法を見出そうとしていました。しかし、がんは正常細胞が変化したものです。その為、抗がん剤は正常な細胞にも働き掛け、副作用を引き起こし、多くの患者さんが苦しんでいます。分子標的治療は素晴らしいものですが、効果が有るのは限られた患者さんで、効いたとしても最終的には転移に苦しみます。ゲノム医療が注目を浴び、新薬が次々と登場していますが、これらは必ず2次・3次の遺伝子変異を引き起こし、最終的には効果が無くなります。所謂、薬剤耐性の問題です。そこで我々はがん細胞を直接攻撃せず、がん転移の基軸である事が分かったエクソソームを攻撃する事で、副作用の無い新しい治療を生み出そうとしています。人生100年と言われる中、がんをゼロにするという戦略自体が難しいのかも知れません。しかし、日本人のがん罹患率は男性が60%、女性も50%を超え、生涯で2人に1人以上ががんになる時代です。我々は、がんになっても転移を極力抑えて天寿を全うする事を目指せる医療を実現したいと考えています。


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