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未来の会

第165回 医師のココロ患者のキモチ 「純粋タイプ」を燃え尽きさせない

第165回 医師のココロ患者のキモチ 「純粋タイプ」を燃え尽きさせない

 新年度になり、何人かの知人から異動や転居のお知らせが届く。その中には医師も含まれている。市中病院勤務から大学に戻ったり開業したりという人もいれば、「しばらくはフリーランスで健診や短期の応援診療などに従事します」と記してくる人もいる。その“フリーランス転身組”はいずれも私と同じように地域の国民健康保険診療施設などで地域医療に取り組んでいた医師であり、ハードワークで体調を崩したのではないか、気力が底をついたのではないか、とつい心配してしまう。

“純粋タイプ” vs. “訳アリタイプ”

 私自身がその立場になってよくわかったのだが、医療過疎地での医療に従事する医者には大きく分けて2つのタイプがある。純粋に「へき地医療」がやりたいというタイプと、何らかの事情や目的、理由があってそれを選んだというタイプだ。後者には「開業資金を貯めたい」「都会での人間関係に疲れた」「子どもを自然の中で育てたい」などさまざまなものが含まれる。「大学病院にいたが医局とケンカして、とにかくどこでもいいからすぐに働けるところに来たかった」という人もいるようだ。

 多くの人は、前者の“純粋タイプ”の方が地域医療にとっては望ましいと思うだろう。たしかにそういう医師は熱意を持って日々の診療や地域の保健活動に取り組み、研鑽も怠らないに違いない。しかし、「よい先生が来てくれた」と地域からの期待や要求がどんどん大きくなることがあり、それにもすべてこたえなければと思うので、知らないうちに自分の限界を超えて働いてしまうことがある。そういう状態が長く続くと、言うまでもないがいつかバーンアウト(燃え尽き)がやってくる。

 それに比べると、後者の“訳アリタイプ”は、「貯金がいくらになるまで」「子どもが小学校を卒業するまで」など最初から期間限定であったり、「正直言ってへき地医療には関心がないがここで働かざるをえない」と自覚しながらの選択であったりするので、それほど無理をしない。地域の人たちから「今度の先生は今イチ」と思われても、あまり気にすることもないだろう。

 皮肉なことに、バーンアウトが少ないのは後者のタイプであることは言うまでもない。また、自身も地域住民も双方がそれほど期待も要求もせず、「まあこんなものか」と思いながら意外に安定した関係を築けることも少なくない。ただ、同じ医療機関に両タイプがいる場合は、それぞれのストレスはかなりのものになりそうだ。前者は後者に「どうしてもっとがんばらないのか。お金目当てでへき地医療に従事するなんて不純だ」と思うかもしれないし、後者は前者に「がんばるのはよいけど、まわりにもそれを要求しないでほしい。ペースを乱されるのは困る」と鬱陶しさを感じるのではないか。

 これは看護師や保健師などについても同じで、「新天地で地域に貢献したい」というタイプの若いスタッフが、「夫の親の介護の都合でやむをえず当地で何年かすごさなければならないから」といった事情で働いているベテランスタッフの間で苦労している姿をある地域で目にしたこともある。

 また、これは地域医療に限らないだろう。在宅医療、ホスピスなど、さまざまな分野でこの「純粋タイプ vs. 訳アリタイプ」という構図はありそうだ。では、どうすればいいのか。夢や理想を追い求めてへき地医療に飛び込んだ医療従事者に対して、「あまり張りきりすぎないように」と最初からその熱意に水を差すのはおかしな話だろう。もちろん“訳アリタイプ”を批判したり排除したりしては、へき地医療そのものが成り立たなくなってしまう。

 私自身、まだへき地医療は1年あまりの経験しかないが、個人の中でそのふたつのタイプを融合させるのが最も現実的ではないか、と思っている。つまり、ある程度の情熱を持って仕事に取り組み、地域の期待や要求にもそれなりにこたえながらも、割り切るところは割り切る。それ以前に、「割り切ることは悪いこと」という価値観を手放すことも大切だ。

燃え尽きないために

 たとえば私の場合、週末は東京での精神科診療を行っているので、毎週のように赴任地を離れて東京に戻っている。地域住民は「先生が毎週、遠くに行ってしまうなんて」と不安なのでは、と思われるかもしれないが、当診療所の所長が長い時間をかけて「ここの週末の医療は当直医がカバーする」という体制を築き、住民のコンセンサスも得ることができているのだ。

 また私は精神科医の経験が長いことから、地元や周辺地域主催の「心の健康セミナー」などの講師を依頼される機会が多く、昨年秋は当直のない夜や日曜日などがほとんどその対応でつぶれた。しかし今年は「秋の講演を受けるのは10回程度まで」と自分で決めており、それ以上の依頼があった場合は事務的に断るつもりだ。「どうしてもダメなんですか。町立診療所の医者なのに」などと失望されることもあるかもしれないが、「自分の時間も確保することが長続きのコツ」と割り切ろうと思っている。

 もちろん、とはいえ会合などで極端な“純粋タイプ”や“訳アリタイプ”に出会うと、「この人、やりすぎでは」と疑問を感じたり、逆に「私はこれでいいのか」と自問したり、心は揺れ動く。2つのタイプの融合というのは、口で言うほど簡単ではないのだ。

 さて、開業医の先生たちはどうなのだろう。医大の同級生の中には、「還暦を超えたのでクリニックを閉じる準備をしています。来年からはフリーランスの医者になります」などと年賀状などに記してくる人もいる。大勢のスタッフを抱える病院を経営している人は、誰かに委譲でもしない限り、なかなか職を解かれるのはむずかしいかもしれない。ただ、自分の有限の人生すべてを医療に捧げることを美徳だと考えている人は、「本当にそれでよいのか」「このままではバーンアウトするのではないか」とある時点で一度、生活や働き方、これからの人生を見直してみる必要があるのではないか。

 今回のコラムに何度か記したように、昔と違って医師の働き方には選択肢が増え、「短期の応援診療」「スポット医師」などとして自分で自分の時間を調整しながら医療に従事することも可能になった。年配の医師の中には「そんなことでいいのか」と抵抗を感じている人もいるようだが、「時代は変わったのだ」と変化を受け入れることも必要だろう。自分を大切にする。家族を大切にする。そういう価値観で働くことが、ひいては心身が安定した状態での医療活動につながり、まわりまわって患者さんのためにもなる。そういう考え方もあるはずだ。とくに複数の医師や多くのスタッフを抱える病院経営者には、「ウチの医療機関にも純粋タイプすぎて燃え尽きそうな人はいないか」ということにぜひ目を配ってみてほしい。そして、「熱心にやればよいというものではない」といった言葉がけではなく、「がんばってるね。でも自分や家族もいたわることが大切だよ」とやさしくねぎらいの言葉とともに、息抜きをすることの重要さをぜひ伝えてほしいと思うのだ。

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