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何故消えた「異次元の少子化対策」

何故消えた「異次元の少子化対策」

国民目線の少子化対策が打ち出せないのか?

岸田文雄・首相が年始に打ち上げた「異次元の少子化対策」。打ち上げた直後から首相自ら「異次元」という枕言葉を使わなくなる等、当初から迷走気味の様相を呈していた。その原因を探って行くと、首相官邸内の複雑な人間関係が影響している様に映る。

 発言を振り返ろう。首相は1月4日の年頭会見で、今年のテーマとして経済対策と共に「異次元の少子化対策に挑戦する」と表明した。翌5日には「昨年の出生数は80万人を割り込み、少子化の問題はこれ以上放置出来ない。待った無しの課題だ」と指摘し、児童手当の拡充や幼児教育・保育のサービス強化、働き方改革の3点を挙げた。

 この「異次元」という言葉は、安倍晋三・元首相が掲げた「異次元の金融緩和」を彷彿とさせるもので、とにかく評判が悪かった。インターネット上では、合わせて打ち出された児童手当の拡充等に新味が無かった事も合わせ、批判するコメントで溢れ返り、半ば「炎上」した様な状態になった。身内とも言える内閣官房幹部でさえ「社会保障の文脈で異次元という言葉を使う事は無い」と批判したのだ。

 首相が記者会見に臨む際には、読み上げる文書を事前に作成するのが一般的だ。年頭記者会見の文書を作成し、「異次元の少子化対策」というネーミングを発案したのは、首相の側近として知られる木原誠二・官房副長官だという。厚生労働省のある職員は「小倉將信・少子化担当大臣が発案者の様に思われた時期があったが、実際は木原氏だ。本人は自分ではない、という様な事を吹聴しているが木原氏で間違いない」と明かす。別の首相官邸関係者も「名付け親は木原氏だ」と証言する。

 木原氏は元財務官僚で、社会保障制度にはさほど詳しくないとされているが、関心は高いと見られる。小泉進次郎・元環境相が2017年に提唱した「こども保険」構想に賛同し、ブログに「個人的には拍手です。実は、この『こども保険』、私も一時期提唱していたことがありました。(中略)これで我が国も充実した全世代型社会保障制度を持つ国へ一歩近づくことができるからです」等と記している。

 社会保障制度への関心は有るが、浅薄な知識しか無い木原氏が首相会見の下書きを作成したのが仇になったと見られる。「炎上」して以降、「従来とは次元の異なる少子化対策を実現したい」と表現を修正しており、もはや首相の口から「異次元の少子化対策」という言葉が聞かれる事は無い。

「リスキリング」発言で再炎上

 ミソはこれだけではない。首相が1月27日の参院代表質問で、育児休業中の親達のリスキリング(学び直し)を「育児中等、様々な状況にあっても主体的に学び直しに取り組む方々をしっかりと後押しして行く」と答弁した事に批判が集まった。

  インターネット上では「子育て中に学び直し等が出来る訳が無い」「子育てをした事が無い人が語る理想だ」等、首相答弁への批判が殺到した。これは自民党の大家敏志・参院議員が、産休や育休期間中の女性に対するリスキリング支援を提案した事に回答しただけに過ぎなかったが、「異次元」騒動も影響してか、又もや「炎上案件」となってしまった。

 自民党関係者は「実際に育休中の親達にリスキリングしてもらう提案をしたのも自民党サイド。事前に政府とも綿密に打ち合わせた結果、出来上がったのが首相の答弁で、政府がリスキリングを支援して行く事で合意していた」と打ち明ける。つまり、政府から依頼を受けて質問をする事がたまにあるが、このリスキリング発言の炎上問題は首相自身が主体的に関わった案件ではないのだ。それにも拘らず集中的な批判を招いたのは不運でもあるが、安易に答弁書を容認した首相自身や首相周辺の認識不足を露呈したものとも言える。

迷走の背景に財源問題か

どうしてこの様な「迷走」を重ねるのか。背景にある、社会保障制度を巡る首相官邸内の主導権争いとも言える状況が影響している様だ。防衛費財源の増税問題を主導した木原氏が社会保障制度も牽引しているが、木原氏は「少子化対策と増税を結び付けるな。増税は絶対ダメだ」と周辺の省庁幹部らに口を酸っぱくして伝えている。

 この木原氏と路線を違える筆頭格は、財務省出身の宇波弘貴・首相秘書官だ。厚労担当の主計官や主計局次長を経験した宇波氏は社会保障制度に明るく、少子化対策の財源として消費増税を含めた税を充てる事に否定はしていない様だ。こうした木原氏と宇波氏の方針が異なる状況が背景に有り、財源問題に決着が付かない為少子化対策をどう進めるかがはっきりしていないというのだ。

 或る省庁幹部は「木原氏は宇波氏を増税派と見ており、2人であまり踏み込んだ議論はしていない様だ。木原氏は同じ政治家で同世代の小倉大臣や村井英樹・首相補佐官らとばかり話をしている」と内情を語る。更に「少子化を議論する舞台回しは全世代型社会保障構築会議とするのが普通の感覚だが、事務局や有識者に厚労関係者が多く、木原氏は増税一辺倒になるのを恐れている」と明かす。

 しかし、一番の問題点は首相に定見が無い事だ。21年秋に実施した自民党総裁選での公約集に「少子化」という言葉は出て来ない。成長戦略岸田4本柱は「科学技術立国」「経済安全保障」「デジタル田園都市国家構想」「人生100年時代の不安解消」だが、4つ目で「勤労者皆社会保険」の実現を掲げるだけ。3つの政策として掲げた「コロナ対策」「新しい日本型資本主義」「外交・安全保障政策」の内、かろうじて「新しい日本型資本主義」に子育て世帯の住居費・教育費を支援する事に触れられているだけだ。公約集は如何にも総花的で「首相にやりたい事は無い」(自民党関係者)と言われる所以で、少子化対策も例外ではない。

 2月28日には22年の国内の出生数(速報値)が公表され、前年比5・1%減の79万9728人だった事が明らかになった。いよいよ少子化対策に注目が集まる中、「孤軍奮闘」しているのが、渡辺由美子・こども家庭庁設立準備室長(3月初旬時点)だ。渡辺氏は1988年に旧厚生省(現・厚労省)に入省した官僚で、会計課長や子ども家庭局長、官房長等の要職を務めた。「旧厚生省出身の女性官僚としては初めての事務次官になる」との呼び声も高かった。

 大手紙記者は「渡辺氏は医療、介護、子ども政策など社会保障全般に強く、政治家も御せるので『猛獣使い』とも称されている。本来は厚労省のトップに昇り詰める人材で、昨年夏の幹部人事でこども家庭庁準備室に出向させるのを厚労省側は止めようとしていた」と証言する。

 首相官邸の迷走ぶりに、厚労省もやや手を引いている状態で、自民党厚労族も財源問題等で妙案を出せないでいる。厚労省関係者は「内閣官房に在るこども家庭庁設立準備室は組織も脆弱でいくら渡辺氏が豪腕とは言え、その取り巻く環境は孤軍奮闘状態で気の毒でしかない」と同情を寄せる。

 「異次元の少子化対策」とぶち上げたものの、言い出しっぺの首相や木原氏の腰が引ける等、中心人物が積極的に関わらないのが迷走の原因となっている。具体的な財源問題や細かな政策の中身は6月の骨太方針や年末の予算編成迄もつれ込む可能性が高い。「年末が本当の勝負所だ」と話す政府関係者も居る。

 時間は未だ残されているとも言えるが、出来もしない大風呂敷を広げて見せたままにするのか。それとも国民に寄り添った少子化対策をまとめる事が出来るのか。今こそ首相の姿勢が問われている。

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