
日本は欧州と共にミドルパワー結集へ動けるか
「今後2〜3週間、極めて強力な打撃を与えて石器時代に戻す」。トランプ米大統領がこう言って下品な脅しをイランに突き付けたのは4月1日(日本時間2日)。この演説の前迄は、トランプ氏に関して「停戦を焦って譲歩するのではないか」「上手くいかないイラン情勢への興味を失っているのではないか」等の憶測が米国内外を飛び交っていたが、大統領は明確にそれらを打ち消した。
世界的に注目されたこの演説の内容に対しては、「戦争終結の道筋を示さなかった」等の批判的な論調が日本のメディアでも多数を占めたが、現在の米国に倫理を説いても仕方ない。この演説のポイントは2つ。その1つ目は、「世界最大のテロ支援国家であるイランが核開発を放棄する迄戦争を続ける」との決意を示した事。もう1つは、同盟国や友好国に向けて「石油が欲しければ自らホルムズ海峡へ行け」と艦船派遣を要求した事だ。
自衛隊のホルムズ海峡派遣は停戦後
トランプ氏が演説で述べた通り、イランの海空軍は壊滅状態にある。それでも、ゲリラ的に地対艦ミサイル等で攻撃されるリスクがゼロにならない限り、民間船舶は自由にホルムズ海峡を行き来出来ない。イランが民間船舶の航路に機雷を撒けば、その掃海には多大な労力と時間が掛かる。トランプ大統領は演説で「この紛争が終われば、海峡は自然に再び開かれる」と述べる一方、「米国にはホルムズ海峡を通じた石油は必要無い。燃料を入手出来ない国々は海峡へ行き、海峡を確保し、防衛し、自分達で利用しろ」と言い放った。米国はイランの核放棄を目的とする戦争は遂行するが、ホルムズ海峡の安全確保に迄責任を負うつもりは無いという宣言だ。
では、日本はどうするか。高市早苗首相は3月に訪米し、トランプ氏に「日本の法律の範囲内で出来る事、出来ない事が有る」と伝えた。詳細は公表されていないが、自衛隊の艦船をホルムズ海峡に派遣出来るとしても停戦後になると説明したのではないか。安倍政権が10年程前に制定した安全保障関連法により、日本が直接武力攻撃を受けていなくても集団的自衛権を行使出来る「存立危機事態」の枠組みは整備されたが、戦争放棄と戦力の不保持を定めた憲法9条が改正された訳ではない。政府は「武力行使の目的を持って武装した部隊を他国の領土・領海・領空に派遣する所謂海外派兵は、一般に自衛の為の必要最小限度を超えるものであり、憲法上許されない」との憲法解釈を維持している。
安保関連法の国会審議で当時の安倍晋三首相は、ホルムズ海峡の機雷掃海は武力行使を目的としない事から自衛隊を派遣しても合憲との趣旨の答弁をしたが、米国がイランに対し武力行使を続けている間にイランが撒いた機雷を海上自衛隊の掃海艇が除去すれば、米軍の武力行使と一体化する事になる。停戦に至らない状況で民間船舶を護衛すれば、米国の同盟国として自衛隊が戦場に入っていく形になり、イランから見れば日本の参戦を意味する。
日本の様な国内法の厳しい制約の無い北大西洋条約機構(NATO)諸国も今回の参戦には及び腰だ。米国とイスラエルが勝手に始めた戦争であり、米国が攻撃を受けた訳ではなく、米国の同盟国であっても集団的自衛権を行使する義務は無い。米国から参戦を要請されたからと言って、自国の軍隊を動かすのに国民の理解を得る手続きを要する民主主義国家では、そもそも参戦のハードルは高い。そして何よりも、一方的に他国を攻撃する明白な国際法違反に追随すれば、ロシアのウクライナ侵攻を非難し、ウクライナを支援する根拠が揺らいでしまう。
イランの核開発は国際社会にとって確かに脅威だが、イスラエルの核保有を黙認してきた米国のダブルスタンダードが、トランプ氏の主張するイラン攻撃の目的自体への不信感を増幅させている。トランプ氏は演説で「イランの体制転換は我々の目的ではない」と強調した一方で、最高指導者のハメネイ師等を殺害した斬首作戦により「結果的に体制は変わった」とも主張した。中国、ロシアと連携して米国主導の国際秩序に挑戦してきたイランを叩く事は、中東地域に於ける中露の影響力を大きく削ぐ効果を持つ。その点では、東アジアの最前線で中国の覇権主義と対峙する日本にも、ウクライナ侵略を続けるロシアの脅威と対峙する欧州諸国にも、プラスの側面がある事は否定出来ない。
「中露と連携するイランの反米政権を叩く所迄は米国がやるが、その後の混乱は知った事ではない。イランに民主的な新体制が構築されるかなんてどうでもいい。ホルムズ海峡の秩序回復なんて面倒な事は、原油の調達先を中東に頼る欧州諸国や日本にやらせよう」。トランプ氏のメッセージを読み解けば、こういう話になるのだろう。裏を返せば、イラン攻撃に参加しなかった英国やフランス、日本にとってもそこが絶好の落とし所となり得る。
中立・多国間の枠組みで安定化部隊派遣を
本稿執筆時点で、米国は「ホルムズ海峡の完全で即時の安全な開放」を条件にイランとの2週間の停戦に合意したものの、それが戦争の終結に繋がるかどうかは尚不透明だ。停戦から戦争終結に向かう流れが見えてくれば、日本や欧州諸国が中立の立場でホルムズ海峡の停戦を監視し、民間船舶の航路の安全確保に当たる安定化部隊を多国間の枠組みで編制・派遣する事も可能になる。そうすればイランと正面から対立する事なく、トランプ氏の艦船派遣要求に応える事が出来る。重要なのは、米中露の覇権争いと一線を画すミドルパワー(中堅国)の団結だ。大国が破壊した国際秩序の再構築を、日本を含むミドルパワーが主導する切っ掛けとしたい局面だが、それも停戦が前提となる。
2週間の停戦合意は、トランプ米政権がイランの発電施設や橋梁等への大規模攻撃を開始する期限を4月7日夜(米国東部時間)に設定し、トランプ氏が同日、「今夜、全ての文明が滅び、二度と元に戻らないだろう」と脅し付けたのにイランが屈する形で実現した。イランの新体制がトランプ氏の期待通り反米・反イスラエルの姿勢を転換し、核開発を放棄するのかどうか、未だ予断を許さない。
1つ、私達が認識しておかなければならないのは、核兵器を保有する超大国が、言う事を聞かない非核保有国を力でねじ伏せようとしている現実だ。自由と民主主義を基調とする第2次世界大戦後の国際秩序に挑戦する中露等の権威主義国家陣営と、戦後国際秩序を守護する米国を中心とした民主主義国家陣営という対立構図は根底から揺らいでいる。
米中露の覇権争いという観点だけで言えば、日本も欧州諸国も米国の側に付く外ない。しかし、「力こそ全て」という大国の論理が罷り通れば、帝国主義列強が植民地支配の勢力拡大を争った時代に世界は逆戻りし兼ねない。膨大な犠牲を払った2度の世界大戦を経て人類は、多様な民族の自決と共存、戦争の違法化という智恵を獲得した筈ではなかったか。
その智恵を具体化した国連は、国際秩序を守らない3つの大国の横暴によって機能不全に陥っている。米・イスラエルとイランの戦争が終結に至った暁には、欧州、東南アジア、アフリカ、中南米、オーストラリア、カナダ等の中小国と日本が力を合わせ、米中露の覇権主義に対抗する新たな国際秩序の構築を模索して貰いたい。理想論に過ぎると言われるかも知れないが、米国が国際秩序への関心を失っている今こそ国連改革の好機と捉えられないか。
ホルムズ海峡に自衛隊を派遣するかどうかの議論も、新たな国際秩序の構築に日本として如何に貢献していくかを見据えた高い視座から進めるべきだ。国連の枠組みでホルムズ海峡に安定化部隊を派遣出来たらベスト。キーワードはミドルパワーの結集だ。




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