
米国のトランプ大統領が打ち出した、米国の薬価を他の先進国の最低水準まで引き下げる「最恵国待遇(MFN)薬価政策」に厚生労働省が頭を抱えている。今の薬価を極力抑える政策を続ければ外国製薬企業が日本から撤退して海外の新薬を使えない「ドラッグロス」に拍車を掛け兼ねないし、かと言って薬価を引き上げれば医療費の高騰を招くというジレンマに陥っているからだ。
日本の薬価は国が定める公定価格だ。原則公的医療保険が適用される為、公費や社会保険料抑制の観点から価格は抑えられる。その点、米国の処方薬は製薬会社等、民間同士の交渉で価格が決まる。市場の論理に基づき、薬価は高騰しがちだ。米国研究製薬工業協会等によると、新薬の米国の平均価格は他の先進国で発売される薬の約3倍という。抑制に懸命な欧州各国の薬価も概ね日本よりは高いものの、米国よりは低い傾向にある。
米国では高額のブランド薬が多数開発されている。その恩恵を米国以外の国は安い価格で「タダ乗り」しているというのがトランプ氏の主張だ。新薬の開発コストを米国人が負担させられていると訴える。もっとも最大の狙いは米国の薬価を引き下げ、物価高対策として選挙民にアピールする事だと見做されている。
そこで打ち出したのがMFN薬価政策だ。先進各国の薬価を基準とし、最低価格に合わせて米国の薬価を下げる。政府の求めに応じない製薬企業には報復関税を導入すると脅し、又、2月には国民が直接MFN価格で処方を受けられるウェブサイトを開設した。MFN価格は高齢者向けや、低所得者向けの公的医療保険に適用する。高齢者向けは日本や欧州各国等19カ国の薬価を参照する。既にファイザー等十数社の大手製薬企業がトランプ氏と価格引き下げで合意しており、10月にも部分的な実施が始まる見通しだ。
こうしたトランプ氏の振る舞いに、厚労省幹部は「革新的新薬を開発した企業は、米国の価格が確定する迄(価格の比較対象となる)他国では発売しなくなる可能性が有る」と表情を曇らせる。製薬企業にすれば、薬価の安い日本で発売すると、連動して米国での販売価格が下がるリスクが有る。
それを防ぐべく、日本での新薬発売を見送ったり、後回しにしたりし兼ねない、という訳だ。欧州製薬団体連合会のシュテファン・エルリヒ会長は昨年10月の来日記者会見時、「日本で『ドラッグロス』が悪化する恐れがある」と指摘している。実際にデンマーク等では製薬企業が一部製品の販売を取り止めているケースが見られる。
只、一方で日本の医療財政は火の車。更に高市早苗政権の主要政策の1つは「社会保険料の引き下げ」だ。2019年には薬価の「費用対効果評価制度」が導入されており、正当な理由無しに薬価を引き上げるのは難しい。厚労省は26年度の診療報酬改定でも薬価を下げた。製薬企業が見直しを求める、予想より売れた薬の薬価を抑える仕組み等も残した。薬価制度改革の骨子では、MFNに対する懸念は指摘しつつ、「機動的な対応ができるよう、革新的新薬の薬価の在り方については引き続き検討する」という表現に留めている。
仮に日本で薬価を上げれば、他の医療保険サービスを削ったり、保険料をアップしたりして埋め合わせる必要が生じる。高市政権は社会保障の給付カットや保険料引き下げに四苦八苦しているだけに、新たに降って湧いたMFN価格への対応は至難の業だ。
ドラッグラグ対策として、厚労省は24年度の制度改革で特許期間中の革新的新薬の薬価を維持出来る様にした。同省幹部は「こうしたものを参考に、新たなルール作りを迫られるだろう」と語る。



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