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未来の会

第21回 「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」リポート

第21回 「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」リポート
日本の医療の未来を大きく左右する
「医師の働き方改革」はどうあるべきか
安倍晋三政権が重要政策と位置付ける働き方改革が、着々と進められている。昨年3月には、「働き方改革実行計画」が作られ、時間外労働の上限規制が罰則付きで盛り込まれた。医師が労働者であるかについては、様々な議論があるが、医師が労働基準法上の労働者であることは、多くの判例に示されているという。しかし、医師の特殊性を考慮せずに働き方改革が進めば、救急や外科からの撤退、時間外診療の縮小、研修医教育のレベル低下など、様々な影響が現れると考えられている。医療の質の低下を危惧する声も多い。これを乗り切るために必要となるのが勤務環境改善である。勤務シフトの工夫、医療クラークの活用、女性医師の両立支援、多様な勤務形態の採用など、数々のアイデアはあっても、それで問題が解決するかは明らかではない。1月24日の勉強会では、厚生労働省医政局総務課長の榎本健太郎氏が講演。それに対し、医療界から多くの質問や意見が出された。

 挨 拶 

原田義昭・「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」国会議員団会長(自民党衆議院議員)「働き方改革の背景には、人口減少の問題があります。その中で医師はどう扱われるのか。医療体制をしっかりさせておかなければならないことは確かですが、医師も生身の人間です。様々なお立場からの意見があると思います。今日は厚生労働省から働き方改革の一番の責任者に来てもらっていますので、じっくり話を聞いて、議論して頂きたいと思っています」

尾尻佳津典・「日本の医療と医薬品等の未来を考える会」代表(集中出版代表) 「医師法によって医師には応召義務がありますが、その一方で、医師は労働者であるとの意見もあります。そういったことが働き方改革の中で議論されています。患者側からは、この改革で医療が変化してしまうのではないか、と危惧する声も上がっています。様々なご意見があると思いますので、存分に議論したいと思います」

 勉強会採録 

医師の働き方改革の動向

1. なぜ医師の働き方改革なのか

 昨年3月、「働き方改革実行計画」が作られました。ポイントとなるのは、時間外労働時間の上限規制を導入した点です。これまでも規制はありましたが、罰則はありませんでした。今回は罰則を導入することで実効性を高め、長時間労働を是正していこうということです。ただ、医師には医師法によって応召義務があり、医師の働き方については特別な要素があるのではないかということで、実態に即して検討することになりました。2年後を目途に、具体的なあり方を検討することになっています。

 このため、「医師の働き方改革に関する検討会」を昨年8月に立ち上げ、医療界の人にも多数加わっていただき、検討が進められています。重要な検討事項は、「医師に対する時間外労働規制の具体的なあり方」と「医師の勤務環境改善策」の二つです。

2. 医師の働き方の現状

 医師数は約31万1000人ですが、働き方改革の直接の対象となる勤務医の人数は23万〜24万人です。時間外労働が週60時間を超える人の割合を、業種ごとに調べたデータによると、最も多いのが医師で、41.8%でした。自動車運転従事者の39.9%と並び、群を抜いて高いという結果でした。医師と看護師を比較すると医師の方が多く、勤務医の男女の比較では男性がやや多くなっています。

 勤務時間を年代別に見ると、若い年代で長く、年齢が上がるほど短くなります。女性では40代で短くなっていて、これは子育ての影響と見られます。診療科別の勤務は、救急が最も長く、次が臨床研修医です。診療科によってもかなり差があります。

 全医師数に占める女性の割合は増加傾向にあり、これからの医師の働き方を考える場合には、いかに女性が働きやすい環境を作っていくかが重要になっています。

3. 労働法制における医師の働き方の取り扱い

 労働基準法では、労働者とは「事業に使用される者で、賃金を支払われる者」となっています。医療団体からは、医師は本当に労働者なのか、という声もありました。ただ、それに関しては、最高裁判所の判例などでも、「病院の開設者の指揮監督の下に行ったと評価出来る限り労働者に当たる」となっています。いろいろな裁判がありましたが、最近では、医師が労働者であることを争うより、それを前提として争われる裁判の判例が増えています。

 労働時間については、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている限り、その時間が労働時間である」となっています。規則や契約にどう書いてあっても、客観的にどうかで決まります。

 宿直については、使用者の指示があった時に即時に業務に従事することを求められていて、労働から離れることが保障されない状況で待機している時間は、労働時間とみなされます。これが労働基準法の基本的な考え方です。ただ、労働密度がまばらな場合には、労働基準監督署長の許可を得られれば適用除外になります。医療機関についても、「医師、看護師等の宿直許可基準」に具体的な基準が定められています。

4. 医療機関における労働管理の状況

 医療機関で労働時間の管理がどのように行われているかを調べた調査では、出勤簿・管理簿での管理が53.4%、タイムレコーダーなどでの管理が18.6%でしたが、管理していない医療機関が16.2%ありました。週40時間を超えて労働させる場合には、協定を締結する必要がありますが、36協定を締結していない医療機関が14.9%あります。こうした調査結果から、労働法制対応の弱い医療機関があることが分かります。

5. 働き方改革のインパクト

 いろいろな影響があると考えられています。救急医療では医師確保がそもそも困難ですが、地域によっては人件費増で医療機関の経営が成り立たなくなり、救急医療を中止するような事態が起きるのではないかという意見があります。中小病院の閉鎖を危惧する声もあります。外来診療にも影響が及ぶのではないか、時間外診療を縮小せざるを得ないのではないか、手術数が減るのではないか、研修医の教育にも影響が出るのではないか、といったことも言われています。

 その一方で、メリットとしては、医師のワークライフバランスの確保、過重労働の改善、集中力・効率性の向上などが期待されます。

6. 勤務環境改善に向けた制度的枠組

 働き方改革の影響に対応するためには、個々の医療機関の勤務環境改善を進めていくことが重要です。そこで平成26年に医療法改正があり、「勤務環境改善に関する関係者の役割」が定められました。医療機関の管理者に対しては、勤務環境改善への取り組みが、努力義務として求められています。また、各都道府県が医療勤務環境改善支援センターを設置し、社会保険労務士や医療コンサルが随時相談に乗れる体制が作られています。国でも「勤務環境改善マネジメントシステム導入の手引き」を作成しました。

7. 勤務環境改善の取り組み

 医療界を挙げていろいろな取り組みが行われています。日本医師会は「勤務医の健康を守る病院7カ条」「医師が元気に働くための7カ条」といったパンフレットを作ったり、「勤務医の労務管理に関する分析・改善ツール」を作ったりしています。

 さらに「勤務医の健康支援のための15のアクション」について、どの程度実施されているかを調べています。「採血・静脈注射のルート確保の医師以外の実施」はかなりの医療機関で行われています。「医師の学会や研修の機会の保障」「快適な休憩室や当直室の確保」「医療クラークの導入」なども進められてきました。ただ、「予定手術前の当直・オンコールの免除」「特定医師の過剰な労働負担の軽減」「女性医師への柔軟な勤務制度、復帰研修整備」などについては、まだあまり進んでいません。

8. 中間論点整理(案)と今後に向けて

 今後さらに議論を深めていくためには、現段階で出されている論点をきちんと整理しておく必要があります。「医師は昼夜を問わず患者対応を求められ得る仕事であり、他職種と比較しても抜きん出て長時間労働の実態にある」「さらに日進月歩の医療技術、質の高い医療に対するニーズの高まり、患者へのきめ細かな対応等により拍車が掛かっている」「医師の健康確保、医療の質や安全の確保の観点から、長時間労働を是正していく必要」「患者側等も含めた国民的関わりによって、わが国の医療供給体制を損なわない改革を進める必要」といったことが中間論点整理でまとめられています。

 さらに、緊急的な取り組みを併せて進める必要があるため、それも整理しています。働き方改革を施行した5年後には、医師にも上限規制が適用されます。その時、慌てないためにも、今の段階から緊急的に取り組むべきことも整理されています。①労働時間を適正に管理する②時間外労働をさせる場合は36協定が必要なので内容の適正さを含め確認しておく③産業保健の仕組を活用する④タスクシフト(業務の移管)を進めて医師の負担を減らす⑤女性医師等が働きやすい環境を整える──です。これらの論点整理と緊急的な取り組みについては、現在、検討会で議論中のものです。最終的には、2月中旬に検討会で固めていきます。


 質疑応答 

尾尻「医師も労働者であるという考えで働き方改革を進めていくと、医療機関は経営的に非常に厳しくなると思いますが」

榎本「経営への影響が大きいことは重々承知しています。とはいえ、これは現在、医師がやっている仕事を全て医師が行うことが前提となっています。これを契機に労働生産性を高める取り組みが出来るかどうかが問われています」

篠原裕希・篠原湘南クリニック理事長「働き方改革で医師増員・人件費増額になると、救急、産科、外科などの撤退や、廃業する病院も出るのではないかと思います。医師獲得競争が起こり、人材派遣会社の費用も経営を圧迫すると考えられます」

榎本「現場に負担が生じるのは、おっしゃる通りだと思います。厚労省としては、地域医療の提供体制に悪影響を及ぼさないようにすることが大命題だと思っております。現状では、いろいろな取り組みがそれほど進んでいません。そういった部分をご検討頂き、医師の取り合いにならない体制を作っていきたいと考えています」

服部智任・ジャパンメディカルアライアンス海老名総合病院病院長「労働の目的は付加価値を生むためですが、病院長の私が考える付加価値と、現場のスタッフが考える付加価値、患者さんが考える付加価値を一致させることが重要だと思います。タスクシフティングといっても、どこをどうすれば良いのか、なかなか判断出来ません」

榎本「医療機関の目指す方向性と患者さんの求める方向性が合っていれば、医療機関の評判や患者数に影響すると思います。患者さんが求める医療の安全や質を、どう確保していくのかが問題です」

中林正雄・母子愛育会総合母子保健センター所長「外科系には、若い頃の5〜10年はしっかり夜勤もやり、昼間の手術や外来もやって、早く一人前になりたいと考える人が多いと思います。私が最も心配するのは、働き方改革によって、一人前になるまでの時間が長くなってしまうことです」

榎本「若い医師の技術をどう育成していくのかは大きな課題です。経験値をどう上げるかが重要で、そのためには症例数を増やし、いろいろなところで発表し、カンファレンスを経験し、といったことが必要になります。そういったことも考えていかなければならないと思っています」

荏原太・すこやか高田中央病院院長「主治医・副主治医制のお話がありました。私は2年ほどデンマークで医療に携わりましたが、ある患者の主治医が『私の担当は午後5時までなので、その後は別の医師に聞いて』と言ったのに、強い違和感を覚えました。デンマークでは医師の偏在が進み、僻地医療を担う医師をバルト3国から雇い入れています。主治医・副主治医制を導入すると、日本式医療は崩壊します。厚労省は、外国の医師を入れることまで考えているのでしょうか」

榎本「時間外労働時間の上限を設定すると、必要となる医師数が増えるのではないか、ということだと思います。しかし、タスクシフティングを行い、医師でなくても出来る仕事を他の職種に回せば、それほど大きな増加にはならないとも考えます。外国人医師を入れることは考えていません」

加納宣康・沖縄徳洲会千葉徳洲会病院病院長「私の長年の教育方法は、『24時間365日、休みがあったら損と思え!』というものです。今の世の中を見ていると、厚生労働省が心配しなくても、自然に労働時間は減っていくでしょう。それよりも、1人でも多くの手術をして、1時間でも長く働いて、患者さんをたくさん診て、自分の進歩に繋げる、という気持ちを持たせる方が大切です」

尾尻「フランスでは、シェフの残業時間を規制する法律が出来たことで、食のレベルが大きく低下してしまったという話があります。フランスはそれを後悔して法律を変えています」

関川浩二・石心会第二川崎幸クリニック院長「クリニック院長との兼任で、川崎幸病院の外科の顧問をやっています。当病院の若い医師達は外科や救急を希望していますが、今回の専門医制度のため、基幹病院となり得ない私どもの病院では継続した教育が出来ません。救急や外科で頑張ろうという病院が、制度がネックとなって、医師数を確保出来なくなることもあります。働き方改革だけでなく、専門医制度も関係しているのです」

榎本「専門医制度は地域の医療供給体制とも密接に関わります。ここに関しては、厚労省も関心を持ってやっていかなければならないと思っています。資格を取りにくい部分があるということを念頭に置き、今後も考えていきたいと思います」

飯塚正史・東京都顧問・都政改革本部特別顧問「勤務医の負担軽減計画に対して、厚労省として最も具体的なアクションを起こしているのは、保険局の勤務医の負担軽減計画に関する施設基準だと思います。残念なのは、保険局の施設基準によって診療報酬を加算するといっているその内容が、非常に希薄なことです。月に1回会議をしなさい、議長を決めなさい、議事録を残しなさい。これを見た人は、適当にやっておけば良いと思うでしょう」

榎本「施設基準をどうするのかといったことも含めて議論がなされており、今後、具体的に整理されたものが出てくると思います。ただ、今回の診療報酬改定は、検討会の方向が具体的に出ている状況ではありません。次の平成32年改定で具体的にどうしていくか、検討会の議論と併せて整理する必要があると思います」

髙久史麿・地域医療振興協会会長「数年前にアメリカでレジデントの事件があり、当時、随分議論されました。その後、どのように落ち着いたのでしょうか」

榎本「救急外来で過労と睡眠不足のレジデントが対応し、患者が死亡する事件がアメリカで起きました。長時間労働が原因ではないかと議論になり、レジデントの連続勤務に制約が出来ました。現在は、労働時間は週80時間まで、宿直は3日に1回まで、シフト間のインターバルは8時間以上、院内での連続夜間勤務は6晩まで、強制的な非番の日を週1日、といった基準が出来ています」

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