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新しい資本主義実現へ初の最低賃金平均1000円

新しい資本主義実現へ初の最低賃金平均1000円

未曽有の物価高で賃上げムードも追い風に

2023年10月に改定される最低賃金(時給)の目安が7月28日に決まった。労使の代表者と有識者が協議する中央最低賃金審議会(厚生労働大臣の諮問機関)は、全国加重平均で41円引き上げるよう答申した。目安通りなら全国加重平均は初めて1000円を超え、1002円となる見通し。大幅な引き上げの背景にあった思惑とは——。

 春闘での大企業の集中回答日の3月15日。経済界や労働団体の代表者と岸田文雄・首相が意見交換する「政労使会議」が8年振りに開かれた。物価高に苦しむ世相を背景に、春闘は賃上げムード。そうした最中に岸田首相から最低賃金の方向性を決定付ける発言が飛び出した。

 「最低賃金について、昨年は過去最高の引き上げ額となりましたが、今年は全国加重平均1000円を達成する事を含めて、公労使三者構成の最低賃金審議会でしっかりと議論して頂きたいと思っております」

 マスコミオープンの終了前の挨拶で、岸田首相はこう強調したのだ。時給は961円で1000円迄あと39円と未だ小さくない開きが有る中の事。その後も、岸田首相は同様の言い回しで記者会見で言及し、6月にまとめられた政府の経済財政の指針となる骨太方針でも、同様のフレーズを盛り込んだ。

 政労使会議の開催を求めて来た連合の芳野友子会長は会議出席後、記者団に「こちらからの働き掛けも有ったが、実現出来たという事は非常に良かったと評価している。これは第一歩だと思うので、こうしたコミュニケーションの場を通じて、今度は実績に繫げて行かなければいけないと思う」と述べた。

 最低賃金は、労働者の生計費や賃金の動向、企業の支払い能力を考慮して、国だけでなく、各都道府県に設置された最低賃金審議会の議論を経て決まる。しかし、第3次安倍内閣が誕生して以降、首相官邸による「介入」が繰り返されて来た。

 今回の審議も、冒頭に紹介した政労使会議での岸田首相の流れを決める発言を受けて、半ば外堀を埋められる様な形で始まった。

 厚生労働省の幹部は「首相官邸がここ迄はっきりと流れを見せて来ているので、1000円まで上げない訳にいかない。これは最低賃金審議会の委員も分かっている筈だ」と明かした。つまり、政労使会議の発言も官邸主導で決め、骨太方針も同様だった。

 岸田首相が賃上げに拘るのは、21年の政権発足以来、新しい資本主義を掲げ、賃上げを含めた人への投資と、官民連携による設備投資や研究開発投資の促進を基本とした「構造的賃上げ」で経済の好循環を実現するべく政策を進めて来たからだ。最低賃金の全国加重平均1000円もその一環だ。

 背景に在るのは、こうした政権の意向に加え、未曽有の物価高の影響が大きい。厚労省も含めた労使の水面下の交渉では、早々に労使共に「支払い能力だけではなく、昨今の物価高や春闘での賃金の伸びを重視した最低賃金の改定になる。もはや、1000円まで引き上げるのはやむを得ない」というムードが醸成されていたという。一方で、厚労省から首相官邸にこうした方針が伝えられると、政権の関与は次第に薄れて行ったという。

 政策的にも引き上げに向けた環境整備は整いつつあった。これ迄目安額は都道府県毎に示していたが、そのランクはA〜Dの4区分だった。地域間格差の是正や、引き上げし易い環境を整備する一環として、今回はA〜Cの3区分に再編した。

 労働分野に詳しい大手紙記者は「最終的に最低賃金の目安は7月28日に固まったが、1000円への引き上げは5〜6月ぐらいには大体固まっていた。物価高や政権の意向で、引き上げに最も抵抗される日本商工会議所はその時期に白旗を揚げていた様な状態だった」と明かす。

1円単位の攻防は消費者物価指数で決着

 焦点は1000円から1円単位の引き上げ額に移った。実務的な交渉を進める厚労省や労使が注目したのは、総務省の「消費者物価指数」の内、持ち家の帰属家賃を除く総合指数だ。帰属家賃というのは、住宅を所有し、居住する為に支払わなければならない家賃の事を指す。

 そこで注目されたのが、昨年10月〜今年6月の指数で、対前年上昇率が4・3%だったのだ。この4・3%というのは、41円の引き上げ幅の4・3%と符合する。最低賃金審議会の関係者は「最終的にはこの4・3%という数字を根拠に41円の引き上げ幅とする様に決めた」と明かした。

 こうして決まった41円の引き上げ。Aランクの東京や埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪の6都府県の引き上げは41円。東京は目安通りに上がれば1113円で、神奈川は1112円と続く。大阪は1064円、埼玉で1028円、愛知1027円、千葉1026円といずれも1000円を超えた。

 Bランクは40円で、北海道や宮城、福島、茨城、栃木、群馬、新潟、静岡、京都、兵庫、奈良、広島、福岡等28道府県が該当する。目安通りなら京都は1008円、兵庫は1000円と2府県が1000円に達する。ただ、広島は970円、福岡は940円と1000円にはまだ大きな開きが有る。

 残りの13県がCランクで39円上げ。青森や岩手、秋田、鳥取、高知、熊本、宮崎、鹿児島、沖縄等が当て嵌まる。青森や沖縄、鹿児島等は853円から892円に上がるが900円には届かなかった。

 最低賃金の引き上げを巡って連合は、1000円に到達することが目に見えていた為、最も低い853円に合わせ、47円引き上げて900円になるよう訴えて来た。元々実現は難しかった要求だが、この主張は叶わなかった。

 今後、問題となるのが、大幅な引き上げで従業員の間で収入が一定の額を超えない様に就業時間を調整する事態が発生し兼ねない事だ。パート労働者の年収が106万円を超えると社会保険料の負担が生じる等、手取りが減るという「年収の壁」が立ちはだかる。主婦や学生ら働く人の中には、時給が上がってもこの壁を超えない様に就業調整する人も多い。

年収の壁解消で賃上げの流れ継続出来るか

政府は年収の上昇による働き控えを防ぐ為、賃上げ等に取り組む企業に対し、従業員1人に付き最大約50万円の助成金制度を設ける方針だ。年収125万円に迄到達すると、手取り額は同じ水準に迄戻る。賃上げに取り組む企業に助成する事で、実質的に社会保険料を肩代わりする様な形となる為企業側の負担が軽減される。ただ、実施時期も不透明で、こうした政府の取り組みが浸透したり、機能したりするかは不透明だ。

 政府は今後、「1000円」に代わる新たな目標額について議論する予定で、年内にも結論を出したい考えだ。今回は大幅な引き上げが実現したが、海外と比べるとまだまだ高水準とはいえない。厚労省の4月時点の資料によれば、イギリスは1743円、フランスでは1668円、ドイツが1776円と大きく離されている。アメリカは973円だが、独自に設定する州や市等も有り、2000円を超える地域も有る。具体的なスキームは現段階で定まっていないが、政府関係者は「非正規労働者を中心に、1500円への引き上げを求める声が有る。こうした額も含めて、中長期的な目標額を決める可能性が有る」と明かす。

 今回の賃上げは、1000円を達成する為に有る改定だった。今後は、この賃上げの流れをしっかりと形にする為に、これから議論される目標額が重要になる。

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