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未来の会

マンジャロを巡るトラブルの実態

マンジャロを巡るトラブルの実態

広がる適応外使用と問われる医療現場の責任

週に1度、太腿や腹部に自分で注射するだけで体重が落ちていく——そんな触れ込みと共に、この1年で俄に存在感を増した薬が在る。チルゼパチドを成分とする「マンジャロ」だ。美容クリニックの看板やSNS広告で目にしない日は無くなった一方、その裏側では処方や流通を巡るトラブルが相次いでいる。

何故"糖尿病治療薬"がここ迄広がったのか

マンジャロは米イーライリリー社が開発した週1回皮下注射の薬剤で、日本では2023年4月に2型糖尿病治療薬として販売が開始された。最大の特徴は、GLP-1とGIPという2つの消化管ホルモンの受容体に同時に作用する、世界初の「デュアルアゴニスト」である点だ。

これ迄、血糖降下・食欲抑制の薬として広く使われて来たのは、オゼンピックやウゴービ、経口薬のリベルサスといったセマグルチド系のGLP-1単剤作動薬である。マンジャロはこれにGIP受容体への作用を上乗せした構造を持ち、両ホルモンの相乗効果でより強い食欲抑制と満腹感の持続が得られるとされる。セマグルチドとの直接比較試験「SURPASS-2」ではHbA1cの低下・体重減少の両方で上回る結果が、減量効果を検証した「SURMOUNT試験」でも既存薬を上回る約2割程度の体重減少データが報告されており、こうした知見が美容・ダイエット分野での注目度を押し上げる一因になった。

但し見落とされがちなのは、マンジャロそのものは今も2型糖尿病治療の適応に留まっている、という点だ。同じチルゼパチドを主成分とする薬剤は、肥満症治療薬「ゼップバウンド皮下注」として24年12月に国内で製造販売承認を受け、25年春から処方が始まっている。但し、ゼップバウンドの保険適用には、BMIや高血圧、脂質異常症、2型糖尿病といった合併症の有無、指定医療機関での治療計画作成といった厳格な条件が課され、最適使用推進ガイドラインに基づく施設要件も求められる。こうした手続きの煩雑さを避け、より簡便に処方出来るマンジャロを美容目的で使い続ける自由診療クリニックは少なくなく、結果としてマンジャロそのものの需要は膨らみ続けている。

需要拡大の規模を裏付ける様に、中央社会保険医療協議会は26年5月、マンジャロの薬価を同年8月1日から25%引き下げる事を了承した。値下げの理由は効果が乏しかったからではない。新薬の薬価は発売時点の販売予測を元に決まるが、実際の売上が大幅に上回った場合は「持続可能性特例価格調整」という制度で価格が見直される。承認から僅か数年でこの対象になる程売れたという事実自体が、糖尿病治療の枠を超えて痩せ薬として市場を広げた事の裏返しと言える。

相次ぐトラブルの実態

急拡大の裏で表面化しているのは、適正使用から外れた流通・処方の問題である。加熱する需要に転売事件も相次いでおり、24年7月には愛知県警が関連事件を摘発、20代の女性2人を薬機法違反で書類送検した。26年6月には大阪府警が、医薬品の販売許可が無いままマンジャロをSNSで売買したとして、20代の女性と男子大学生、30代の女性会社員の3人を書類送検した。病院で処方されて余った薬を、客が付けば売るつもりだったと供述する容疑者もいたといい、正規の処方ルートに乗った薬が横流しされる実態が浮かぶ。

流通面のリスクはそれだけではない。医療用医薬品が正規の流通ルートを外れれば、製造から患者の手に渡る迄の温度管理や保管記録は最早確認出来なくなる。マンジャロは冷蔵保存が求められる注射薬であり、配送や保管の過程で常温に置かれれば有効成分が劣化し兼ねない。加えて、出所の分からない個人間売買では、そもそも本物かどうかを確かめる手立ても無い。

こうした逸脱した流通の急増は、価格競争にも拍車を掛けている。都内だけでも数え切れない程のクリニックが対面・オンラインを問わずマンジャロ処方を掲げ、初診料無料や定期配送、割引クーポンを謳っている。実際、仕入れ値が保険診療の薬価より安いと明かすクリニックも在り、競争が過熱すればする程、医療としての安全性より価格や利便性、集客力が前面に出易くなる。

医薬品の個人輸入を巡る問題も根深い。厚生労働省は繰り返し注意喚起を行っているが、個人輸入した薬で健康被害が生じた場合、正規の医薬品を対象とする医薬品副作用被害救済制度の対象外となる。吐き気や下痢、便秘といった消化器症状に加え、稀に急性膵炎の様な重篤な副作用も報告される薬だけに、成分の分からない薬を自己判断で使う危うさは大きく、健康被害が出れば治療費から後遺症の補償まで全額自己負担になり兼ねない。

広告と診療に潜む新たなリスク

SNS上では、違法な売買だけでなく、宣伝行為も新たな火種になっている。大阪府警がマンジャロの無許可販売等の疑いで男女3人を書類送検した翌日の6月3日には、或るインフルエンサーが、美容目的でのマンジャロ使用を勧める発信について謝罪した。薬機法上の問題を含む可能性が指摘され、所謂「炎上」に発展したものである。

こうしたSNSを介した売買や宣伝の問題が相次いで表面化する中、上野賢一郎厚労大臣は6月5日の会見で、マンジャロ等糖尿病薬の個人間売買がSNS上で広がりつつあるとの認識を示し、個人間売買は違法であると明言した。製造販売元の日本イーライリリーも同月10日に声明を出し、美容・痩身目的での使用を推奨する広告や無許可売買に警鐘を鳴らすと共に、関係当局や学会、警察と連携して適正使用の啓発に努める考えを示している。

オンライン診療を巡るトラブルも見過ごせない。国民生活センターは23年12月20日、「痩身目的等のオンライン診療トラブル」と題する報道発表を行い、初診で数カ月分を纏めて処方しながら副作用や解約条件の説明が不十分だったとする相談事例を公表した。厚労省もオンライン診療の指針遵守を求めているが、対面に比べ体調の変化を直接観察し難く、経過観察が行き届き難いという構造的な課題は残る。

尤も、全てのクリニックが野放図に処方している訳ではない。BMIが一定基準を下回る患者への処方を行わないという独自ルールを設ける美容外科も在る。裏を返せば、こうした歯止めは法令で一律に定められたものではなく、各クリニックの自主判断に委ねられており、施設によって安全管理の水準に差が生まれ易い構造こそがトラブルの温床になっている。

適正使用に向けて医療者に求められる役割

日本糖尿病学会は、GLP-1受容体作動薬やGIP/GLP-1受容体作動薬の適応外使用について、安全性及び有効性共に確認されていないとの見解を20年の初版以降、複数回改訂しながら示し続けている。厚労省も医療広告ガイドラインの見直しを進め、供給が逼迫した局面では医薬品卸に対し、薬事承認の範囲外の治療目的である事が明らかな場合には納入しない様に依頼する等、供給側からの是正にも動いてきた。

こうした制度整備が進む一方で、最終的に患者と向き合うのは現場の医師である。適応外使用である以上、リスクを明確に説明した上で処方の可否を判断する責任は重い。極端な痩身願望を抱える患者には精神科受診を含めた選択肢を示す視点や、投与中止後は体重も戻り得る事を踏まえた生活指導まで欠かせない。価格競争や集患を優先し説明義務が形骸化すれば、薬の恩恵よりも被害が上回り兼ねない。

前述の通り、26年8月には薬価が25%引き下げられる。これにより仕入れ価格が更に下がる可能性も指摘されている。価格が下がる程「気軽に試せる薬」という受け止め方が広がる一方、リスク説明に掛ける労力は価格には反映され難い。需要が拡大する局面ほど、薬の性質を正しく伝える為の医師側の情報発信の重要性は増していく筈だ。

マンジャロは正しく使われれば糖尿病治療に資する薬である。だが自由診療として適応外使用される時、適正使用の一線を保てるかどうかは処方する医師1人1人の判断に懸かっている。急拡大する市場の陰で、医療現場の姿勢が改めて問われている。

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