米国情報の3回目は、アットランダムになるが2016年12月の視察で気が付いた点をまとめたい。
ヘルスケアで街おこし
ラストベルトという言葉がある。アメリカ合衆国の中西部地域と大西洋岸中部地域の一部にわたり脱工業化が進んでいる領域を表現する呼称である。ラスト(rust)は金属のさびのことで、使われなくなった工場や機械を表現している。
実は、トランプ大統領の支持者はこういったエリアの中所得層の白人であるという。要は、寂れてしまった鉄鋼などの町がトランプ氏に賭けるという話である。その例で出ているのが、ピッツバーグ(ある程度成功)とクリーブランド(途中)である。この二つのエリアは、まさにヘルスケアで再生途中の街で、トランプ氏はヘルスケアには関心なさげであるが(オバマケア廃止には関心ありそうだが)、いみじくも、少なくとも米国ではヘルスケアなどで街が蘇った。
ユニバーシティ・プレイス(写真①)
前回述べたテキサス州にあるテキサスメディカルセンター(TMC)の中の、テキサス大学付属メモリアル・ハーマン病院系列のシニアリビング施設である。健康な高齢者(成人)が入居し、コミュニティーに関わり合いながら、教育、運動活動なども継続しながら安心して生活が出来る。いわゆるCCRC (Continuing Care Retirement Community:継続的なケア付きの高齢者達の共同体)とも言える。
つまり、健康な高齢者が入居するインディペンデントリビング(IL:自立型高齢者住宅)、短期リハビリ滞在施設、長期ケア、日本の老人保健施設に当たるスキルドナーシング施設などがある。入居者の健康、活動状況で適切な施設、サービスが受けられることになる。
米国では、こういった施設を病院が運営することが少ない。従って、ユニバーシティ・プレイスでは以下が特徴である。
1. メモリアル・ハーマン病院のリハビリネットワークとのパートナーシップで病院退院後の短期リハビリ滞在への移行がスムーズに出来る。
2. ヒューストンバプティスト大学が隣接しているのでレクチャー、授業が受講出来る。大学の講師がユニバーシティ・プレイスでワークショップやクラスを開催することもある。また、大学のフィットネスセンターも利用出来る。
3. メモリアル・ハーマン・サウスウエスト病院が隣接しているので、医療ケアの面でも便利である。
プロビデンス・マウント・セントヴィンセント(写真②)
高齢者施設をもう一つ紹介しよう。修道女達が1924年にリタイアメント施設としてワシントン州シアトルに開設した施設である。現在では健康な高齢者から介護やスキルドナーシングを必要とする方々(約400人、平均年令92歳)が入居している。ここはCCRCではなく、アシストリビングアパート:109室24時間体制のスキルドナーシングケア:23室×4エリア(149人)、短期リハビリケア(病院から退院した患者が数週間滞在):58床からなる。また、プロビデンス・コミュニティーケアとしてPACE(米国の高齢者包括ケアシステム)施設にもなっており、コミュニティーの100人の利用者がいる。
この施設の特徴は、Intergenerational Learning Center(ILC)である。つまり、従業員の子供やコミュニティーの乳幼児(生後6週間〜5歳)約125人が通う保育園(朝6時〜夕方6時まで)。教員は38人いる。子供と高齢者が一緒にランチを用意したり、歌を歌ったり、お絵かきや塗り絵をしたりして触れ合っている。子供にとっては良い勉強に、高齢者にとっては生きる活力になっており、双方の世代にメリットをもたらしている。
バージニア・メイソン病院
シアトルの中心地にある急性期の非営利病院で1920年に病床数80床、6人の医師でオープンした病院である。常に完璧な患者の経験を目標にしている。米国の病院としては小ぶりであるが、2000年ころの赤字体質の脱却と、患者の安全と医療の品質改善のために、2002年にトヨタ生産システム(TPS)を導入し、バージニア・メイソン生産方式(VMPS)を創り出し、自ら教育機関を創設している。ここでは写真撮影などの制限が厳しかった。これは、病院をモデルとして教育部門でも収益を上げようとしていることの現れである(実際、収益を上げている)。概要(2015年)は以下の通り。
〇病床数:336床 〇従業員:5500人 〇売上:10億ドル(2015年度) 〇診療件数:857,925
〇入院件数:15,436〇手術処置件数:16,663〇平均在院日数:3〜4日
バージニア・メイソン病院でも前述した統合ヘルスネットワーク(IHN)を形成している。形成組織は病院が二つ(一つの病院はM&Aでグループに入っている)と90カ所のクリニックである。医師に関しては、IHNとしての提携以外は原則として雇用しており500人の医師がいる。この病院も患者や家族用にホテルを所有している。
リーン生産方式
マサチューセッツ工科大学が1980年代に日本の自動車産業の生産方式(主にトヨタ生産方式)を研究し、再体系化・一般化した生産管理手法がリーン生産方式である。リーンの米国での普及は、日本と米国の特質を考える上で極めて興味深い事例である。これは企業のみならず病院においても展開されている。バージニア・メイソン病院でも、トヨタ生産方式を確立したことで知られるトヨタ自動車工業(現・トヨタ自動車)元副社長の故大野耐一氏の名前が出ているし、『Toyota Kata』という書籍が米国でベストセラーになったことからも、日本の影響が伺える。日本のやり方に対しての抵抗はないのかと聞いてみたが、さほどではないようであった。特に、在庫管理や診療報酬の請求などの事務的な業務は、当初からリーンがいいのではないかという声が上がったという。
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