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宝塚劇団員死亡事件、報告書はいじめ・パワハラを否定

宝塚劇団員死亡事件、報告書はいじめ・パワハラを否定
労災認定への道阻む雇用形態や組織の曖昧性

宝塚歌劇団の宙組劇団員(25)が9月末に死亡した。週刊文春の報道で明らかになったタカラジェンヌの死は波紋を広げている。遺族側は同僚らによるパワーハラスメントを苦にした自殺と訴えている。宝塚歌劇団は伝統的に上下関係が厳しく、今回の事案を切っ掛けに閉鎖的な組織風土に風穴が明くかも知れない。

 詳細が報道されたのは週刊文春の2023年10月12日号だ。週刊文春によれば、亡くなった劇団員は15年4月に宝塚音楽学校に入学。17年4月には初舞台を踏んでいる。将来を嘱望されており、直近は新人公演のリーダーを任されていたという。

 週刊文春の報道後に事態は進展している。宝塚歌劇団側が11月14日に調査報告書を公表しているのだ。先ずは、事案の概要を理解する一助として調査報告書の要約の一部を紹介したい。

 「死亡した劇団員は2021年8月、同じ宙組劇団員のAから髪型の指導を受け、Aが女性の前髪をヘアアイロンで巻こうとした際に額に当たってやけどを負ったという。目撃した劇団員はいなかったが、劇団員が母親に送ったLINEからはAが故意に当てたのではないかと疑っていたと認められた」

 この要約から分かるのは、亡くなった劇団員はAという人物から「いじめ」の様な行為を受けていた事が窺われる事だ。遺族側はいじめやパワハラが在ったと訴えているが、調査報告書では正面から認めていない。ただ、問題はいじめだけではない。要約の引用を続けたい。

月110時間超の時間外労働が明らかに

 「劇団員は23年10月開演の新人公演を取りまとめる立場だった。新型コロナウイスル禍明けのさまざまな制度変更への対応や、十分な睡眠時間が取れない中での自主稽古などの負担は相当だったと考えられる。直近1カ月の活動時間は仮に労働時間であれば118時間以上の時間外労働と、20日連続勤務があった可能性がある。精神障害を発病させる恐れのある強い心理的負荷がかかっていた可能性は否定できない」

 いじめやパワハラだけでなく、長時間労働の疑いも有ったのだ。調査報告書はこの点について認めている。最終的なまとめの部分で、宝塚歌劇団は反省しているかの様に受け取れるからだ。

 「劇団が過密な公演スケジュールがもたらす問題の把握と対処をせず、劇団員の才能と芸事に真摯に取り組む姿勢に依存してきた結果、劇団員が心身ともに余裕を失っていることが明らかになった。遺族に誠心誠意に向き合うことが求められる。今変わらなければ、宝塚歌劇団が永続する道はないとの危機感を持ち、原点に立ち返り、真摯に劇団員やスタッフの声に耳を傾け、一つ一つ的確な改善策を地道に講じていくべきだ」

 こうした調査報告書に対し、批判の声を上げたのが遺族側だ。代理人の川人博・弁護士は同じ日に厚生労働省内で記者会見を開き、宝塚歌劇団の対応を「口撃」した。幾多の過労死訴訟を扱った事で知られる川人弁護士は、電通の新入社員だった高橋まつりさんが過労自殺した問題で労災認定を勝ち取っている。

 いじめやパワハラについて認めない調査報告書に対し、川人弁護士は「極めて問題が多く納得出来ない。落胆と同時に、許せないという気持ちを持っている」と語気を強めたという。ヘアアイロンを押し付けられたとされる件についても、「遺族に送ったLINEが報告書に引用されておらず、事実認定として失当だ。仮に故意性が無くても重過失は明白」と断じた。その上で「縦の関係を過度に重視する風潮をそのまま容認し、上級生のパワハラ行為を認定しないのでは一時代前、二時代前の価値観に基づく思考だ」とも糾弾した。

 その後、歌劇団側と遺族側は水面下で交渉を重ねている。交渉中の11月27日、川人弁護士は途中経過を公表した。その中で、双方の主張に一定の隔たりが存在し、引き続き交渉を続けるとした上で、「パワハラが否定されたまま合意解決する事はあり得ない」と強調した。

 川人弁護士の様な労働分野の専門家が代理人を務めているのは、歌劇団員の死を労働災害だと認めさせたい意向が遺族側に有るとみられる。労働問題に詳しいベテラン記者は「宝塚側は調査報告書で過重労働の事実を認めている。ただ、労災を認めさせるには、未だハードルが有る。それを乗り越え、労災認定を確実にする為に交渉しているのだろう」と推し量る。ハードルというのは、劇団員と宝塚側が結んでいる契約内容だ。宝塚の場合、6年目以降は劇団員とは雇用契約ではなく、業務委託契約を結ぶ。雇用契約であれば、劇団員は労働者の扱いを受けるが、業務委託契約であればフリーランスと同様だ。労災の保護の対象は労働者にしか及ばない為、フリーランスであれば労働者と同じ様な状況下に在った事を立証しなければならない。

 或る労働基準監督官は「①仕事の依頼を断れるか、②指揮命令が在るか、③時間的場所的拘束が有るか、④本人以外に労務を提供する事が認められているか、⑤他社の業務に従事する時間的な余裕が有るか——等といった観点から、フリーランスが労働者であるか認められるかどうかを判断する。今回の場合、時間的な拘束性や他社の業務に従事する事が出来ない専属性等、多くの点を満たす可能性が高いと見られる」と指摘する。

 その上でベテラン記者は「労災認定を確実にさせるには長時間労働だけでなく、その他の要因が必要だ。この為、川人弁護士はパワハラの事実も明らかにしようとしているのだろう」とみる。

劇団の対応は不誠実と世間は失望

宝塚歌劇団は昔から組織風土は変わっていないのか。歴史を紐解くと、宝塚歌劇団の前身である宝塚唱歌隊が組織されたのは1913年に遡る。阪急電鉄の乗客誘致の一環として翌年に初めて公演を披露し、19年には宝塚音楽歌劇学校が設立された。以来100年以上の歴史が有る宝塚歌劇団は戦時中も明るい作品を世に送り続け、多くの熱狂的なファンに支えられて来た。

 芸能関係に詳しい大手紙デスクは「宝塚歌劇団は長い歴史の中で捉えなくてはならない。古くは花嫁修業の為に宝塚歌劇団に入れるという良家も有った程だ。半ば丁稚奉公の様な状態だとも言え、労働環境を議論する様な事はこれ迄無かった」と指摘。「組織としての位置付けも曖昧で、阪急の一部門でありながらも、阪急からは半ば独立した様な存在でもある。世の中が働き方改革と叫ばれる様になり、タカラジェンヌは労働者なのかどうかが注目され、脚光を浴びたのが今回の事案だ」と続ける。

 この事案は波紋を広げており、宝塚歌劇団の木場健之・理事長は12月1日付で辞任を表明。阪急阪神ホールディングスの角和夫・会長は宝塚音楽学校の理事長を退任する等、親会社を含めた組織態勢にも波及している。更には、亡くなった女性が所属していた宙組は、予定していた12月の東京公演を全日程で中止する等、舞台にも影響が出始めている。SNS上では、宝塚歌劇団側の対応に失望すると共に、宙組の存続を危ぶむ意見も散見される。前述のデスクは「宙組自体の存続も危ういかも知れない。今後、宝塚歌劇団を辞める人が出て来る可能性も否定出来ない」と憂慮する。

 仮に遺族側との交渉が終わったとしても、労働災害という観点から労働基準監督署の捜査のメスが入る可能性が高い。1人のタカラジェンヌの死を切っ掛けに、日本の芸能文化の象徴でもあった宝塚歌劇団の在り方が変わるかも知れない。世の中は動いている。

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