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未来の会

最重要課題の少子化対策に向け動き始めた岸田政権

最重要課題の少子化対策に向け動き始めた岸田政権

「試案」で目標設定するも、財源不足で見通し立たず

「次元の異なる少子化対策」に向け、岸田文雄政権は3月末に児童手当の拡充等網羅的な試案を示した上で、4月には首相自身が議長を務める有識者会議「こども未来戦略会議」を発足させた。しかし「たたき台」と位置付ける試案には「何ら決まっていないも同然」(厚生労働省幹部)との指摘も有る。肝心の財源に至ってはメドすら無く、対策が実現する見通しはまるで立っていない。

 4月7日に行われた「こども未来戦略会議」の初会合。岸田首相は会合の最後に「こども・子育て政策を大胆に強力に前に進めて行くには、世代や立場を超えた国民一人一人の理解と協力を欠く事が出来無い」と述べ、「国を挙げ、内容、予算、財源について更に具体的な検討を深める」と踏み込んだ。

 首相は6月にまとめる経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)に、「子ども予算の倍増」等に向けた大枠を示すと再三見得を切っており、残された時間は少ない。そうした中、政府は3月31日に少子化対策の「たたき台」を示し、議論を本格化させた。

 たたき台の内容は①若い世代の所得増②社会全体の構造・意識改革③全ての子育て世帯への切れ目無い支援——を基本理念とし、政策には▽児童手当に関する所得制限撤廃、支給期間の高校卒業までの延長と多子加算拡充▽出産費用の保険適用▽給食費無償化▽授業料減免と給付型奨学金の対象拡大▽住宅取得時の金利負担軽減▽保育士の配置改善▽育休時の給付金を手取りの10割に引き上げ——等をズラリと並べた。

 ただ、4月の統一地方選と衆参補選でのアピールを狙った自民党があれもこれも並べ立て、それに「案をどんどん持って来い」と各省庁の尻を叩いていた官邸が飛び付いたのが実情だ。内容は十分精査されておらず、政府もさすがに閣議決定は避けて小倉將信・担当相の「試案」とした。その小倉氏も「実際に取り組んで行こうとすると難しい政策テーマも多数盛り込んだ」と本音を語っている。

出産の保険適用、保育士の配置見直しも難題

 実際、各項目は大半があやふやだ。柱の児童手当の拡充すら言葉だけが踊る。所得制限撤廃と言うが、一律なのか高所得層は給付を減らすのか、その場合の収入基準も不明、多子加算の金額と対象も未定——。どこで線引きするかで所要額が兆円単位で変わるのに、ほぼ何も決まっていない。こども未来戦略会議メンバーの新浪剛史・サントリーHD社長は7日の会合で「児童手当は高所得者にも本当に必要ですか」と所得制限撤廃案自体に異議を唱え、賃上げや働き方改革の必要性を訴えている。

  出産費用の保険適用は、菅義偉・前首相の主張を岸田首相が丸呑みし、議論も無いまま盛り込まれた。所管する厚労省幹部ですら「事前に何も聞いてない」とこぼしている。同省は通常分娩は病気ではない、との理由で出産に保険給付をせず、代わりに出産育児一時金(4月から50万円に増額)を支給して来た。同省は2026年度の保険適用に向けて議論を始める意向だが、医療保険にどう位置付けるのか、どんな施術に保険を適用するのかと、具体論に入る程悩ましさが増すという。

 厚労省の調査によると、出産費用の全国平均は45万4994円。地域格差は大きく、最高の東京都(56万5092円)と最低の鳥取県(35万7443円)の間には約20万円の開きが有る。これを全国一律の保険適用とするなら、地域によって多大な収益を得る医療機関と大幅減収となる医療機関が出て来る問題も生じる。

 保育士の配置見直しについても、こども家庭庁幹部は「絵に描いた餅にならなければいいが」と不安を口にしている。現行の保育士の配置基準は、1歳児の場合「児童6人に保育士1人」。たたき台ではこれを「児童5人に保育士1人」に充実出来る様、運営費を増額するとしている。

 要するに配置基準の「改善」に留まり、「改定」には踏み込んでいない。地域によっては保育士不足が際立っており、基準自体を変えてしまう「改定」だと要員を確保出来ない保育所が続出し兼ねないからだ。秋田喜代美・学習院大教授は「保育士の数自体が足りない。養成、賃上げ等も今後検討が必要だ」と指摘している。

社会保険への上乗せ案には経済界から反発

「こども家庭庁の予算は4・8兆円。最低でも半分はやると思う。3分の2なら3兆円だ」。4月4日、自民党の茂木敏充・幹事長はBS番組で子供関連の予算規模についてこう語った。財源について増税や国債発行を「今は考えていない」と否定し、「様々な保険料については、値上げというより拠出金を検討して行かねばならない」と発言した。

 茂木氏が想定するのは、企業・団体に少子化対策目的の拠出金を求めるものだ。労使で負担する保険料に一律上乗せするのではなく、追加負担分を従業員分の保険料も上げて賄うのか企業が全額を支払うのか選択出来る。拠出をすべて企業が持つ場合、短期的には従業員の負担増には繋がらない。これに加え、政府・与党は企業が負担している「子ども・子育て拠出金」の増額も検討している。従業員の報酬額に応じて企業に課税しており、こちらも従業員の負担増は無い。

 とは言え、どちらの拠出金も従業員の賃金に下方圧力が、保険料に上方圧力が掛かる。いずれ保険料増や給与抑制に結び付く可能性は小さくない。

 政府内では、全世代が負担する医療保険から費用を捻出する案が有力視されている。だが、仮に1兆円の財源を医療保険から得るなら、単純計算で従業員1人当たりの保険料負担は年間1万円以上アップする。十倉雅和・経団連会長は7日のこども未来戦略会議で「社会保険料の負担を増やす事は賛成出来ない。現役世代の可処分所得の減少に直結し、せっかくの賃金引き上げに水を差す」と早速強く反発した。

 そもそも財源に関しては、児童手当の所得制限を無くし支給期間を延長するだけで5000億円超、たたき台を全て実現するには8兆円が必要になるとも言われている。防衛費増が先行し、首相が消費増税を否定する中、保険料だけで賄うのは非現実的だ。

 そこで自民党の一部等からは使途を限定した「教育国債」論が浮上している。首相が国債発行に慎重で来た中、木原誠二・官房副長官は7日のインターネット番組で「(国債は)選択肢としては有る」と述べ、国債発行を迫られた時に備えて予防線を張った。

 ここへ来て岸田内閣の支持率は上向いている。首相は周辺に「原子力発電所の稼働期限延長、増税と防衛費の大幅増額、全部オレがやった。次の世論調査が楽しみだ」と軽口を叩き、政権維持に意欲満々だという。

 自民党は4月23日の衆参5つの補欠選挙で4勝しながらも接戦が目立った。これにより政界内では、取り沙汰されていた5月の広島サミット後の衆院解散・総選挙について「遠のいた」との見方と、「勢い付く維新に準備期間を与えない為に早期解散ありうべし」との見方が交錯している。

 自民党の厚労族幹部は子供関連政策の財源に関し「当面は保険料と国債で遣り繰り出来ても、本命は消費増税だ。ただ、その議論は衆院選後になる」と読む。岸田首相は早期の衆院解散について「政権にメリットは有るか?」と周囲に疑問を示しているというが、それなら「本命」の財源議論は更に先送りされ兼ねない。

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