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未来の会

社会問題化しつつある認知症「誤診問題」

社会問題化しつつある認知症「誤診問題」
客観的な指標だけでは判断出来ない難しさ

認知症ではない人を医師が認知症と診断したり、アルツハイマー病でない認知症の人をアルツハイマー病と決め付けてしまったりする事例が依然、後を絶たないようだ。

 物忘れや性格の変化等、認知症と似た症状の疾患は少なくない上、客観的な指標だけでは判断出来ない診断の難しさが背景にある。

 薬が不要な人に治療薬を処方し、症状を悪化させてしまう例も珍しくない。認知症が国民病になりつつある中、表面化しにくい社会問題となっている。

 「早めにセカンドオピニオンを求めて良かった」

 横浜市内に住む父親(79歳)の介護をする女性(54歳)はそう語る。3年前、物忘れが進み、いろいろな事に意欲を失っていた父を近くの診療所に連れていったところ、アルツハイマー病と診断された。

 ただ、問診とペーパーの認知機能検査のみで、脳の画像等を撮る事はなかった。医師からは「進行を抑える事が出来る」と、認知症薬を処方された。

 だが、言われた通りに薬を服用し続けたにもかかわらず症状の改善はみられず、父は一層意欲をなくし、塞ぎ込む事が多くなった。「本当に認知症なの?」。疑問が頭をよぎった女性は、知人の紹介で父と認知症専門医を訪れた。MRIを撮ったところ、「脳の萎縮度は年相応」で、診断は「うつ病」だった。認知症薬は即座に中断され、父は徐々に会話をするようになっているという。

 「誤診」に関し、公的な調査データは見当たらない。ある著名な認知症専門医は「医師が医師を批判する事になり、指摘したり問題化したりする事がやりにくいという面はある」と漏らす。

 それでも、アルツハイマー病と診断された人達の脳を死後に解剖したところ、15〜20%はアルツハイマー病ではなかった、という研究報告はある。

 少し古いが、NHKは2015年、専門医1634人を対象にアンケートを実施。回答者の約8割が「他の施設で認知症と診断された患者を診断した結果、認知症ではなかったケース」を経験していた。認知症ではないのに、認知症と診断されていた人が1年間で3500人以上いる事が分かったという。「認知症でない人に治療薬を処方し、副作用が出ていた」という見立てをした医師は35%いた。

まずは治る認知症を見過ごさない事

 認知症とは病名でなく、症状が表れた状態を示す言葉だ。物忘れは進行性で、社会活動や職業活動に支障を来すようになる事が前提となる。代表的なのは全体の6〜7割を占めるとされるアルツハイマー病で、他には血管性認知症、レビー小体型認知症等が主。これらは今の治療技術では治す事が出来ない。

 ただ、同じような症状でも、正常圧水頭症や硬膜下血腫といった脳外科疾患、甲状腺機能低下症等の内科疾患は治療で治す事が出来る。東京都内でクリニックを開設する専門医は「まずは治る認知症を見過ごさない事が第一」と言う。

 誤診で最も目立つのは、うつ病を認知症と診断されてしまう事だ。うつ病は認知症のリスク要因であり、認知症と併発している人も多い事から混同されがち。

 この他、薬の副作用でも起こる事がある「せん妄」も認知症と間違えられる事が少なくない。「物忘れがある」という家族の訴えに基づいて、十分な診察をしないまま認知症薬を処方する医師もいる。

 前出の専門医によると、症状が悪化した際、薬の副作用なのか、認知症状の進行によるものなのかを判断出来ず、別の薬を処方する事で一層症状を悪化させる例もあるという。

 認知症関連学会内では、アルツハイマー病と診断されている人の中に、「高齢者タウオパチー(タウたんぱくが細胞内に蓄積する状態)」と呼ばれる病態の人が少なからず含まれている、と指摘されている。アルツハイマー病は脳内にアミロイドβたんぱくや異常タウたんぱくが貯まって発症するとされているが、高齢者タウオパチーはアルツハイマー病以外のタウの蓄積状況を指す。

 神経原線維変化型認知症や嗜銀顆粒性認知症等を引き起こすとされるが、アルツハイマー病より進行は緩やかなのが一般的だ。

 物忘れの症状はあるものの、怒りっぽくなる事や、幻視、幻聴といった行動・心理症状はみられにくく、日常生活動作には比較的問題がない人が多いとされる。

 こうした人にアルツハイマー病の薬を処方している例も相当数あるとされる。量子科学技術研究開発機構の島田斉・主幹研究員は、19年秋の日本認知症学会学術集会でこうした問題を指摘し、日本の認知症診療について「誤診まみれ」と喝破した。

 医師の中には、画像を重視する人もいる。MRI等で脳の画像を撮影し、脳の萎縮度合いを見る手法だ。しかし、ある程度萎縮が進まないと異常を認める事は難しく、早期発見には向いていないという。

 最近は脳の働き方を色で識別出来る脳血流SPECT検査や、脳に異物が蓄積されている状況を観察出来るアミロイドPET検査等も普及してきたものの、まだ高額である上、それだけで確実に診断出来るものでもない。

「変化」を総合的に掴む能力が必要

 医師が患者の心身の状態、家族の証言も含めて判断するしかない。言動を含め、以前との「変化」を総合的にキャッチする能力が問われるのが認知症の診断だ。

 世界最速級で高齢化が進む中、12年時点で約462万人とみられていた認知症の人の数は、25年には700万人を突破すると推計されている。高齢者の5人に1人は認知症という時代が訪れる。専門医だけではとても対応出来なくなる増え方だ。

 こうした事態に備えるため、政府はかかりつけ医の対処を重視するとともに、かかりつけ医に助言や支援をする「認知症サポート医」を養成する方針を打ち出している。

 また、日本認知症学会は症状や生活状況を聞き取る問診、血液や認知機能検査とともに脳の画像検査を実施する事が望ましいとするガイドラインを定めている。

 日本医師会は20年春、15年に刊行した「かかりつけ医のための認知症マニュアル」を改訂して、17年に発表されたレビー小体型認知症の診断基準や、かかりつけ医が知っておきたい診断・評価法等を新たに盛り込んだ。

 厚労省幹部は「かかりつけ医が認知症の診療に関わらないと回らない。更に対応力の強化を図りたい」と言う。

 ただ、なかなか容易な事ではなさそうだ。かかりつけ医の中には「門外漢の私に認知症の診断は難しく、出来るなら診察はしたくない」(東京都内の内科医)との声もある。

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